第10話 好奇心は危険な香り
村には、教会が運営する教育学校があった。
希望すれば週に三度、子どもたちは無償で道徳や教会の教えを学び、遊びや工作などを体験できる仕組みだ。
読み書きや算術も習う事が出来るため多くの家庭が積極的に子を通わせていた。
教会の鐘が朝の空に響く頃、カナリアとノアもいつものように教会学校へ向かっていた。
坂道を駆け登り、明るい声とともに校舎にたどり着くと、すぐに周囲が賑やかになる。
登校するなり、私たちは友人達に取り囲まれた。
「リアちゃん! おはようーっ!!」
「ねえねえ、ちょっと見てて! あたし、魔法できるようになったんだよ!」
バチッと手のひらに小さな光が灯り、ふわりとシャボン玉のような水の玉が浮かび上がる。
思わず、目を見張った。
(……へぇ。魔法だ)
聖環の儀の前でも、才能がある子はああやって魔法が使えるんだ。
あの水の玉――ちゃんと制御されてた。形も崩れてないし、浮かせ続けてるのもすごい。
ちょっと、羨ましいかも。
(私も、剣だけじゃなくて……魔法も特訓したら、もっと強くなれるのかな)
そんな事を考えていると気づけば、私は完全に“囲まれていた”。
「リアちゃんってさ、昨日の算術の問題ぜんぶ正解だったよね!? ほんとにすごい!」
「わ、わたしなんて算術の才覚があるのに……リアちゃんに点数で勝てない……一緒に勉強すればリアちゃんに追いつける?ね!一緒にやろっ!」
「えっと……これ、昨日森で拾ったきれいな石。リアにやるよっ!」
男の子も女の子も関係ない。
みんな目を輝かせて、口々に私に話しかけてくる。
私の手を取る子もいれば、後ろで順番を待つ子までいた。
(またこの展開か。あ、でもほんとに……この石、赤くてきれい)
小さな宝石を手のひらにのせて、私は思わず感嘆の息を漏らす。
――と、その瞬間。
「リアちゃんそれ、似合う!」「あとこれもあげる!昨日拾った幸運の葉っぱ!」
「今度勉強教えて!わたし、リアちゃんのノート見てびっくりしたんだから!」
次から次へと声が飛んでくる。
教室のあちこちから、リアを囲むように集まってくる子どもたち。
囲まれるのにはもう慣れている。けれど、毎回こうして“注目される”ことには、まだどこかくすぐったさが残っている。
内心ため息をつきながらも、私はすこしだけ、得意げに口元を緩めた。
(……まぁ、自分で言うのもなんだけど)
窓に映った自分の顔に、ふと視線を向ける。
(ママ譲りのこの整った顔立ちに……)
綺麗な蒼い髪をサラッと指先で払ってみせる。
(前世仕込みの知的な要素が加われば――)
ちょいドヤ顔で小さく頷く。
(そりゃ、こうなるよね?)
得意満面に鼻を鳴らしかけた――その時。
「きゃああああっ! ノアくーん!!」
教室の扉が開いた瞬間、複数の女子たちの黄色い悲鳴が炸裂した。
一人の少年が入ってくるたびに、空気が一段階キラキラするような錯覚すら起きる。
金色のサラサラした髪に、穏やかな笑み。
そして、何よりも――人懐っこく優しい雰囲気が、自然とみんなを惹きつけてしまう。
「ノアくん! 今日は私と一緒にお昼食べよっ!」
「こっちの席あいてるからね!」
「ノアくん、今日もかっこいいね……♡」
女子だけじゃない。
男子までが親しげに声をかける。
「ノア! 放課後、また一緒に騎士団ごっこしようぜ!」
「昨日教えてくれたバク転、もうちょっとで成功しそうなんだ!」
教室の中心に吸い寄せられるように、子どもたちの輪ができていく。
(……え、なにあれ。国の王子か何か?)
