第99話 賢者ギルバートによるモンスター学③ 四大災獣と神鳥アルコン
賢者ギルバートの傍らに浮かぶ一冊の本。革表紙には古びた紋章が刻まれ、その禁書は魔力の光を散らしながら自ら頁をぱらぱらとめくっていた。
だが奇妙なことに。どれほど頁をめくっても、決して「最後」にはたどり着かない。終わりのない物語を読まされているかのように、光の紙片は延々と現れ続けていた。
(あの本……気になる。けど、今はそれよりも――)
私は、確かめるように賢者へ問いかける。
「最も強力な種族って……竜族ですよね? ストラトス先生の授業ではそう習いました」
ギルバートはゆっくりと頷いた。
「種族という枠で見れば、その通りだ。最強と呼ぶにふさわしいのは竜族だろう」
彼はそこで言葉を切り、杖の先を軽く床に打ち鳴らす。コツ、と響いた音だけが空気を震わせる。
「……ただし“個”として見れば別だ。源竜、さらには竜神ゼダにすら届きうる――そんな魔獣の存在が、この星には記録されている」
禁書の頁がひときわ強く光り、宙に四つの影を映し出した。「記録に残る“大災獣”は――四体」その声音が、場を静かに圧していく。
「そのうち三体は伝承や断片的な文献にのみ記されている。誰も見たことはないが……記録の多くは、竜神ゼダに迫る脅威として語られている」
「――四大災獣。それが、今の彼らの呼び名だ。伝説とされているが……中には都市や国すらも滅ぼした痕跡が残るものもある」
ギルバート先生は遠い過去のように告げたけど、禁書から情報を読み取る彼の瞳は、大災獣を直接目の当たりにしているかのような気迫を帯びていた。
◆
禁書から砂が噴き上がり、竜巻となって渦を巻く。そこから現れたのは、山脈のように長大な芋虫の影。
「一体目――都市喰らい ブロムカーン。地中を這い、地震と共に姿を現す巨大な芋虫型の魔獣。その体長は五百メートルを超えたと伝えられている。腐敗した都市を丸ごと呑み込み、跡形もなく消し去った――そう記録に残っている」
影は砂となり、渦に溶けて消えていった。
その説明を聞いた瞬間、ゾゾゾと悪寒が全身を襲った。
芋虫――しかも五百メートル。
(無理だ、絶対に無理!)
想像しただけで卒倒しそうになる。思わずノアと顔を見合わせ、互いに引きつった笑みを浮かべてしまった。
◆
次の影は、金属の軋む音を響かせながら形を結ぶ。歪んだ甲冑のような鋼鉄の巨体。無数の炉心が赤く脈動し、不気味な光を放つ。
「二体目――魔塊巨兵 テルヴオルド。旧魔界の遺物とされる機械兵器。対竜族を想定して造られたが、今はどこかの地中深くで眠っているらしい。詳細は不明……。かつては暴走し、破壊の限りを尽くした存在だ」
ノアが小首をかしげる。「……ストラトス先生のゴーレムに、なんか似てない……?」
私は思わずうなずきかけた。確かに似ている。偶然なのか――。
ギルバートが杖をひと振りすると、光が散り、古き文献が投影される。
「記録によれば、“ダークドワーフ”が開発に関わっていたとある。ストラトスも同じドワーフ。通ずる所があるのかもしれぬな」
(……制御不能の暴走兵器って感じ。ほんと、一生そのまま地下で眠っていてほしい……!)
◆
三つ目の影は、赤黒い光を帯びながら赤熱化した大地から立ち上がる。その背は岩山のように隆起し、中央には灼熱の火口が口を開けていた。
「三体目――灼熱殲滅獣 ボルボトゥス。その背に火口を抱え、動くたびに大地を焼き尽くす災厄獣。存在そのものが“火山”と呼べるだろう。一度目を覚ませば、炎と溶岩の奔流が一国を覆うと伝えられている」
巨獣が咆哮を上げると、火柱の幻影が宙を焦がした。灼熱の風が吹き荒れ、思わず私は腕で顔を覆う。背筋に冷たい汗がつたった。
(ひと国を……焼き尽くす? 歩く噴火山? 逃げようがないじゃない!)
