第113話 迷宮(ダンジョン)攻略終了 勝って兜の緒を締めよ
「……まだ! 核を確認しないと!」
カナリアの声が、空中に鋭く響く。
油断など、できるはずがなかった。
あれほどの兵器が、ただ胴体を斬られただけで終わるわけがない。
コアを破壊しなければ、自己修復されて詰む。時間がない――いそがなきゃ。
カナリアは、焦りの中でも冷静に状況を見極めていた。
黒雪にそっと指先を触れた瞬間、カナリアの姿がふっと掻き消える。
――ジェミニを貫いた黒刃は、空間そのものを断ち割っていた。
その斬撃の余波が残る“裂け目”は、すぐさま転移の門へと歪み始める。
淡く揺れるその亀裂の中から――
カナリアが再び姿を現したのは、まさにジェミニの背後。
コア構造の中枢部、その目前だった。
壊れかけのラジオのようなノイズ混じりの音声が、機械の奥底から漏れ聞こえてくる。
《ガガ……ガガ……自己修復シークエ……ンス……》
《……サササ……作動……カイシ……シシシシ……》
「まだ、動いてる……やっぱり、コアは外したか」
ジェミニの右半身寄り――複雑な内部構造の、さらに奥深く。
幾何学的な装飾が刻まれた、光を放つボックス状の動力核が、内部構造にしっかりと接続されていた。
「届いてない……」
カナリアは迷わず刀を振り上げ、即座にそれを狙う。
だが――
ドクン。
その瞬間、すべての景色が二重にぶれ、意識が白く“反転”しかけた。
「……っ、ぐ……!」
ぐらりと、足元が揺れる。
視界がかすみ、意識が遠のいていく。
(……まずい。やっぱりきた。魔力切れ……)
刀を振り下ろす直前で、
カナリアの身体がふらりと傾いた。
《排……除対象の急速な意……識低下を確認……》
壊れかけた機械の音声が、ぼそりと呟いた――その瞬間だった。
ジェミニの“魔石の目”がギュルリと回転し、カナリアの方向を捉える。
まるで蛇のように――そのレンズごと、ぬるりと“こちらへ伸びて”くる。
(っ――!?)
次の瞬間、魔石の目から一本のレーザーが、ピシュンと音を立てて放たれた。
先の戦闘よりも弱々しく、脆弱に見えたが――
無抵抗な子供の息の根を止めるには、十分な殺傷力だった。
カナリアは、飛びそうな意識の中で、反射的に身を傾ける。
だが、完全にはかわしきれなかった。
「くっ――!」
腰の端を、灼熱の光がかすめる。
焼けるような痛みが走り、すぐに血が滲んだ。
赤い閃光の軌跡が、戦場に一閃――
カナリアの戦装束の腰布を、わずかに焼き裂いていた。
(……痛い、のに……意識が醒めない。こんな状態で反応もできない……)
(……ここまで、なの? こんなとこで……)
痛みすら、意識から遠ざかっていく。
感覚が霞む中――ポーチが焼き切れ、宙へと放り出される。
その中から、ふわりと何かが舞い上がった。
きらり、と。
小瓶が、光を反射する。
紫色の液体が入った、繊細なガラス細工。
それが、カナリアの目の前を、ゆっくりと通り過ぎようとしていた。
(きれい……あんなの、持ってたっけ?)
(……ああ、そうだ。ダンジョンの休憩所で――)
意識の奥で、誰に向けるでもない言葉がこぼれる。
(アハハ……飲まずにとっておいて、本当によかった)
気づけば手が伸び、無意識にそれを喉へと運んでいた。
「リーリャ印の……緊急ポーション!!」
次の瞬間――
全身に駆け巡る、魔力の流れ。
内側から満ちる力に、沈みかけていた意識が一気に引き戻される。
「……ッ!」
カナリアの眼が、「カッ」と鋭く見開かれた。
手にした刀に、再び魔力が流れ込む。
まるで心臓が、もう一度、鼓動を打ち直すかのように――
彼女の気配が、一変した。
倒れかけていた身体を、ぐっと立て直す。
魔力を込めた刀が、空間の歪みに沿ってしなる。
「これで……ホントに、終わりの終わりっ!!」
カナリアは、動力核を目がけ――
渾身の力で、刀を振り抜いた!
――シュパァァァァン!!!
迷いのない一閃が、ジェミニの動力核を真っ二つに裂いた。
斬られたコアは、赤黒い光を断続的に明滅させながら――
ゆっくりと、力尽きるように輝きを失っていった。
……壊れたはずのジェミニが、最後のアナウンスを放つ。
《……ガガ……継続……モード……マザー……ノ……座標位置特定成功……》
《当戦闘データ……アップロード送信完了……》
(……マザー? 確かこいつが起動したときに、呟いてはいたけど……?)