リアは思わず目をぱちくりとさせた。
先ほどまでのドヤ顔は、すっかりどこかに消えていた。
(……女たらし超えて、人たらしじゃん、ノア)
きらきらと笑顔を振りまくノアのまわりに、女子たちが殺到していた。
「ねぇノアくん、このリボン似合ってる?」
「今日はわたしとお弁当食べよ?」
「魔法の練習、今度はわたしが見てあげるね!」
あっという間に小競り合いが始まる。
「えっ、それは昨日わたしが誘ったの!」
「は? 今言ったのはわたしでしょ!」
ピリッと空気が張り詰めてきた瞬間、不穏な空気を悟ったノアが困ったように笑い、ちらりとこちらを見る。
その瞳が明らかに「助けて」のサインを送っていた。
ため息をつきながら、私はゆっくりと立ち上がる。
助けに――
「……行くのやーめた!」
ぴた、と足を止め、小さく肩をすくめて首を横に振る。
ヤレヤレ、ほんと懲りない弟だ。
(たまには自力でなんとかしなさい)
その瞬間。
「こっち来てノアくん!」「だめ、今は私が一緒にいるの!」
「ええ~! ノアくん私と一緒に魔法の練習って約束したのにー!」
女子たちの勢力争いが再燃し、ノアはみるみるうちに取り囲まれていく。
「わあああ! 姉さん助けてえええ~~~!」
……ノアの悲鳴は、次第に遠く、小さくなっていった。
数時間後
村の中心にある教会から、昼を告げる長い鐘の音が響いた。
子どもたちはその音に促されるように、広場や廊下へと散っていく。
昼休みの時間が始まったのだ。
男子たちがこそこそと集まり、ノアに声をかける。
「なぁノア! 大人たちが話してたんだけどさ、l教会裏の森の奥で“浮かぶ宝石”を見た人がいるんだって!」 「俺たちがゲットして持って帰れば、ヒーローだぜ!」
ノアは目を丸くしてすぐさま答える。
「えっ!? でも、裏の森の奥ってモンスターが出るから、立ち入り禁止だよ?」
そう言いながらも、ノアの声には興味と戸惑いがにじんでいた。
「おいおい、剣の腕が立つくせに、ビビってんのか?」
「そうだよ! ノアならいけるって!」
男子たちは、そんなノアの反応にすかさず畳みかける。
少しムッとした表情で、ノアは顔を上げる。
「……そ、そんなことないよ! 今からだって行けるさ!」
「よっしゃー! みんな行くぞ! お宝ゲットだー!」
「おーっ!!」
その様子を遠くから見ていた女子たちは、ため息混じりに呟いた。
「男子ってノア君以外、本当バカね……」
私はその声を耳にしつつ、ちらりとノアたちのほうへ目を向けた。
(あれ? ノアと男子たち、どこ行くんだろ……)
わいわいと盛り上がりながら教会の裏手へと向かっていく彼らを眺めながら、
(校庭で遊ぶのかな?)と首をかしげる。
セリノスの森
太古の時代から存在するというその森は、巨木が空を覆い、昼間でも薄暗い静寂に包まれている。木々の隙間から射す光は、まるで神殿のステンドグラスのように神秘的で、どこか“特別な何か”を感じさせる。
昼間にも関わらず、森の中は木々が生い茂り、日差しすら遮られて薄暗かった。枯れ葉が足元でくしゃりと音を立て、冷たい風が頬を撫でる。
「や、やっぱやめとく……?」
最初は意気揚々と森に突入した男子達だったが、森独特の雰囲気に飲まれた男子たちが、足を止める。
「ビビってんのかよ!」
リーダー格の男子が、胸を張って声を張った。
「俺とノアがいれば、単眼巨人が来たって怖くないんだぞ!」
その時だった。ノアの耳に、風のざわめきが届いた。それは、まるで森が“囁いている”かのようだった。
(なんだろう……森の声? なにかいるって、教えてくれている……?)
遠くの茂みの先、赤い光がちらついた。
「あっ! み、見て! 宝石だ……ホントに浮いてる!」
茂みの奥、かすかに赤く明滅する光が、まるでこちらを誘うかのように漂っていた。空気が急に冷えた気がする。風の音が止まり、森全体が何かを潜ませているような静けさに包まれた。
「様子が変だよ! そこら中光ってる!……かこまれてるよ!」
視界のあちこちに、赤い光点が浮かんでいる。まるで生き物の目のように、じわじわと子どもたちを取り囲んでいた。誰かが小さく喉を鳴らし、空気がピンと張り詰めていくのを感じていた。
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