第112話 迷宮(ダンジョン)攻略⑫ 黒城陥落―撃破―
《未知のマイナスエネルギーを感知》
ジェミニは、魔導と機械――二つの超技術を融合させて造られた、古代文明の殲滅兵器の一部。
失われた時代の膨大な戦闘データと、解析アルゴリズムを有し、あらゆる存在を分類・排除するよう設計されていた。
だが、いま目の前にいる“黒雪”は――記録のどこにも存在しない。
冷徹な演算機構はなおも正体を掴めず、高速処理によって演算を加速させていく。
その挙動は、まさに“機械体なりの驚愕”とも呼べる反応だった。
一方、力を解放したカナリアは冷静に戦況を判断していた。
黒雪は展開されたものの、その量は以前の覚醒より明らかに少ない。
(……ダウロのときは、もっと圧倒的だった……)
カナリアの脳裏に、カドゥラン領での戦いがよみがえる。
あのときは、自分の中に“7年分の魔力蓄積”があった。
だからこそ、“異界の力”を大量に扱えたのだ。
(……やっぱり、あの時の私は“特別”だったんだ)
あたりを見回す。
黒雪の密度は薄く、上空からは、なおも重力球が音もなく落下を続けている。
空間は歪み、ジェミニの主砲はなおもチャージ中。
本体まで距離もある。だが、それ以上に……この重力が、体を縛っている。
近づくこともできないのなら、斬撃を飛ばすしかない。
(……今の黒雪では、空間転移はできても、重力波の範囲からは、逃れられない)
もはや回避は不可能。ならば――
(重力魔法を遮断するには……異界の力を、纏うしかない!)
カナリアは歯を食いしばり、周囲に舞う黒雪の粒子を自身の中心へと凝縮していく。
まるで、“核”にすべてを集束させるように――
ビービービー――ッ!
《警告――》
《未知のマイナスエネルギー、排除対象を中心に集約中》
《最終殲滅フェーズを再開》
空間が軋む。
上空に浮かぶ重力球が、再び静かに、だが確実に落下を始めた。
主砲の砲口内部では、魔力と重力がうねるように交錯し、渦を巻いている。
ギュウゥゥゥゥン……ッ!!
凄まじい音を立てて圧縮が進み、砲身の内部が赤熱に染まり始める。
ジェミニの主砲のチャージ率は、すでに最終段階に達していた。
ギギギギギギ……!
鈍く軋む音と共に、砲身が上方へとゆっくりと角度を変えていく。
狙いを正確に定めるその動作と同時に、ジェミニの無機質な音声が響いた。
《警告――異常挙動を検知》
《対象の座標が+Y軸方向へ移動を開始……》
抉れた地面の中心――
黒い歪な粒子が舞い上がるその核に、ひとつの影が立ち上がっていた。
カナリア。
先ほどまで地に這いつくばっていたはずの彼女が、
まるで重力など存在しないかのように――
黒雪を纏い、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がっていた。
「はぁ~……生き返ったぁ。周りの環境に影響されないって、フィジカル的にもメンタル的にも本当最高。」
それだけではない。
地を蹴ったわけでもないのに、
その身体は、ほんの数ミリ、ほんの数センチずつ――
浮かび上がっていく。
逆らうのではない。
重力そのものを“無視”している。
この世界の物理法則から“はみ出した”存在のように。
空間がざわめき、闇がざらつき、
刃のような静寂が、結界内を貫いていく。
《周辺重力加重値は上昇を続行中。排除対象は重力を無視し浮上中》
《物理法則の無視、観測モデル外の因子が関与している可能性アリ》
その刹那。
上空から落ちてきた重力球が、黒雪を纏ったカナリアの身体に触れた。
シュパァァァンッ!!
閃光と共に、球体が弾け飛ぶ。
異界の“黒”と、圧縮された“重”が衝突し、
その圧力に耐えきれず――崩壊する。
灰のような粒子が舞い散る中、
その中心に浮かぶ、ひとつの影。
黒雪を纏い、カナリアはすでに“構え”を取っていた。
刃を下段へ、左足を引き、右足を軸に。
ただ立っているだけなのに、この戦いに終焉を告げる様な――霞の構え。
「黒い君。正直、強かったよ。……おかげで先生達に、力を見せることになっちゃった。」
「でも、お生憎様。人間ナメないでよね。」
ピ……ッ……ピ……ッ……ピピピピピピ――!!
