第128話 刀神カナリア VS 刀仙 草叢風月 ②
私の能力を見せる前に――
まずは、先生の“魔刀技”の特徴を掴まなければ。
少しでも、勝率を上げるために……!
カナリアは集中し、わずかに眼を細める。
風月に纏わりつく風が、彼を護っていた。
それは、ただ闇雲に吹き荒れるものではない。
まるで――彼の肉体そのものを包み込む“暴風の鎧”のように的確に反応し、外敵を弾いている。
(あの風……先生の周囲を、“結界”のように巡ってる。斬撃はもちろん、おそらく魔法でさえ――たどり着く前に、すべて弾かれる)
その防御範囲と応答速度、威圧感をともなう流れの気配――。
もし運よく風鎧の内部までたどり着いたとしても、その時点で攻撃の威力は半減、いや、それどころか三分の一以下にまで削がれてしまうだろう。
(弱まった一撃が届いたところで、先生――“刀仙”の実力の前では意味をなさない……か。本当、嫌になるほど理にかなってる。下手に仕掛けても無駄になるだけってことね)
風月が、刀を肩に担ぎ直しながら静かに口を開く。
「どうじゃ――近づくことすら、ままならぬであろう?」
その声には、威圧も、誇りも、そしてどこか“試す”ような響きが混じっていた。
「名付けて、《風纏逆巻》。体に“暴風の気”を纏わせる、儂の守りの奥義よ。無理に届かせようとすれば……いや、それも、魔刀技を使えぬお主では無理じゃな。近づくことさえできまい」
そう言って風月がカナリアへ向けて右手を軽くかざした、その瞬間――
ゴォッ……!
彼の掌から突き上げるような衝撃風が地を這い、カナリアの身体を容赦なく揺さぶった。
その身が思わずふらつく。
「きゃっ!」
(まともに構えることすらできない……。ただ手をかざしただけ、なのに――)
服が激しく煽られ、足元が滑りかける。
「……一瞬、腕で目を覆ったな?」
風月の声が、鋭く空気を裂いた。
「殺し合いなら、いまので――お前さんの身体は真っ二つじゃ」
向かい風が重く、まるで斬撃のように鋭く肌を切る。
「……わしに一太刀浴びせるにはな。これを“超える”技量と、魔刀技が必要となる」
「魔法に対する防御も、なっておらんのぉ。もっとも、属性がないのだから……したくてもできんのだろうがな」
そこまで言ったところで、風月はふと視線を落とした。
――そして、次の瞬間。
その全身が、ワナワナ……と小刻みに震えはじめた。
「だがな――その絶対的な枷を背負ってなお、この儂に――防御術の《風纏逆巻》を使わせる剣士なんざ……いつぶりであろうか!」
風月の声が唸り、空気が震える。
「――おもしろくなってきたぁああッ!!」
叫ぶや否や、彼は刀を地へと斬りつけた。
ズドォン!!
乾いた破裂音とともに、大地が唸りを上げて割れる。
風が巻き、砂塵が舞い上がる。
裂け目は、まるで定規で引いたように一直線。
四方へと広がり、訓練場の一角を――四角く縁取った。
その枠の中央に立つ風月は、静かに刀を逆手に取り直すと、
魔力を込めたまま、地面へと突き立てた。
ゴンッ……!
