第109話 賢者ギルバートによるモンスター学⑬ エビルウーズ撃破と迷宮突破
迷宮の最奥に、怒号のような悲鳴が木霊した。
「グギャアアアアア――!!」
音の波が岩壁に反響し、空気が震える。
歪むような絶叫の主は、今や――
六つの属性層すべてを打ち破られ、防壁の役割を果たしていた粘液体は一面の壁に四散し糸を引いている。――ただひとつ、“核”とわずかな粘液体だけを残して、地にのたうっていた。
エビル・ウーズ。
迷宮の支配者にして、数多くの魔術師を貪り喰らった悪意の塊。
その本体は、もはや“魔獣”ではなかった。
黒く濁った球体――いや、濁りきった魔力の塊が、むき出しになっている。
経験したことのない痛みと、“生まれて初めて味わう寒気”に、全身が震えていた。
恐怖によるストレスでのたうち回り、ただただ必死に命を乞うように揺れていた。
無防備な核が、まるで喉を持つかのように震えながら、かすれた声を発した。
「な、なぜだ……! なぜ貴様は、全属性の魔法を高水準で操れる!?人間の器で、そんなこと……ありえんっ……!」
コアの内部がぐるぐると渦巻き、焦りと恐怖が入り乱れる。
不安定に脈動しながら、なおも問いをぶつけるその声に――
ノアは、ただ一言だけ返した。
「……最後に言いたいことは、それだけ?」
その手には、すでに膨大な魔力が集中していた。
握る拳が発する輝きが、暗闇を圧倒するように辺りを照らしていく。
――それは“とどめ”を放つための、魔力の光。
核を粉砕する一撃が、今にも形を成そうとしていた。
理性が焼け落ちかけたその声は、やがて必死な懇願へと変わった。
「ま、待て! まってくれぇっ! た、頼む、見逃してくれ!も、もう二度と……人間は喰わない! これからは……その、“生きていくための食事”しか、しないと誓う! 本当だ、本当なんだぁ!」
粘つく声が、岩壁に反響して広がる。
その言葉には、命への執着と、醜いまでの自己保存本能が滲んでいた。
ノアは静かに歩を進めながら、低く問いかけた。
「そうやって、“助けてくれ”って叫んでいた魔術師たちをお前は、喰ったんだろ?」
足を止めることなく、言葉を重ねる。
「そのとき、一人でも見逃したことは……あったの?」
そう呟いた瞬間、
ノアの手から魔力の光がすっと消える。
だが、それは慈悲ではなかった。むしろ、エビルウーズにとって最悪の合図――
彼は、ゆっくりと剣を抜いた。
闇の中で、静かに銀の刃が煌めく。
ノアは、コアの目前まで歩み寄ると、
ゆっくりとその刃を構えた。
「君、特性上――“斬られた”ことないでしょ?」
その声音は、どこまでも静かだった。
怒りでも、憎しみでもなく。ただ、冷たい事実を告げるように。
「彼らは、“喰われる”って体験をさせられたんだ。だから君も――“この痛み”を、覚えてから逝ってよ」
「未経験で終わるなんて、不公平でしょ?」
そう呟きながら、
銀の刃を、むき出しの核である球体の中心へと、そっと添える。
「ヒ、ヒイイイや、やめっ――」
ズバッ
断末魔が終わるよりも早く。
ノアは迷うことなく、そのままゆっくりと一刀両断した。
濁った核の中心が、真っ白な閃光と共に裂ける。
まるで何かの呪縛が断ち切られたかのように――
ダンジョン内の空気が、一瞬にして静寂へと包まれた。
粘液の断片が床に崩れ落ち、
苦悶の残響も、ゆっくりと闇の中に沈んでいく。
ダンジョンの最奥に、つかの間の静寂が訪れた。
「キュモモーッ!」
甲高く愛らしい鳴き声と共に、
小さな黒い影が宙を駆ける。
ノアの肩に飛び戻ってきたのは、彼のテイム魔獣キュモ。
小さなコウモリはその体をすり寄せるようにして、頬にぴったりと張りつく。
ノアは少しだけ目を細め、
肩越しにキュモへと微笑んだ。
「心配かけたね……もう大丈夫だよ!」
言葉に込められたのは、仲間への安堵と誓い。
その瞬間だった。
――キィン。
静寂を裂くかすかな音と共に、
ノアの足元で、魔法陣がゆっくりと浮かび上がり安寧の輝きを放つ。
「クリアみたいだね! じゃ一緒にいこうキュモ」