ジェミニの各部センサーが、次々と赤く点滅する。
制御音声が断続的に鳴り始め、通常とは異なるアナウンスが乱れたノイズと共に響き渡った。
《エラー:分類不能現象を検知》
《Warning: Out of Definition》
《Reality Interference……Confirmed》
《想定を超過……演算モデル超過……交戦規則違反》
《Not compatible with recorded entities……Extraplanar Entity suspected》
《意味不明……理解不能……法則逸脱》
《……これは……ありえない……これは……》
そして――
《外宇宙の超常存在と仮認定》
《星の脅威として直ちに排除を開始する》
フォゥゥゥン……フォウン……フォウン……ッ……!
ジェミニの胴体から砲身へと、魔法陣が連結して浮かび上がる。
刻まれた数多の紋様が連動し、魔導回路に激しく魔力が流れ込んでいく。
《魔力圧縮率、限界到達。超重力荷電──完了》
《魔導主砲──エクスグラビティ・クラスター》
《発射――》
――その瞬間。
ガガァンッ!!
砲身が震え、ジェミニの胴体が“ガスン”と後方へずれ込む。
全重量が後方へ跳ねるほどの、恐るべきエネルギーの反動。
発射された暗黒閃は、全てを歪ませる。
音すら呑み込み、空気も空間も、魔力も肉体も――
“質量”を持ったものすべてが一瞬で圧縮され、塵すら残さず消滅する。
だが――
カナリアの瞳に、恐怖の色はなかった。
構えた刀が風を裂くように、黒く歪んだ魔力を纏ったその刀が、正面へと振り下ろされる。
「――斬!!」
カナリアの叫びと同時に、
全身の魔力を託して振り下ろした一閃が、黒雪を纏い黒刃となりて、飛翔する。
それは、ジェミニの暗黒閃よりさらに黒く、さらに異質な斬撃。
ジェミニが放った超重力砲と真正面から激突する。
黒と重が交差した、その刹那――
ギュグオォォォォォォン……ッ!!
世界を圧し潰さんとする重力の奔流が、
カナリアの黒刃によって、まるで左右に“裂かれる”ように消滅していく。
暴走する光柱が二つに割れ、重力のベクトルが暴発しながら無力に四散する。
《エクスグラビティ・クラスターの消失を確認》
《……解析不能のマイナスエネルギー、急接近》
《軌道演算中――……衝突確率……100%》
ジェミニは、機械魔導体ゆえに“心”など持たない。
だが、自身の持つ最高戦力をもってしても覆せなかった現象は、
もはや回避も防御も成立しないと、冷静に演算された。
そして次の瞬間、演算機構は被害状況の算出へと処理を切り替えていた。
感情を持たぬ存在だからこそ――その挙動は、まるで受け入れにも似ていた。
《自機端末、損害率計算中……》
《……破損ステージⅤ。深刻な損害レベル相当と予測》
カナリアの斬撃が、ジェミニの胴体正面へと到達する。
鉄の巨兵 テルヴオルド・ジェミニ。
その装甲はこれまで、あらゆる攻撃をものともせず、すべてをはじき返してきた。
しかし――刀神が振るった黒刃は、その鉄壁を前にして、あまりにもあっさりと、吸い込まれるように入り込んでいった。
カナリアは、そのまま刀を軽く横へ払い、血振りの動作をする。
刃先から、鮮血に代わり黒雪が儚く舞った。
「その耳障りな機械音声、もう聞き飽きたんだよね。……じゃあね!」
カナリアは刀を静かに鞘へと納め、鍔をカチリと押し込むのと同時に、叫んだ。
「――開っ!!」
――ギィィィィン!!!
鉄の巨躯の中心に、紅光の縦筋が走る。
それは、巨体を真っ二つに断つ“終焉の裂け目”として、最後部まで届いていた。
轟音と共に、鉄塊が崩れ落ちる。
そして次の瞬間――
黒刃によって裂かれた空が、まるで共鳴するかのように雲海を割った。
天空を覆っていた暗雲が左右に裂け、
その狭間から――黄昏の太陽が、カナリアを黄金色へと変える。
橙金に染まった光が、戦場にあふれ出す。
それはまるで、闇を断ち割った少女の剣を――
天が“祝福”しているかのようだった。
《ギギギ……排……除対象、危険スコアを再評価……危険階位:源竜クラスと認定……認ンt……ッ……ガガガギギギギ……ッ……》
――ッッ……!
アナウンスは、言葉の末尾を失った。
轟音と共に崩れ落ちた鉄の巨兵は、
やがて僅かな魔力の点滅をのこし、動きを止めようとしている。
残ったのは、砂煙と、静寂――。
先ほどまで戦場を荒れ狂った殺戮要塞は、いま――
“沈黙の廃城”と、なり果てようとしていた。
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