本物の熱波を感じたが如く喉がからからに乾き、気づけば拳を握りしめていた。
でも、今の三体の説明を聞くかぎり、これって“モンスター”というより……。
私は思わず口にしていた。
「……自然災害」
ギルバートがその通りと言わんばかりに大きくうなずいた。
「大災獣は、悪意を持つ竜族や魔族とは異なる。地震や津波、嵐と同じく、星の活動に近い災害とされている」
ノアが少し安心したような、それでいて諦めの混じる声でつぶやく。
「自然の災害なら……しょうがない一面もあるのかな。なら最後の一体も……?」
ギルバートは沈黙し、禁書に視線を落とす。やがて最後の影がひときわ濃く浮かび上がった。
「……いいや、奴だけは違う」
ギルバートが軽く杖を動かすと、ノアの鞄がふわりと浮かび上がった。
次の瞬間、カチャリと留め金が外れ――奥底に大事そうに仕舞われていた“風の竜王フィギュア”が、魔力に引かれるように宙へと飛び出す。
「えっ!? な、なんでそれが!?」
ノアが慌てて手を伸ばすが、間に合わない。
ギルバートが指先で魔力を弾くと、フィギュアは淡い光を帯びはじめた。
やがて眩い閃光が爆ぜ、玩具だった竜の小像が巨大な影を形作っていく。
「――裏切りの源竜王・暴風竜ベルダイン」
名を告げた瞬間、空気がビリリと震えた。他の三体が伝承にすぎなかったのに対し、確かに姿かたちが投影されている。
その全身を覆う鱗は、嵐の空を思わせる蒼灰。
見る角度によって色が移ろい、まるで風そのものが形を取ったかのように、輪郭が定まらない。
翼は四枚。左右二対に広がるそれは雲海を裂き、ひとたび羽ばたけば形あるもの全てを吹き飛ばす。
二本の長いひげが竜巻を引き連れ、空に漂うたび稲光がほとばしった。
王冠を思わせる角がその頭頂にそびえ、そこから奔流のごとき雷と風が絶え間なく散っていく。
深蒼の双眸がぎらりと輝き、轟雷が鳴り響き、雲が千切れ飛んでいった。
“裏切りの源竜王”――その名が形を得た存在こそ、この暴風竜ベルダインに他ならなかった。
ギルバートの声は低く沈む。
「……裏切りの王と呼ばれる所以は、その歩みにある。まず神を裏切り、竜族として世界に牙を剥いた。次に権力に目がくらみ、魔族へと身を投じた。だが魔王にはなれぬと悟るや、今度は魔族すら裏切ったのだ」
禁書の頁の光が激しく揺れ、暴風の影が轟く。
「――そして今もなお、世界そのものを狙い続けている。この瞬間もだ」
(今も……? それってどういう意味――)
その瞬間、ギルバートが神妙な顔つきで目を細めた。
「……空中庭園に、何か良からぬものが入り込んだ」
私たちは同時に「えっ」と声をあげた。
会話が途切れた瞬間――空が裂けた。
轟音。雲を突き破り、紅蓮の巨影が姿を現す。
巨大な赤竜――!
熔けた鉄のように赤く輝く鱗。咆哮とともに空そのものが震え、圧倒的な熱気が押し寄せる。
「グオオオオオオォォォォォ――ッ!」
暴風のような翼撃とともに、赤竜は空中庭園へ迫る。次の瞬間――ドンッ!と大地を揺るがす轟音が響いた。
巨体が魔法障壁に激突し、青白い光が弾け飛ぶ。結界全体が波打つように震え、空間そのものがきしむ。
結界の表面に、蜘蛛の巣のようなひびが、じわじわと広がっていく。
耳を裂く軋みに背筋が凍り、胸の奥で心臓が暴れるのが自分でもわかった。
「ガアアアアアァァァッ!」赤竜はなおも爪と牙を叩きつけ、炎を吐きつけながら障壁を削り裂こうとする。
その迫力に思わず息を呑みながらも、私はノアと視線を交わす。
次の瞬間、二人同時に剣を抜き放ち、構えを取った。
襲いかかる脅威に備え、臨戦態勢へと切り替える。
(でも……! このままじゃ……!)
結界が軋むたびに火花のような光片が舞い散り、今にも砕け散ってしまうのではないかという不安が頭を支配していく。
(もし破られたら……ここも、一瞬で焼き尽くされる!)
でも、こっちには世界最強の賢者ギルバートがいる――そう思って横を見やった。だがギルバートは詠唱をするでも杖を構えるでもなく、ただ雲を見上げているだけだった。
(えええ! ちょっと賢者様ー!? 本気で見物してる場合じゃないでしょ!)
ギルバートはフッと笑みを浮かべた。
「……珍しいじゃないか。取り逃がしたのか? アルコン」
言葉と同時に――雲海が割れた。
白銀の翼が天を覆い、光そのもののごとき巨影が姿を現す。次の刹那、その“神鳥”は赤竜を丸呑みにした。
その時、天を覆う白銀の翼から声が響いた。
「小物すぎて、見失ってしまったのだ」
大気そのものを震わせる声が、しかしどこか飄々と響く。耳をつんざく咆哮も振動も、一息でかき消える。
空にはただ、荘厳な羽ばたきと眩い光だけが残っていた。
私は白銀の翼を見上げ、息を呑む。
「あ、あの神鳥――!」
胸の奥が一瞬で熱くなる。忘れるはずがない。異世界へ転生し門をくぐった瞬間――魂だけの存在で空から落下していた時、雲海の中で確かにすれ違ったあの巨体。
そうだ……あの時の神鳥だ!
まさに、声が一言も出てこなかった。
まさかこんな形で再会するなんて――全く予想していなかった私は、ただ呆然と見上げるしかなかった。
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