胸の奥に、うすら寒いものが走る。
カナリアが眉をひそめた、その瞬間――
斬り裂いたボディの残骸。
その奥から、何かが“蠢き始めた”。
複雑に絡み合った内部構造のケーブルや、各部の構成物。
それらがまるで“意思”を持つかのように、にじり寄り、カナリアの身体へと伸びてくる。
それは、蛇のように、ぬるりと――
絡みつき、縛り上げようとしていた。
「なっ――!?」
刹那、ジェミニのボディ全体が、一瞬だけ眩しく光り、甲高い駆動音を発する。
《……機体、完全停止……》
《……最終自爆シークエンス……起動》
眩い光が、ジェミニの全身に広がっていく。
「まずい!」
カナリアがそう叫んだ瞬間だった。
彼女の足元――地面に、三つの魔法転移陣が同時に輝きを放つ。
直後。
――ズドォン!!!
閃光と轟音が、カナリアの身体ごと包み込んだ。
魔力爆発が爆炎を発生させ、周囲の空間ごと焼き尽くしていく――。
キィィィィィン……
やがて、激しい耳鳴りの中で――カナリアは、ゆっくりと目を開いた。
「……い、生きてる……の?」
霞む視界の向こうで、己を包んでいた光が、ゆっくりと溶けていく。
その中から、誰かの声が届いた。
「……ぇ……さん……」
目の前で、震える腕で自分をかばっていたのは――ノアだった。
「姉さん……! 間に合ってよかった……!」
私を抱き支えるノアの周囲には、無数の氷の結晶が散っていた。
爆風と高熱から守るため、弟は瞬時に氷壁を展開していたのだ。
ノアの腕の中で、カナリアはかすかに笑った。
「ノア、来てくれたんだね」
さらにその奥には、大人ふたりの影。
一人は、魔力の盾を展開し、さらに防壁を張り巡らせている白銀の賢者――ギルバート。
もう一人は、神殿の衣をまとい、周囲の火を抑え込んでいる副教皇――ストラトス。
「……無事だな。よかった……」
ギルバートが、安堵の笑みを浮かべる。
「……本当に、心配したんだよ。もう、だめかと思ったよ……」
ノアが、カナリアをぎゅっと強く抱きしめる。
「痛いってば、ノア……いったぁ……ってか、本当に痛いんだよ……お腹の脇……」
ノアが慌てて顔を覗き込むと、戦装束の脇腹が赤く染まっていた。
「姉さん……! 血が出てるじゃないか!」
ノアの声に反応し、肩にとまっていたキュモも「キュモモッ!?」と驚いて飛び跳ね、心配そうにカナリアの顔を覗き込む。
「動くな! いま治療する!」
ストラトスが駆け寄り、手をかざして回復魔法を展開する。
温かな光がカナリアの身体を包み、血が止まり、痛みがすっと和らいでいく。
「……助かったぁ……」
カナリアがへなへなと脱力しかけたところを、ノアがしっかりと支える。
その傍らで、ストラトスは深く頭を垂れた。
「……カナリア君。すまなかった。こんなはずではなかったのだ……緊急停止のコードが書き換えられるとは……いや、何を言っても、今さら言い訳にしかならぬな」
顔を上げたその目には、本気の悔しさと誠意が宿っていた。
ギルバートもまた、静かに歩み寄り、カナリアに視線を落とす。
「駆けつけるのが、遅くなってしまった。だが……生きていてくれて、本当によかった」
彼の穏やかな声に、カナリアはふっと目を細める。
けれどその目はどこか真剣で、まだ戦闘の余韻を引きずっていた。
「先生たち……私の“力”、全部見ましたよね? それに――あいつ、最後に“マザー”って……」
言葉の端に、わずかな不安と緊張が滲む。
戦いは終わったはずなのに、どこか釈然としない“何か”が残っていた。
ギルバートはそんな彼女を見て、微笑を浮かべる。
そして、優しく、だが断言するように言った。
「お互い、報告は後日にしよう。……今日は、もう余計な心配はしなくていい」
その言葉に合わせるように、ストラトスが静かに治療の手を引いた。
癒しの光が収束し、落ち着いた声で言葉を続ける。
「二人とも、今夜は家には戻らず、空中庭園に泊まっていきなさい。ケガもすぐには問題ないと思うが、念のためマルシスに体の隅々まで診てもらおう」
続けてギルバートが、ゆっくりと杖を下ろす。
周囲を覆っていた魔法障壁が霧のように消え、彼は確信を込めて言った。
「私とストラトス、アデルにマルシス――賢者と“三聖鋭”が揃っている。この空中庭園にいる限り、なにがあっても対処可能だ」
(……なにそれ、めっちゃ心配してくれてるじゃん)
その言葉に、カナリアが少しだけ表情を緩めた。
賢者たちの言葉に見送られるようにして――
カナリアは、ノアの腕の中からそっと身を起こし、ゆっくりとその場でターンをして見せた。
そして、ふっと小さく息を吐いた。
指先をくるくると回しながら、いたずらっぽく笑みを浮かべて振り返る。
「じゃ、先生たち~。想定外のトラブルを私カナリアが一人で対処して、さらに“大ボス”まで倒したんですから――」
胸に手をあて、少し前かがみになって――
片目をウィンクさせながら、軽やかに言い放つ。
「そりゃもう――特別加点と、ご褒美の山を期待してますからねっ!」
その笑みは、どこまでも自由で。
どこか“大人の余裕”を宿しながら、黄昏時の太陽と相まってまぶしいほどに輝いていた。
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