第102話 迷宮(ダンジョン)攻略② マッピングと隠し部屋
私たち二人は、地図の空白を埋めるように迷宮を攻略していった。
奥へ進むごとに、待ち構えるように姿を現すモンスターたち――その一体一体を打ち破りながら。
迫り来るスケルトンたちには私の刃が骨を断ち割る。
次の瞬間、ノアの炎槍が残骸を包み、白い灰へと変えた。
大蜘蛛が天井から奇襲してきても――「右上!」とノアの声。
私は即座に刀閃で柔らかい脚の関節を断ち、落下した胴体をノアの魔法が捕らえる。
そして剣で急所を貫き、切り払った。
剣と魔法。状況に応じて自在に操るノアの姿は、まさに魔法剣士そのもの。
そして私も、鋭い剣閃でそれに応じる。
二人の呼吸は一糸乱れず、立ちふさがるモンスター達は、なすすべなく打ち倒されていく。
まるでお手本通りの討伐手順。
そして、訓練でもしているかのように、敵の出現も種族も意図して配置されているかのよう。
オーク、スケルトン、毒蜘蛛……。
いずれも賢者ギルバートの授業で予習した種族ばかり。
つまり、これって――
その時、ノアの声が響き、視線を向ける。
「姉さん、見て! 開けた通路に出たよ!」
顔を上げると、目の前に広がるのは、
闇を抜けた先の──石造りの大回廊だった。
不自然なくらい、真っ直ぐで、何もない。
(……怪しむなっていうほうが、無理な話だ)
「ちょっと待って。こういう場所は――」
と引き留めようとしたその瞬間、ノアが振り返り、前髪を指で流してみせた。
「ふっ……僕を、いつまでも初心者扱いしてもらっちゃ困るぜ」
わざとらしくキザな笑み。
(出た……“勇者ポーズ”。これは完全にアデル先生の影響をうけてるな)
思わずため息をこらえながらも、私はノアの講釈に付き合うことにした。
ノアがわずかに胸を張る。
「こういう通路には、罠があるんだよ。気をつけたまえカナリア君」
私は思わず一瞬口元をゆるめたが、君づけしたノアにすぐにジト目で訴えた。
……それにしても、完全に調子にのってるな。
ノアはすぐに土属性の詠唱を短く切り、足元に淡い土煙を立ちのぼらせる。
白いもやの中で、地面から淡い緑色の線が浮かび上がった。
「……見える。やっぱり、ここだ」
ノアが指でなぞると、その線は左右の壁穴を通り、さらに奥――背後の壁へと伸びていた。
「これに引っかかると――たぶん、後ろの壁。見て、この線……おそらく、あそこが開いてモンスターの大群が出てくるんじゃないかな?」
得意気などや顔。
(はいはい、立派になったこと)
私は小さく肩をすくめながらも、かわいい弟に反論せず花を持たせる事にした。
「僕が手本を見せるよ。まず、この線を触れないように――大股で飛び越えて……」
ガコッ。
着地と同時に、石床がわずかに沈み込んだ。
空気が震えるような、低い作動音が通路に響く。
(……うわ、やったな)
ノアの顔から、どや笑みがすっと消えた。
「ノアっ!」
直後、左右の穴から鋭い槍が勢いよく飛び出した。
ギュンッ! ギュンッ! ギュンギュンギュンッ!!
ノアは瞬時にその眼に状況を焼き付けると超反応で身を翻し、迫りくる槍を斬り払う。
火花が散り、金属音が通路にこだまする。
一閃ごとに軌道を断ち切り、全ての槍を切り伏せてやり過ごした。
「大丈夫ー!?」
見たところ特に擦り傷さえなさそう。毒の心配もなさそうだ。
油断していたとはいえ、さすが剣神。冷静で無駄のない動き。
「……ごめんごめん! 罠が二重になってるなんて思ってなくて」
ノアは大きく息を吐き、壁に手をついた。だがその瞬間――
ガコッ。
押し込まれるように、壁の一部がへこむ。
低い動作音が通路全体に響き渡った。
「うわっ!」
ノアの頭上から――。
連続して、巨大な刃がギロチンのように降り注いだ。
ノアは驚きつつも反射的に地を蹴り、連続で後方へバク転。
刃の縁が髪をかすめ、床に叩きつけられるたびに火花が散る。
ギリギリの軌道を描きながら、ついにスタート地点まで跳び戻り、寸前でかわし切った。
「ふぅぅ……あぶなかったぁ。でも、さすがにもう罠はなさそう……ちょっと調子にのっちゃったかも」
ノアは舌をちょこんと出して、てへぺろ顔。
コイツ……美顔じゃなかったら拳骨くらいはしたかもしれない。
私はため息をつきながら、その肩を軽くたたいた。
そして、ちょんちょんとゆっくりと足元へ指をさす。
「ノア君……最初の線の罠、踏んでますけど」
ひきつった笑いをうかべながら、ノアの顔が青ざめていく。
直後――背後の壁扉が重々しく開き、
そこから大量のモンスターの気配が押し寄せてきた。
「ごめんなさああああああああいっ!」
ノアの悲鳴が響く。
扉の奥から、紫の眼光が次々と灯る。
毒蜥蜴の群れが素早い動きで距離を詰めてきた。
無数の足音と咆哮が、押し寄せる濁流のように通路を震わせる。
「わぁぁぁっ、ちょっと待って、数が……!?」
「……くっ、結局こうなるんかい!」
私とノアは刀と剣を構え直し、背中合わせに立つ。
通路を埋め尽くす魔物たちが、波のように迫ってきていた――。
(……相手できないこともない。けど、毒持ちっぽいしこの数を正面から潰すとなると……消耗が大きいな)
そう考えていた矢先、ノアが十字を切り、短く詠唱した。
――「太陽花!」
掌に生まれた光の種が、地中へと沈んでいく。
「ねえさん、前だけ見て走って!」
真剣な顔つきのノアだ。今度は信用できる。
言われた通り、大回廊を駆け抜ける。
その背後で、埋められた種が発芽し、凄まじい速度で茎を伸ばし、蕾をつけていく。
追いすがる毒蜥蜴の群れが回廊中央に差しかかった瞬間――。
光の花が一気に開花した。
――パァァァァァッ!!