ノアと小さな相棒は魔法陣へと足を踏み出し、光につつまれ姿を消した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
空中庭園の迷宮最奥の間
石造りの天井、魔導円環の浮遊台、並ぶ観測水晶――
その中心に設けられた転移陣が、突如として輝きを放った。
煌めきが収束し、床に魔法陣の残光が揺らめく中、
光の中心から、ノアの姿がゆっくりと浮かび上がった。
「ノア・グレンハースト、ただいま戻りましたっ!」
転移の余波で軽く浮いた髪を手で整えながら、ノアはすぐに周囲を見渡し背中を向ける賢者と副教皇の存在に気づく。
「あっ! ギルバート様! それにストラトス先生も!」
小さく手を振りながら、彼はにやりと笑う。
「……姉さんはいない! と、いう事は僕の勝ちだねっ!」
得意げにガッツポーズを取るノア。
だが――
二人の指導者は、ノアに振り返りもしてくれなかった。
大型の観測水晶の前で、険しい表情のまま、一心不乱に何かを凝視している。
「……え? ちょっと先生たち?」
ノアは思わず腕を下ろし、眉をひそめた。
「よくやったぞー! とか ケガはないか? とか、なんか反応くださいよ~!? まったく、こっちは命がけでがんばってきたのに……」
大げさにアピールしぶつぶつ言いながら、ノアもつられて視線を向ける。
「……で? 一体なに見てるんですか?」
ノアの瞳が、水晶モニターを見上げた――そのとき。
「姉さんと……こいつは一体?」
ノアは、水晶の中の戦闘を凝視したまま、無意識に呟いていた。
その声に応じるように、傍らで静かに息をついたのは――ストラトスだった。
「……かつて、魔族のダークドワーフの技術者の中でも、ひときわ異端と称された“魔造の狂人”が存在した」
ストラトスの声は淡々としていたが、
その奥底には、隠しきれない緊張が滲んでいた。
「彼は、大戦が激化する中、対竜族の戦闘を想定して構築したのが……一体の殲滅兵器」
観測水晶に映る、黒鉄の巨躯が赤く輝き、砲を放つ。
「魔塊巨兵《テルヴ=オルド》。魔法とダークドワーフの技術が融合し、“魔科学構造”によって破壊を完結させる存在――」
ノアは座学で賢者ギルバートから習った四大災獣を思い出す。
「……確か封印されてどこかの地中に埋まってる。って話だったはずの機械巨人」
「そうだ……あまりに危険すぎるとされ、大戦中にもかかわらず、魔族側が“自ら封印”した古代兵器だ」
傍らで、ギルバートが口を開く。
「数少ない記録によれば、テルヴ=オルドは――竜族との戦いの際、両肩部装甲を展開し、内部から多数の分離機構を数十機射出。それらを前衛とし、竜の群れを……殲滅した」
ノアがごくりと喉を鳴らす。
水晶の中――
まさに今、その“ジェミニ”とカナリアが交戦している真っ最中だった。
「そして今、戦っている個体は……再現機ではない」
ギルバートがはっきりと断言する。
「本物だ。実戦経験を持つ、“竜殺しの兵器”。……あの戦場で、実際に投入された個体の一体」
ノアの目が大きく見開かれる。
観測水晶の中。
カナリアが重力すら歪ませる閃光をかわし、
真正面から、その兵器に切り込んでいた。
「……それに対し、今、刀神カナリアが真正面から、渡り合っている」
その一言にノアは観測水晶に視線を向ける。
その中で、カナリアは眉ひとつ動かさず、迫る猛攻をいなしていた。
その表情は、普段の彼女からは想像できないほど――真剣そのものだった。
敵の攻撃は、映像越しにもわかるほど苛烈で、重い。
ノアは思わず、もし自分だったらと想像してみる。
あの速さ、あの火力、あの硬さ……
本当に、姉さんと同じように戦えるのか――胸の奥が、不安にざわついた。
そしてノアは、まだ知らなかった。
なぜ、姉カナリアが今、このタイミングで“ジェミニ”と戦っているのか。
そしてなぜ、指導者たちがそれを止めずに見守っているのか。
その意味を、このときの彼は、まだ理解できずにいた。
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