第103話 迷宮(ダンジョン)攻略③ テイム契約
部屋の清らかな空気に身を預けていると、不意にポーチがふわりと光り出した。
「あっ……今度は私のポーチの番か」
慌てて開けると、中から包み紙にくるまれたサンドウィッチと、体力・魔力回復用の紫ポーション、それに解毒薬が二つずつ現れた。
サンドウィッチは出来立てのようにほんのり温かく、パンの香ばしさと具材の香りがふわりと立ちのぼる。
「……これ、まさか」
添えられていた紙には、かわいらしい字でそれぞれ一言ずつ。
『おいしく食べてね ルルエ』
『ケガしたらこれを飲んでください リーリャ』
ノアは香ばしい匂いに釣られて、思わず涎をうかべていた。
「おいしそー!」
余程お腹が減っていたのか、目を輝かせながら、サンドウィッチにかぶりつく。
「……さすがルルエさん、ぬかりないなぁ。リーリャさんも気がきくー」
魔力けっこう使ったし、助かるよと満足そうに頬をほころばせる。
二人でサンドウィッチを分け合い、休憩所の水を口に含む。
それだけで、体の疲れがふっと和らいでいくようだった。
まるで全てを癒す“家庭の味”。
ノアはさっそくポーションを飲んでいる。私は、魔力を使っていないし、いざというときのために、残しておいたほうがいいかもしれない。そう思ってポーチに戻した。
……やれやれ。ここまで賢者ギルバートの想定通りか。
毒蜥蜴の毒も見越して、最初から解毒剤を入れておくなんてね。
ノアが両手を合わせて、元気よく声を張った。
「ごちそうさまでしたーっ!」
こらこら、迷宮内で大声をだすでないぞ弟よ。思わず苦笑しながらも、確かに、体力も気力も万全。
さてと――この“休憩部屋(仮)”が中間地点なのか、それともボス部屋の直前なのか。
ダンジョンに入ってから、まだ2時間弱。
授業は13時30分からで、座学は約45分――今は午後4時を過ぎたあたり。
帰還予定は19時。それを考えると……中間か、終盤手前と見るべきか?
……いや、よくないな。この“メタ的逆算癖”は通常の迷宮じゃ通用しない。ちゃんと現場で判断しないと。
隠し部屋から出るには、二つの選択肢があった。
来た道を引き返すルートと、さらに奥へと続く未踏の通路。
「姉さん、奥の道に進まない? 来た道を戻るのって、なんかさ~……」
なんだそりゃ。荒唐無稽なただの直感。
……だけど、たしかに戻れば毒蜥蜴たちが潜んで待っている可能性もあるか。
それをノアが直観で感じとってる可能性もあったり?
「そうだね。奥に進もう」
私は剣に軽く手を添え、慎重に扉へと手を伸ばした。
部屋を出た瞬間。
――ギャアアッ!
闇の中から、無数の小さな影が勢いよく飛び出してきた。
思わず身を低くし、かがみ込んでやり過ごす。
現れたのは、コウモリのように空を舞い、ゴブリンじみた長い鼻と牙を備えたモンスター――ゴブリンバットたちだった。
甲高い羽音と耳障りな鳴き声が、空間を埋め尽くすように響く。
「今度は、蝙蝠型のモンスター……?」
私は眉をひそめる。けれど、何かがおかしい。
――ギャアッ、ギャアアッ!!
荒々しく飛び交うゴブリンバットたち。
だがその牙の先にいたのは――意外すぎる存在だった。
「……え?」
キュモモー! キュモー!
醜悪な群れの真ん中で、必死に飛び回る小さな影。
まるっこい体に、ふわふわモフモフの白い毛。
首元に巻いたような毛並みは、まるでマフラー。
ぬいぐるみみたいなコウモリが、一方的に集中攻撃を浴びせられていた。
なにこれ。どう見ても――これは。
敵対、というより“いじめ”。
ゴブリンバットたちは、群れてその小さなコウモリに牙を向け、追い詰めるように空中を囲んでいた。
(モンスター同士の縄張り争い……?わざわざ手を出す意味はない。リスクを冒してまで――)
迷いが胸をよぎる。けれど、その一瞬を待っていたかのように。
「やめろッ!」
ノアの叫びが通路に響き、同時にその掌から風の刃が解き放たれた。
鋭い風の魔法は、空中で弧を描きながら自在に軌道を変え、
モフモフのコウモリを避けながら、群れを正確に切り裂いていく。
――ギャアアッ!!
