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第106話 迷宮(ダンジョン)攻略⑥ 無慈悲なる勇者

 獲物を追い詰める黒い触手は、あまりにも執拗だった。

 逃げ場を塞ぐように迫る一本。かわしきれないと判断したノアは、瞬時に魔力を集中させる。


「凍れ!」


 詠唱なしの瞬間魔法。ノアが最も得意とする“氷”の魔力が、一気に炸裂した。

 弾けた氷の魔力が、触手だけでなく――モンスターの全身を覆うように一気に広がる。


 黒い粘液が一瞬で白く染まり、

 エビル・ウーズの体表全体が凍りついた殻のように硬化していくが――


 バリバリッ……!


 音を立てて、氷の外殻が砕ける。

 亀裂が走り、割れ目から粘液が再び滲み出し、

 まるで殻を破って再生するように、エビル・ウーズは元の姿を取り戻していった。


(通る……! 一瞬でも、効く! なら――)


 氷と黒液が空中に飛び散り、霧のように広がる中

 ノアは止まらない。次の攻撃をしかけるため、全身を駆使して動き続けた。


 黒い塊の中心を見据え、ノアは剣に魔力を込めた。

 冷気が刃を伝い、剣身は白く輝き始める。


(魔法が通るなら――魔剣技アーツも!)


 踏み込み、滑るように懐へ入り込みながら、鋭く斬り裂く。

 さらに追撃。左へ回り込み、氷を纏った連撃を打ち込む。


 ――だが。


 斬り込んだ瞬間、腕に伝わったのは「ぬるん」とした感触だった。

 重さがない。芯がない。ただ、柔らかく刃が沈み込むだけ。


「……何っ!」


 粘液の肉が、刃の通り道に合わせて形を変え、

 まるで意思をもつかのように刃を呑み込み、

 斬り口はぬるりと癒着して、何事もなかったように戻っていった。


 ノアはすぐに距離を取り、剣先を見やった。

 氷の粒が、滴となって床に落ちる。


(……効いてない。いや――“斬れてすらない”)


 たしかに、自分の剣は氷の魔力で強化されている。

 鋼鉄の刃は、エビルウーズの酸に触れても溶けはしない。

 けど、それだけだ。

 攻撃としての“斬撃”が、意味をなしていない。


魔剣技アーツごと、無力化されてる……!)


 この魔獣の身体は、刃を受け入れず、魔力すら呑み込む。

 まるで、“斬る”という行為そのものを拒絶している。


(剣も、魔剣技も通じない。

 ……この敵、“斬撃”に対する耐性がものすごく高い!)


 焦りが喉をかすめるも、ノアの眼差しは濁らない。

 迷宮主を攻略せんと、“今なすべきこと”をすでに見定めていた。


(たしか……スライム系のモンスターには、核があるはず)


 その思考に、答えるように――


「……ククッ……探してるんだろ……?」


 どす黒い液体の奥、中心から、濁った声が響いた。

 それは笑っていた。まるで、人の思考を“読んでいる”かのように。


「わかるぞおおおおお、わかるぞぉぉおおお!!」

「お前ら“人間”は、みんなそうだったぁああああ!!」


 粘液が盛り上がり、ぶくぶくと泡立つ。

 そこからせり上がってきたのは――エビル・ウーズが再現した複数の人影だった。


「ひっ……あああ……いやぁ……!」

「核さえ壊せれば……くそ、逃げ――うぐっ……!」


 呻き声。悲鳴。嗚咽。


 それはかつて、この魔獣モンスターに挑み、そして呑まれた者たちの“最期の記憶”。


 溶けた骨と肉、魔道服の破片、焦げた杖。

 それらがぐにゃりと融合し、

 “彼らが死の間際に取った姿”のまま、泡の中から再現されていく。


「俺のなかで――何度も、何度も“喰われて”きた連中だあああ!!」


 エビル・ウーズの体内から、

 歪んだ人型が、いくつも這い出してくる。

 魔法詠唱を口ずさむ者、逃げ出そうとした者、絶望に沈んだ目をした者。


 ノアの目の前で、泡立つ泥の中から、幾人もの“かつての人間”の影が立ち上がる。

 それはもはや魂なき屍の模造――過去に喰らわれた魔術師たちの死の記憶。


 その異様な光景を前に、エビル・ウーズは嬉々とした声を響かせた。


「様々な魔術師を喰わせてもらったおかげでなぁ……」

「私の魔法への“属性耐性”も、ずいぶんと成長したぞ?」


 液体の身体がうねり、核のあるらしき中心が、ぬらりと闇の中で光る。


「今じゃあ、私の核に届くまでには――

 六層にわたる“属性層”の突破が必要だ!!」


 ぐつぐつと煮え立つような音。

 液体の中で、火が燃え、土が揺れ、水が渦巻き、風がうねり、光がきらめき、闇がうごめく。

 ――火、土、水、風、光、闇。


 それぞれの属性が、層となって核を守る障壁を形成していた。

 属性の層は、魔力の膜のように薄く重なり合い、

 幾重にも折り重なったオーロラのように、魔獣の中心を覆っていた。


「さぁ、どうするぅ? 一人じゃ無理なこと、理解できたかぁ?」

「わかったら――せいぜい喚いて、喰われろ!!」


 粘液の中でうごめく“死者”たちが、一斉にノアへと手を伸ばす。

 それは、知性と本能、そして喰らってきた全ての人間の絶望を重ねた、魔獣からの宣告だった。


 ノアは、まっすぐ前を見据えた。

 その瞳には、微塵の迷いも感じさせない。


「……死んでいった人たちを、もてあそぶな」


 低く、しかし確かな怒りを込めた声だった。


 だが――


 ノアのまっすぐな目は、その“正面の脅威”に集中しすぎていた。


 エビル・ウーズの身体の裏側から、

 粘液の触手が二本、音もなく這い出していたことに――

 彼は気づいていない。


 それらは音もなく距離を詰め、

 その先端がゆっくりと“手”のような形に変形する。


 ギュオッ!


