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09 お針子修行

「おい。大丈夫か……?」


 不意に胸を押さえていた私を見て、体調でも悪くしたと思ったのか、ウィリアムは近付いて来た。


 そんな彼を見て私はここで自分がすべき事を思い出したので、手を彼に向けて動かないように制した。


「ああ。そういえば、ちょうど良かったですわ。ウィリアム様。私も貴方にして欲しいことがあって……これは、時間的に急務です」


「……何をすれば良いんだ?」


「そこで服を脱いで、真っ直ぐに立っていてもらえますか?」


「はあぁ? ……お前はたまに、突拍子もないことを、いきなり言い出すな。まあ、良い。これで良いのか」


 毛玉を取らせてくださいと言った事件を思い出したのか、顔を顰めながらウィリアムは着ていたシャツを脱いで下着姿になると、私のお願い通り真っ直ぐな姿勢でその場に立った。


「そのまま、動かないでください」


 私は近くにあった紙とペンを机に置き、ポケットの中から、最近ようやく使い慣れてきた巻き尺を取りだした。


 ウィリアムは本当に素直な良い子なので、私の指示に従って、手首や腕にテープを巻き付けられても、何も言わないでいた。


 ……こんな場所に長年幽閉されているから、筋肉もあまりないだろうと勝手に思って居たけれど、ウィリアムの身体はがっしりとしていて筋肉質だった。


 あまり動かないはずの王子様だというのに、その意外性にときめいてしまう。


 もちろん小説の中のヒーローの体型がひょろながもやしだと決まらないので、そういう意味でのヒーロー補正もあるだろうけれど……あまり運動をしなくても筋肉がほどよく付き、努力しなくても維持したまま筋力が落ちない人も居るらしいので、ウィリアムもチートがかったそういう男性なのかもしれない。


 あら。手首も細いと思っていたけれど、かなり太いわね……骨太だわ。


「いや……お前。いくらなんでも、やり過ぎだ。一体……これは、何をしているんだ?」


 流れで下の服まで脱がされそうになって、ようやく抵抗感を示したウィリアムは、私の手を押さえていた。


「採寸ですわ。ウィリアム様だって、たまになさるでしょう」


 既製品のように大衆向けの服ではなく、すべてをその顧客のために縫製する特注品(オーダーメイド)は、ぴっちりと身体に沿うように仕立てていく。


 よって、顧客が不必要だと思えるまで細部にまで渡る採寸が、必要とされているのだ。


「いやいや。俺がたまにしているということは、その数値が、どこかに存在しているということだろう。お前がここで再度計測する必要がどこにある」


 確かにウィリアムのサイズについては、王室のお針子の元に行けば知ることが出来るだろう。


「けれど、ウィリアム様。少しでもサイズが違ってしまえば、大変なことになってしまいます」


「……あとひと月で、何がどう間違えば、サイズが大きく違えることになるんだ。とにかく、下は勘弁してくれ。どうしてもというのなら、お前以外が採寸するようにしてくれ」


「あの……私は気にしませんけど」


「俺が!! 気にするんだ!! ……わかれよ!!」


 口を押さえて顔を赤くしたウィリアムに、私は気にならないと言えば、彼は慌てて叫ぶように言った。


「仕方ありません。仮縫いの時には、ちゃんと身体に沿って、調整させてもらいますからね」


 私はふうっと息を吐いた。仮縫いの時に合わせるならば、二回ほどした方が良いかもしれない。


「何を仕方なさそうに、ため息をついて。訳も聞かずに、上半身だけでも測らせてやったんだぞ……」


 いかにも面白くなさそうなウィリアムは置いていたシャツを羽織ると、椅子に座った。採寸は経験のある人にしかおそらくは理解は出来ないけれど、なかなかに体力を使う作業なのだ。


「あら。これは、言ってませんでしたね……ウィリアム様が王太子としての誓いを行う、立太子の儀式の、儀礼服を作るのですわ」


「……どういうことだ? 王室専属のお針子がそれは、作成するはずだろう?」


「いえいえ。ウィリアム様は何も心配することはありません……そう言ってあったでしょう?」


 引き裂かれる運命にある儀礼服の代わりを、私は用意することにしていた。


 密かに動くダスレイン大臣の手の者の犯行を完全に止めることは、使える人を限られている私には難しい。ならば、儀礼服は引き裂かれたと見せかけて、もう一着用意すれば良い。


 彼らは自分たちの企みが上手くいったと思えば、こちらにその対策があるなんて思わずにすっかり油断してしまうだろう。


「まあ、お前がやりたいようにしてくれ……」


 ウィリアムは私がサイズを書いた書き付けを整理しているのを見てから、ふてくされたように本を開いてソファへと寝っ転がった。



◇◆◇



「……モニカさんが入ってから、本当に助かっているよ。仕事の覚えも早いし、段取りも良いねえ。うちも初めての支店を作って、モニカさんに暖簾分けでも考えようかねえ」


 王都でも有名なメゾンキャローヒルのマダムは、彼女の職務上とても褒め上手で、入ったばかりの新人をその気にさせることなどお手の物らしい。


「まあ、そう言っていただけて、本当に嬉しいですわ。ですが、私にはまだまだ技術や経験が足りません。良き先輩方のおかげで、こうしてお仕事させていただいておりますもの。これからも技術向上に向けて頑張りますわ」


 ふふふと二人で笑い合って、私は手に持っていた書き付けをしまった。


 仕事を覚える上でメモは大事だ。一度聞いたことは完全に覚えられてしまう記憶力抜群の人はさておき、どんな仕事でも、何もかもすべて最初から上手く出来る人など存在しない。


 失敗はしても良い。けれど、再度起こらないよう自分なりのやり方に落とし込むために、仕事中の覚え書きは必須だった。


 私は記憶を取り戻してから、ウィリアムの悲劇回避に向けて、王都にある有名なメゾンでお針子見習いとして働いていた。


 それは何故かというと、離宮に居るウィリアムには、婚約者である私一人しか近づけない。そういうことになっている。


 つまり、儀礼服の二着目を作成するならば、私自身が採寸や仮縫い(フィッティング)の技術を身につける必要があった。


 モニカは優雅に暮らす貴族令嬢なので、暇を持て余している。その時間を有効活用し平民と身分を偽り、メゾンでお針子として働くことに成功していた。


 ……そろそろ、マダムにもこういった事情を明かし、協力を仰ぐ必要があった。ここ二月ほど彼女の仕事ぶりを見ていたけれど、職人として秘密を守れ、信頼出来ると踏んだ。


 立太子の儀式のための儀礼服など、これで何にしようするかと問われれば、それにしか使用するしかないほどに豪華である必要があるのだから。


 しかし、これを必要であると明かすには、互いに信頼出来る関係性が出来てからでないと難しいと考えていたため、偶然選んだ勤め先のマダムである彼女が、信頼に足る人物で良かった。


 さて、ウィリアムの立太子の儀式へ向けて……これで、準備は十分なようね。

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