鈍い音が地中へと響き、
次の瞬間――
突き立てた刀から、“何か”が広がる。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
まるで大地そのものが“下から持ち上げられた”かのように、
訓練場の四角形に切り取られた一画がゆっくりと競り上がり、浮かび始めた。
まるで――
大地ごと切り取り、天空へ差し出すかのように。
上へ、上へと、速度を上げながら昇っていく。
カナリアは混乱し、思わず片膝をついてその場に構えを取った。
「一体、何が……!?」
やがて、浮かび上がった地面が静かに落ち着きを取り戻す。
カナリアは、慎重にあたりを見渡した。
太陽が、さっきよりも――いや、明らかに近い。
足元に広がるのは、遥か下に霞む白い雲。
そして、そのさらに下に――見慣れた空中庭園の姿があった。
「なっ……ここ、空の……もっと上!?」
雲海の、遥かその上――。
切り取られた大地は、今や二人だけの天空の闘技場と化していた。
吹きつける風が、カナリアの耳を撫でていく。
「ええ風じゃあ。ここからが本番だ。もうどこにも逃げ場はないぞ、カナリア」
フウゲツの口元が、静かに吊り上がる。
重い沈黙の中、フウゲツはまるで裁きを告げるように、ゆっくりと言い放つ。
「――さて、死合いの続きだ」
その一言に、心臓がドクンッと跳ねた。
カナリアはふと内心で息を飲む。
(……稽古っていうより、もはや“斬り合い”を楽しんでる。戦闘狂のそれに近い。
でも、この人から“本気”を引き出せたことだけは喜んでいいのかな)
逆光で風月の姿は見えづらい。
だが――その影に反して、鋭すぎる眼光だけが、カナリアを縛り付けていた。
目の前に立つのは――まさに、修羅そのもの。
(この圧……! これが、“刀仙”)
足がすくみそうになる感覚を、カナリアは必死に振り払い、刀をしっかりと、握り直した。
緊張が続く中、ふと――フウゲツが笑みを漏らした。
「……それにしてもお主、ぜんっぜん喋らんのぉ」
唐突なその言葉に、カナリアがわずかに眉を動かす。
「いや、褒めておるんじゃぞ?」
風月は軽く肩をすくめ、刀をくるりと手の中で回す。
「お前さんくらいの年なら、普通はもっと――ビビる。騒ぐ。泣く。逃げ腰になるもんじゃ」
「なのにお前さんときたら……ずっと黙って考えとるんじゃろ?」
その目が、静かに細められる。
「次、どう動くか。どうすればこのワシを崩せるか。そればっかり、頭の中で転がしておる。……違うか?」
核心を突くその問いに、カナリアは口を開かなかった。
ただ、まっすぐに相手を見据えたまま、静かに構えを取り直す。
(その通り。脳内はフル稼働中なんです!)
フウゲツは一歩、ゆっくりと歩を進めながら呟いた。
「正直、ここまでやれば……お主の実力は、もう十分に分かった」
その声に、怒気はない。むしろ、ひどく静かで――穏やかさえ感じるほどだった。
「これ以上、腕前を測る必要も……ないと言えば、ない」
予想外の語り口。
だが、カナリアは構えを崩さない。
その指先には、かすかな緊張が走っていた。
フウゲツの瞳が、鋭く細まる。
「――だがな」
その語尾に、ぴたりと風が止んだ。
「お主の“本質”は、まだ見せとらんのじゃろう?」
その言葉に、カナリアの心臓が再び、高く跳ねる。
「……解るぞ。剣の中に“奥”を隠している奴の気配は、な」
刀を肩に担ぎながらも、フウゲツの口元に笑みはなかった。
(やっぱりバレてましたか。でも、先生の反応を見る限り――賢者様から“中身までは聞いていない”っぽい)
「隠されれば隠されるほど、暴きたくなるのが人の性分であろう?」
フウゲツの声は低く、静かに響いた。
「それに――どうにも気に食わんのじゃ。わしが、お主に“それ”を出させるほどの状況を作れておらんという事実がな」
唇の端に、うっすらと笑みを浮かべる。
「ならば、見せてやろうかの。儂の“攻め”の奥義の一つ――その威を、な。」
そう言って、フウゲツは刀を片手で、真上へと高く掲げた。
風がざわりと鳴る。
風の魔力が、刃に吸い寄せられるように集まっていく。
その刃が空を薙ぎ、ひときわ鮮やかな残像を引きながら、
天をなぞるように、滑らかに円の軌跡を描いた。
(来る――!)
カナリアの全身が、瞬時に警戒態勢に入る。
これまで防御に徹していた風月が、今――
はっきりと、カナリア一人に狙いを定めた。