「っ!?」


 ノアの背後から伸びた触手の腕が、

 そのまま一気に彼を包み込むようにして締め付けた。


 ノアは瞬時に反応し、肌を包み込むように魔力障壁を展開した。

 これにより、酸による腐食だけはかろうじて防ぐ。

 しかし――


(くっ……息が、できない……!)


 触手の中に密閉されたまま、ノアの身体は上空へと持ち上げられていく。

 勝ち誇るように、エビル・ウーズの前方へと掲げられると――


 がばぁっ!


 粘液状の身体が割れるようにして、

 それまで存在しないと思われていた“口”が突如として開かれた。

 ノアの目の前に突如現れたのは、

 見開かれた“粘液の地獄”――蠢く喉と渦巻く瘴気。


 その口内から、どろりとした声が響く。


「……バカめ。おしゃべりに気を取られすぎて、気づかなかったか?」

「とっくに、おまえは“詰み”だったんだよおおおお――!」


 ノアを確実に飲み込まんと、

 ウーズは自分の触手ごと、大口の中へと運び始めた。


 ヌメりと滑る喉の奥。

 濃密な瘴気のような魔力の匂いが空気を染める。


 このままでは、確実に一飲みにされる――


「キュモオオオ!!」


 空中で見守っていたキュモが、悲鳴のような鳴き声をあげる。

 その小さな羽を必死にばたつかせながら、もはやどうすることもできず旋回し続ける。


 だが、その瞬間だった。


 ぴたり。


 エビル・ウーズの動きが、唐突に止まる。


 次の瞬間、

 ノアを掴んでいた触手が――


 灼熱の白い閃光と共に、爆ぜた。


「ぎ、ぎゃああああああああああああッッ!!!」

「や、灼けるぅぅぅうううぅぅぅう!!」


 ウーズの“腕”が、ノアを包んでいたその触手ごと、

 真っ赤に光り、激しく弾け飛んだ。


 粘液が焼け、蒸気が空中に舞い上がる中――

 その中心から、姿を現したのは……


 炎の魔力を纏いながら、宙に浮かび、エビル・ウーズを見下ろすノア。


「僕、あんまり炎魔法は得意じゃないんだけど……」

「集中すれば、案外簡単だね」


 その肩には、まだ粘液の破片が一部こびりついていた。

 ノアはそれにちらりと目を落とすと、

 小さく息を吐きながら、炎の魔力をそこへ流し込む。


 じゅう……と音を立てて、

 燃え残ったウーズの断片が黒く焦げて崩れ落ちる。


 まるで――「次はお前の番だ」と言わんばかりに。


 ノアの視線が、静かに本体へと向けられる。

 その瞳に、ためらいも、焦りも、一切なかった。


 ノアの纏う炎が、広間の闇を塗り替え、影を隅へと追いやっていく。

 ゆっくりと宙を降り、彼は音もなく床へと着地した。


「……今ので一層目? いや、最初に氷漬けにしたから――今ので二層目か。ってことは……あと四層、だね」


 ノアは軽く肩を払って、口元を吊り上げた。


「君さ、自分の特性ベラベラ喋ってたけど……」


 そう言いながら、

 ノアは目の周りに炎を集め、赤く輝く“眼鏡”を形作った。

 そのまま、あたかも本物をかけているかのように、指先で鼻筋をくいっと押し上げる仕草をする。


「“対魔術師戦”において属性の開示は──死活問題です」


 その仕草も、言い回しも、まるでどこかの赤髪エルフを真似しているかのようだった。


 一拍置いて、口元だけでニヤリと笑う。


「頭いいフリして、バカなのは君のほうでしょ?」


 その瞳には、怒りも焦りもなかった。

 ただ、冷静に“攻略の順番”を見定める目――

 魔獣の奥へ、まっすぐに突き刺さる視線だけが残っていた。


 ノアは、自分の勝利を確信していた。

 六層の属性層。それを順番に崩せばいい――ただ、それだけの話。


 だが、心配が一つだけあった。


 魔法が使えない、姉のこと。

 もし、彼女の前にも“斬撃が通じない相手”が現れていたとしたら?


 そんな不安を、胸の奥に押し込むようにして、ノアは拳を握りしめた。


「き、きさまぁぁ!! 調子に乗るな――」


 粘液の体内から逆上した咆哮が響いた直後、


 グチャ!


 ノアの腕から放たれた土魔法が炸裂し、巨大な岩の拳が上空から叩きつけられ、鈍く重い音が響き渡る。


 大地を揺るがすような轟音と共に、ノアの土魔法がエビル・ウーズをねじ伏せ――

 第三の属性層を、無慈悲に押し潰した。

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