ゴブリンバットたちは次々と弾き飛ばされ、壁や床に叩きつけられた。
残った個体も恐怖に駆られ、甲高い悲鳴を上げながら闇の奥へと退散していく。
ノアは肩で息をつきながらも、すぐに床へと落ちた小さなコウモリに歩み寄る。
その瞳は揺るぎなく、ただまっすぐに。
――自分の“正しいと思ったこと”に、即座に行動できる子。
ためらいなんて、これっぽっちもない。
……ほんと、ノアって優しいんだよな。
ノアが、そっと地面に手をついたキュモに歩み寄り、静かに呟いた。
「かわいそうに……今、助けてあげるからな」
その手のひらに魔力の光が集まり始める。
普段なら詠唱破棄でサッと済ませるノアが、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
――《癒光よ、穏やかな流れとなりて、この小さき命に安らぎを与えよ。
痛みを鎮め、翼を包み、ぬくもりの中へ導いて――》
治癒静風。
ノアの魔力が柔らかく波紋のように広がり、小さなコウモリの体を包んでいく。
春の日差しのように穏やかで、ただ優しく癒していった。
いつもは即撃ちの詠唱破棄ばっかりなのに。
本気で助けたいって思いが、行動そのものに滲んでいる。
私は刀に手をかけたまま、その様子を見守る。
(……でも、一応。ここは“迷宮”の中。万が一、卑劣なモンスターの罠だったとしたら――)
私はノアを守らなければならない。
その時は即座に、斬る。それだけだ。
裂けていた羽の傷口が、じわじわと閉じていった。
「……よかった、治って――」
安堵の声を漏らしたのも束の間。
「キュ……モ……」
小さな体が、びくりと震えた。
さっきまで回復していたはずの羽が、力なく垂れ下がる。
体毛の色もみるみるうちに薄れ、まるで――生命力そのものが削られていくようだった。
「なっ……どうして!? 傷はふさがったのに!」
ノアが顔を青ざめさせる。
その声は、怒りとも悲しみともつかない――抑えきれない衝動に揺れていた。
その手はまだ光を帯びていたが、コウモリの体からは、あたたかさが抜け落ちていく。
原因は、わからない。外傷はもう塞がってる。
でも――このままじゃ、きっと助からない。
体毛の色はさらに薄れ、かすかな呼吸が今にも途切れそうだ。
生命が、静かに、けれど確実に失われつつある。
そのとき、ノアが震える声で叫んだ。
「姉さん! どうにかできない!?あまりにかわいそうだよ……!仲間もいないところで、いじめられて、ひとりで死んでいくなんて……っ」
私は、ふと賢者ギルバートの授業を思い出した。
――本来、魔獣であるモンスターが、人間と共に暮らし、生活することもある。
その在り方の一つが、テイム契約。
「……本当は、あまり勧めたくないけど……」
「どうしても助けたいのなら、テイム契約という選択肢もあるよ。でも――」
契約すれば、回復の可能性はあるかもしれない。
でも……私は、それをあまり勧めたくはなかった。
テイム契約は、ただ動物を“飼う”のとは訳が違う。
一種の“生命の共存”。
主に対して忠誠を誓う代わりに――モンスター側の痛みやダメージを、契約者が“肩代わり”することもある、と聞いた。
今この子が衰弱している“原因”がもしも呪いや毒だったとしたら……
その苦しみごと、ノアに逆流してくる可能性だってある。
――昔から知っている仲間を助けるならともかく。
たった今出会ったばかりの、モンスター相手に……そこまでしてやる義理は、正直ない。
私は、しばらく言葉に詰まった。
だけど――それでも、伝えなければならないと思った。
私は、テイム契約についての要点を手短に説明した。
そして、あえて言葉を選ばずに、ノアに言い聞かせるように続けた。
「……やめておいたほうがいい。今のこの子の状態だと、下手したら――ノアだって無事じゃ済まないかもしれない」
ノアは、すべてを聞いたうえで――まっすぐに私を見た。
(……全てを覚悟してる眼差し、迷いなんか一つもないんだね)
ただ静かな決意だけが、その瞳に宿っていた。
「目の前の、こんな小さな命も救えないで……女神の民を、みんなを守れるの?そんなんじゃ、勇者候補ですらないよ」
少しだけ唇をかみ、でもすぐに前を向いたノアは、はっきりと言った。
「言ってることはわかったよ。でも――それでも、助けたいんだ」
ああ、そうか。
さっき――私が迷っていたその瞬間にも、ノアはすぐさま動いていた。
ためらいなく、迷いなく、目の前の命を助けようとしていた。
他者のために、自分のことをいとわないその正義感。
自らを傷つけてでも手を差し伸べようとする、その自己犠牲の精神。
私から見れば、正直、青臭いし……甘ったるい考え方だとも思う。
だけど――
……だけど、そんなノアだからこそ――
何度でも、私はこの背中を守り抜こうと思うんだ。
明日も更新します!
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