昼間の太陽のような閃光が通路を覆い尽くす。
「ギュアアアアアアッ!」
目を灼かれた魔物たちが一斉に悲鳴を上げ、動きを止めた。
「いまのうちにっ!」
視界を奪われた群れは壁や互いにぶつかり合い、混乱の渦を生む。
無数の足音と怒号が響き渡る中――誰一人、私たちを追うことはできなかった。
(……なるほど、“目くらまし”か。やるじゃん、ノア)
どんどん魔法が上達し、応用が利くようになっている。
その成長が誇らしくて、胸の奥が熱くなった。
回廊を抜けた先は、左右に分かれるT字路だった。
右は行き止まり、左は闇の中へと通路が続いている。
「ねえさん、左だ!」
「いや……待って。迷宮地図だと右に通路が伸びている……」
そう言いながら、私は壁に手をやった。
――すっ。
掌が石をすり抜けた。
まるで幻のように、壁の向こう側へ。
「……隠し通路!」
ノアの瞳がきらめく。
隠された通路はモンスターの気配は感じられない。
奥には重厚な扉があり、鍵をかけられるようになっていた。
「とりあえず中へ!……ここなら安全そうだね」
ノアの声に、私も小さく頷いた。
「今はここでやりすごそう」
通路脇の小部屋に駆け込んだ瞬間、空気が一変した。
そこは清らかな雰囲気に包まれた、破邪の空間。
壁や床に刻まれた紋様が淡く光を放ち、漂っていた瘴気すら薄れていく。
澄み切った水が小川のように流れ、岩肌を伝って涼やかな音を立てていた。
「……なにこれ。まるで休憩所じゃない」
肩で息をしながら呟くと、ノアも目を丸くして頷く。
「すごい……この水、飲めるよ!」
私は刀を膝に置き、深く息を吐いた。
ついさっきまで荒れ狂っていた魔物たちの気配は、ここには届いていない。
まるで、この部屋そのものが“聖域”に守られているかのようだった。
静寂に包まれた空間。
やがて魔物の足音が遠ざかり、通路に再び静けさが戻ってくる――。
……確定だね。偶然じゃない。
完全に“意図された休憩ポイント”だ。
思い返せば――モンスターの配置、罠の体験、そして一息つける休憩所。
すべてが“お手本通り”のダンジョン構造になっている。
……やれやれ、賢者様ったら。
どこかのランダムなダンジョンに放り込まれた――なんて見せかけて
実際のところは、授業用の訓練所。
いわば“チュートリアル・ダンジョン”に招待されたってわけか。
ただ――ここにいたモンスターたちは、どうだろう。
あのオークも、スケルトンも、大蜘蛛も……芝居であんな殺気を放てるわけがない。
むしろ、どこからか“本物”を連れてきて配置し、この地に定着させた可能性が高い。
授業といえど、相手は手加減なしの現実の魔物。
「死と隣り合わせ」というあの言葉……つまり“チュートリアル”といえど、命のやり取りは紛れもなく本物ってことか。
あの罠だって、ノアだからこそ対処できた。だけど――一介の冒険者なら、きっともうここにはいないと思う。
胸に残るのは、ノアの成長への誇らしさと……同時に、この先も死と隣り合わせであるという冷たい現実だった。
考えをまとめかけていた、そのとき――。
私のポーチが、不意にふわりと光り出した。
明日は休載です。 火曜日からまた投稿します!
最後まで見ていただきありがとうございます!
【☆】お願いがあります【☆】
ちょっとでも、
「面白いかも?」
「続きをみてもいいかも」
と思っていただけましたら、是非ともブックマークをお願いします!
下の方にある【☆☆☆☆☆】から
ポイントを入れてくださるとさらに嬉しいです!
★の数はもちろん皆さんの自由です!
★5をつけてもらえたら最高の応援となってもっとよいエピソードを作るモチベーションとなります!
是非、ご協力お願いします!