第9話 才は戯れを許さない
私が生まれ住むこの村の名前は、ハースベル村。 ギリス公国の山あい、木々の海に抱かれた、人口四百人ほどのちいさな村だ。
村の男達は皆、木を伐り、削り、磨いて暮らしている。朝は、斧の音で始まり 昼には、削られた木の香りが風に混じる。そんな和やかな雰囲気が私のお気に入り。
この村の特産品は、なんといっても木材。 自国のみならず多国からも注文が入るほどで田舎ながらも割といい暮らしができている。
良質な木がよく採れるおかげで、 村には立派な木造建築の家々がずらりと並んでいる。
なかでも――私の祖父、ギャンバスの腕は村一番。 その斧さばきと目利きは本物で、村の誰もが一目置いている。あの歳であの体格は伊達じゃないって訳だ。
そんな“木と生きる村”で育ってきた私だけど――
私がいちばん好きなのは、木じゃなくて……フィンベリーのジャムだ。
あの小さな赤い実で作るジャムは、強めの酸味だけど、ほんのり甘い。酸味と甘みのバランスが、絶妙なんだよね。甘すぎないのがいい。 子どもにはちょっと酸味が強すぎるらしいけど、大人の味覚の私にはちょうどいい。
……まあ、実際のところ、私は“ただの子ども”じゃないし。
この身体に転生して、まだ三年。 けれど私は、世界の仕組みも、自分の“特異な生まれ”も、頭では理解できていた。転生時に前世の知識はあるものの人生の記憶がない。おまけに女神に託された願いも、頭を打ったショックで覚えていたのは最後の言葉だけ。
「世界を頼みましたよーー」
……いや、せめてもう少し具体的に説明して?女神様。 テンプレってことで済まされると、本当に困る。いや、頭ぶつけた私が悪いんだけど。
ともかく私には刀神としての激レア才覚があるので、そろそろ鍛える頃合いだなと思っていた。
そんな折――
「ほら、これをやろう! お前たちの才覚もそろそろ鍛えなきゃな」
エルド(父)が差し出したのは、ラーバ杉で作られた柔らかい木剣だった。剣先も丸められ、ぶつけても怪我をしない工夫がされた、幼児用のおもちゃだ。
(パパ、流石すぎる!……木材にしては弾力があって、ゴムに近い感触。剣っていうより、むしろ軽めの打撃武器って感じかな。しかも……技巧が光ってる。幼児用とは思えない精密な造り。まさに木工師の才覚のなせる業。……って、感心してる場合じゃないや)
「わーい! けんだー!」「たたかいごっこー!」
剣という単語に即座に反応し、私とノアは歓声を上げて庭に飛び出していく。
――けれど、不思議だった。
剣を握った瞬間、全身の感覚が静かに研ぎ澄まされていくのを感じた。
どこをどう動かせば、一番効率よく振れるか。
どんな構えが、一番隙が少ないか。
……体が、知っている。
(この感じ……やっぱり、私は“ただの子ども”じゃない。これが刀神の才覚。という事は剣神の才覚のノアも――)
私はノアに目を向けた。
無邪気に笑って、はしゃいでいる――ように見えたその姿は、気づけば一変していた。
無言で木剣を振るノアの動きは、異様なほどに洗練されている。
踏み込み、体重移動、軽やかなステップ、視線の使い方。
しかもその剣先には、かすかに――剣気のようなものが漂っていた。
(嘘……どう見ても、初めて剣を握った三歳児の動きじゃないよ)
思わず、声をかけた。
「ノア……ちょっと怖いよ。楽しく、一戦だけしない?」
するとノアは、振り向いて答えた。
「ちがうよ! ねぇねが怖いから、僕も怖くなっちゃうんだよ!」
――そのとき私は、ふと気づいた。
ノアの瞳に映る“私”は、すでに剣を構え、
ノアよりも濃い剣気をまとって、無意識に睨みをきかせていたのだった。
(異常なのはノアだけじゃなくて私も――)
庭で洗濯物を干し終えた母、シンシアがこちらに声をかけてきた。
「まあ、お父さんに剣をもらったのね。ふふ、まるで小さな騎士様みたい」
そう呟いたあと、手元の洗濯籠に視線を戻す。
「ちょっとお家に戻るけど、二人で大丈夫?」
私とノアは、慌てて顔を作って元気な返事を返した。
「はーい! だいじょーぶ!」
その声に微笑みながら、シンシアは洗濯籠を両腕で抱え上げ、 静かに家の中へと戻っていった。
「じゃあ、1戦しようかノア」「うん!」
――その扉が閉まった頃。
庭の空気が、静かに、そして確実に変わっていくのだった。
「今日もいい仕事したわい」
仕事から戻ってきたギャンバス(祖父)は、
いつものように斧を肩にかけ、家の裏手をのんびり歩いていた。
──カンッ、カンッ……。
どこかから、乾いた木のぶつかり合う音が聞こえてくる。
最初はゆっくり、等間隔だったその音が――
カン! ガン! キンッ! パンッ!
