第105話 迷宮(ダンジョン)攻略⑤ 迷宮主 エビル・ウーズ VS ノア
ノアは扉を押し込み、静かに部屋へと入った。
中は広々とした大広間になっており、造りはこれまでの遺跡と同様の構造だった。
「広いだけで……見た感じは同じだね」
天井は高く、壁面には松明が等間隔に配置されており、視界も思いのほか悪くない。ほのかな風が流れ、かすかに埃の匂いがした。
ノアは周囲を見渡し、肩の上のキュモに視線を落とす。
敵の気配がないことを確認すると、ノアは小さく頷き、手のひらで軽く合図を送った。
キュモはすぐに理解し、ふわりと浮き上がって音もなく部屋の探索へと飛び立った。
そのとき――
「た……たすけて……だれか……」
弱々しい声が、石壁に反響した。
ノアは足を止め、息を潜める。
(……今の、声?)
目を凝らすと、薄暗がりの奥の壁に――ひとりの女性がいる。
両腕を鎖で縛られ、うなだれるような姿。
金色の髪は汚れてなお艶を失わず、
薄布一枚の衣装が冷気を伝え、細い肩をかすかに震わせていた。
「……人? こんなところに……捕まってるのか?」
ノアは思わず声を漏らした。
だが返事はない。ただ、苦しげなうめき声が響くだけだった。
次の瞬間――
闇の奥から、湿った足音がにじみ出た。
「っ……!」
ノアは反射的に剣を構え、わずかな気配の揺らぎに目を凝らす。
そこに現れたのは、一つの影。
ゆっくりと、しかし確実に獲物を狙う獣のような足取り。
その姿を見た瞬間、ノアの脳裏に過去の記憶が閃いた。
あの歩き方、体格、気配……間違いない。見覚えがある。
「あのオーク……! ダンジョンの入口で、姉さんと一緒に倒した剣士オークの仲間――暗殺者オーク!」
息を呑む。
あのとき、逃がした個体だ。
「くそっ……やっぱり、あのとき倒しておくべきだった……!」
悔しさが喉の奥でこもる。
そいつの目は、壁に縛られた女性だけを見据えていた。
そして次の瞬間、短剣を構え――その首めがけて振り下ろす。
「させるかっ――!」
ノアは即座に詠唱を走らせた。
「――《氷牙槍》!」
凝縮した氷の魔力が鋭い白銀の槍となり、
音もなく飛び、オークの胸を正確に貫いた。
「ギッ……!」
呻く間もなく、魔力に呑まれた肉体がのけぞる。
その刹那、ノアはすでに動いていた。
魔力を脚部に集中し、床を蹴る。
銀の剣閃が一条の光となって闇を裂き――
オークの首が宙を舞い、乾いた音を立てて床に転がった。
「ふぅ……」
息を吐きながら、ノアは女性のもとへ駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
だが彼女は、うめき声を漏らすばかりで動かない。
乱れた金髪が顔を隠し、表情は見えなかった。
ノアは鎖に手をかけ、力を込める。
びくともしない。
「くそっ……開かない!」
金属には淡い魔力の封印がかかっている。
(あっ、そうだ……!)
さっき斬り捨てたオークの遺体に目を向ける。
「もしかして……鍵を持っているのかも」
しゃがみ込み、腰袋を探ろうと手を伸ばす。
しかし――
「……なんだ、これ……?」
ぬめりとした異様な感触。
見ると、オークの体は輪郭を失い始めていた。
皮膚も骨も武具までも、泡のように崩れ、
粘着質の液体となってうねりながら溶け落ちていく。
「あ、あなたは……?」
ノアが顔を上げた正面――
“彼女”が、動いていた。
金色の髪の隙間から、ぐちゃりと裂けるような音。
ゆっくりと、頬が、口が――広がっていく。
「い……ただき、まぁああああああす!!」
その口は、人の限界を超えて裂け、
ノアの頭を丸ごと飲み込もうと迫る。
「っ――!」
ノアの瞳が見開かれた。
牙。舌。暗い喉の奥に、どす黒い魔力が渦巻いている。
それは――
喰らうことだけを生まれながらにして定められた、何か。
人の皮をかぶった、“別の生き物”だった。
その瞬間――
空中にいたキュモが、勢いよくノアの胸元へ体当たりした。
押し出されるようにノアの体が後方へ弾かれる。
ほんの一瞬の差。
鋭い牙がノアの頬をかすめ、ガチンと空中を噛み砕いた。
「っ――助かった……!」
ノアは転がるようにして受け身を取り、即座に体勢を立て直す。
氷の魔力を纏った剣を握り直し、女――いや、“化け物”を真正面から確認した。
ノアは剣を構え、呼吸を整える。
先ほどまで人の姿をしていた“それ”が、裂けた口でにたりと笑った。
その口端からは涎がだらりと垂れ落ち、じゅうっと床を焼くような音を立てて石材を溶かしていく。
「あらぁ……せっかくお芝居までしたのに」
透き通るような声で、女は囁くように言った。
「ほんっと、めんどくさいわねぇぇぇえええええ――!」
次の瞬間、その声音は一変し、喉の奥から這い出るような、歪んだ金切り声に変わった。
その叫びとともに、女の身体がぐにゃりと歪んだ。
骨が砕けるような音とともに、皮膚がずるりと滑り落ちる。
内側から黒い液体が溢れ出し、床一面に広がっていった。
「なっ……!?」
どろどろと泡立ち、腐食するように壁を侵食していく。
やがて形を失った肉塊は、粘り気を帯びながら肥大化していった。
その正体は、黒い粘着性をもつ粘液系統魔獣。
《エビル・ウーズ》。
醜悪な咆哮が響き、闇が蠢いた。
黒い触手のような腕が伸び、ノアとキュモを同時に絡め取ろうと襲いかかる。
ノアはすぐに身を引き、距離を取った。
キュモはすばやく空中へと舞い上がり、安全な高さまで飛翔して身を隠す。
(……こいつ、モンスターなのに喋ってる。つまり――高位クラスの魔獣か!)
冷や汗が頬を伝う。
相手の気配は、これまで遭遇したモンスターとは段違いだった。
明確な“意志”と“殺意”をもって動いている。
黒い触手が、ノアを捕らえようと上下左右から殺到する。
その数、十本を超える。まるで空間そのものが生き物のように追い詰める。
ノアは即座に反応した。
床を蹴り、壁を走り、石柱を駆け上がる。
天井の梁を利用して宙返り、滑空しながら次の着地点を探す。
その最中も、粘液触手が四方からのびてきて、紙一重の差でノアの身体をかすめていく。
ひとつでもタイミングがずれれば、即座に捕らえられ餌食となる。――そんな攻防がとめどなく繰り返されていた。
明日も更新予定です!
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