次第に激しさを増し、鋭く、重たく、連打のように響き始める。
まるで、何かを“撃ち合っている”かのような音。
「……んん?」
眉をひそめながら庭を覗き込んだ、その瞬間。
「な、なんじゃこりゃあああああ!!? エルド! シンシア! 庭に出るんじゃ!」
目を剥き、思わず叫び声をあげた。
ギャンバスの叫びに驚いたエルドとシンシアが、すぐに家の中から飛び出してくる。
「あなた! 止めて!」
シンシアが叫ぶが、エルドは目を見開いたまま言葉を失っていた。
「……この二人を、どうやって止めろってんだ……」
そして二人が目にしたのは――
本気で斬り合う、カナリアとノアの姿があったのだ。
空気が震える。木剣が風を裂き、隣の木の葉すら散らしていた
木剣が空気を裂き、音を置き去りにするほどの速さでぶつかり合う。
私は足を鋭く踏み込み、腰をひねって上段から斬り込む。
ノアはそれを最小限の動きで躱し、逆に膝下を狙って打ち返してくる。
打ち合い、跳ね、躱し、差し込む。
三歳児が出せる動きではない。
明らかに、私たちは“子ども”の可動域を超えている。
筋力すらもう、普通の大人を超えているかもしれない。
これが、“神”を冠する聖印核の才覚――
私たちが持つ「刀神」と「剣神」の力の、加速度的な成長。
(経験値ブーストとか、そういうゲームの話じゃない。この世界の私は異常な速度で成長してる)
でも、そんな理屈よりも――
「うわああっ! たのしいいいっ!」
ノアが笑っていた。目を輝かせて、心から楽しんでいる様子で、木剣を勢いよく振るっている。
その声を聞いた瞬間、私も思わず「その年で戦闘狂か!」とツッコミたくなったが――
「ねぇね、すっごく楽しそうだね!」
その言葉に、私ははっとする。
(……あ、そっか。私、笑ってるんだ)
「しょうがないよ。楽しくてたまらないんだもん!」
口角が上がっている。頬が少し熱い。
無意識に、心の底から、この斬り合いを楽しんでいた。
「ほぉお……!?」「うっそだろ?まだ三歳だぞあの二人!」
たまたま通りかかった村人の声が、思わず素で漏れる。
気づけば3人、4人と足を止め、いつの間にか小さな観客ができていた。
「リアちゃん! いけー!」「ノア! 俺は大根三本賭けてんだ、負けるなよ!」
(やばっ……見られてる!)
ちらりと横目で見ると、村の広場がちょっとしたお祭りみたいな雰囲気になっていた。 子どもからお年寄りまで、目を輝かせて私たちの“たたかいごっこ”を見ている。
(でも……もう止まれない)
手を抜くなんてできない。だって、これはごっこ遊びなんかじゃない。
剣を握った瞬間から、心も体も、私はずっと“本気”だったんだ。
(ノア、ごめん。でも私――)
木剣を握り直し、私は重心を前に移す。
(負けるの、嫌いなんだ。だから……勝たせてもらうねっ!)
私は一瞬だけ剣先を揺らし、わざと隙を見せた。ノアはそれを見逃さず、勢いよく踏み込んでくる。
(……乗ってきた!)
狙い通り。私は下から踏み込みながら、木剣の柄の底をノアの手首めがけて打ち込んだ。
「うっ……!」
苦痛に顔をしかめるノア。瞬間、木剣を持つ手が上に浮く。――そこが、最大の隙。
私はさらに半歩踏み込み、くるりと身体を回転させて勢いを乗せ、
ノアの肩口へと、真横から叩き込むように一撃を決めた。
ピシィッ!
乾いた音が響く。
「いたぁああああいっ!!」
ノアがその場に座り込み、私は着地の勢いで軽く跳ねる。
(……そうそう、これこれ。この型、私、得意だった――)
……型?
言葉の余韻に、頭のどこかが引っかかった。
でも、考えるより先に、観客たちの歓声が沸き上がる。
「一本っ!」「やるなリアちゃん!」
木剣を落としたノアは、涙目で叫ぶ。
「ねぇねがいじめたー! うわああああん!」
その声に観客たちは、笑い声と拍手を混ぜながらどよめいた。
ちらりとギャラリーの視線を感じて、私は慌てて“切り替える”。
(落ち着け私……色々気になるけど今は、三歳児らしく振る舞わなきゃ……!)
私は背筋をしゃんと伸ばし、仁王立ちでドヤ顔を決める。
木剣を肩に担いで、高らかに言い放った。
「やったー! リアのかちー! これが、しゅぎょーのさなのだよ!」
その姿に、家族は盛大に額を押さえた。
エルド「やっと止まったか……お前らやりすぎだぞ。それにリア、今日は修行一日目だぞ……」
ギャンバス「突っ込むところそこじゃなかろう……」
シンシア「ノア、こっちにいらっしゃい。お薬塗ってあげるからね」
なんとか誤魔化せたようだ。
(記憶にはない。でも――体が、動きを覚えてた)
これは刀神の才覚の力……だけじゃない。もっと深いところ、私の中に根づいているもの。
思い出せないけど、確かに“知っていた”感覚。
(掴みきれない。でも……知りたい)
私は木剣を見つめ、そっと握り直す。
(わからないなら、確かめればいい。――私は、剣を続ける)
そうすることが、一番の近道な気がしたから。
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