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04 姉の心配

「モニカ。あの子は……今日は、何をしていたの?」


 王女の身分に相応しく豪華なドレスに身を包んだ美しいエレイン様は、彼女の取り巻きである私の隣を通り抜けようとしたその時に、さりげなく質問をした。


「つつがなく、過ごされております……体調なども良く食事も三食、きちんと食べられております。エレイン様」


 以前までの悪役令嬢モニカは、こういった時に嬉々として、今日はどれだけ酷い言葉を使って彼を虐めたとエレイン様に報告をしていた。


 そうすれば、彼女に喜んで貰えると思い込んでいたからだ……本当に、大きな勘違いだった訳だけれど。


「……そう」


 取り巻きの一人である私へ耳打ちをした後で、感情のない返事をし立ち去る、素っ気ない態度の第一王女エレイン様。


 けれど、小説を読んでいる私は知っているのだ……今のままでは何も出来ない彼女が、幽閉されている弟ウィリアムを、心から心配しているのを。


 私は記憶を取り戻してからというもの、彼へ暴言を吐くだけのために、たまにしか行かなかったウィリアムの宮へと日参するようになった。


 今日も今日とて彼の元へ向かえば、ウィリアムは私がスカートの裾に隠して何冊も持ち込んだ本を、お気に入りのソファへと腰掛けて読んでいた。


 こうして実在の人物として目の当たりにするとわかりやすいけれど、ウィリアムは非常に頭が良い。


 彼の抱える事情も事情なので教育はほとんど受けられていないはずなのに、私が軽く基本を教えれば、易々と応用まで幾通りか思いついてしまう。


 頭が良すぎる上に、記憶力だって、良すぎている。教えているはずの私の覚え間違いや記憶違いを、あの時はこう言っていたと指摘されることだってある。


 この短期間に、貴族学院を卒業出来るほどの学力は身につけてしまっていた。流石は、小説の中でのヒーローというものである。


 主人公チートとは、かくあるものかと思ったり。


「お前。姉上には……この状況を、どう説明するんだよ。大丈夫なのか」


 これまでウィリアムに対し散々『この私には、エレイン様が後ろ盾に付いている』とモニカが毒づいていたせいか、エレインの意向に逆らったように見える私の立場を心配してくれているようだ。


 なんて、優しいの。


 そんな酷いことをした張本人であるモニカの身体で思い出してしまうのも悲しいけれど、名前付きでSNSで書き込めば即時開示請求が裁判所を通るような暴言を、いくつも目の前で吐かれていたというのに。


 ウィリアムは、人としての器が大きいのよ……誰にだって、出来ることではないわ。


「良いんです。エレイン様は、弟のウィリアム様をいつも心配しているので……実は私がここに来ていたのも、お姉様からの意向ですよ。意地悪されるとはわかっていても、貴方が何か困っていないか、ご飯は食べているか……どうしているのかを、少しでも知りたかったのです」


 これは小説の後半で明かされる事実なのだけど、姉エレインは政治的な問題で幽閉されてしまった腹違いの弟を心配して、それとなく便宜を図っていたのだ。


 使用人の中にも、彼女の息の掛かった者も居る。けれど、他の人の手前、私のようにウィリアムとは話せないけれど、何か困ったことがあれば、さりげなく助けているはずだ。


 ……けれど、悪役令嬢だったモニカは、エレインの本当の意図など知るよしもなかった。


 エレインは意地悪い性格で短絡的な思考をする弟の婚約者モニカを、信用ならないと疑い、それでもモニカを使って弟のために何が出来るかと試行錯誤していたのだ。


 ウィリアムがそんな優しい姉の思いを知ったその時には、エレインは暗殺されて故人になっている。彼は『お礼も言えなかった』と、悲しみに打ちひしがれ涙を流すしかなかった。


 もちろん。私のここ最近の頑張りから身ぎれいになって、すっかり可愛くなったウィリアムに、そんな重い悲しみを与える訳にはいかないので、エレインの死については私が事前に回避しておこうと思っている。


 ……というか、ウィリアムに関する悲劇はすべて。


「はっ……姉上が……? そのようなことがあるはずがないだろう。俺は嫌われている……姉上の立場を思えば、それは無理もない話だ。あの人を恨んではいない」


 まさか。ウィリアムを嫌っているなんて、そんな訳がない。エレインも可哀想なウィリアムになんとか優しくしてあげたかったけど、彼も知っての通り彼女の状況がそれを許さなかった。


「いいえ。あの方にも……母上王妃様と弟君ジョセフ様への建前があるのです。ですから、私がここに頻繁に来ていても、エレイン様より何も言われていません……私が好意的に接するようになってから、ウィリアム様の様子を尋ねられることだってあります。どうでも良い弟に対し、そのようなことをするでしょうか」


「……姉上は俺を本当に、嫌っていないのか?」


 ついこの前には真っ黒でハイライトも見えなかったウィリアムの瞳には、その時には純粋な驚きの光があった。


「あの方が嫌ったりするはずがありません。ウィリアム様の待遇が少しでも改善されるようにと、動いてくれています。エレイン様はいつもウィリアム様を心配されていますよ」


「……そうか」


 考え込んでしまったウィリアムも、今では憂い顔が減って拗ねたり笑ったり怒ったりと、表情がくるくると変わる。年齢相応の男の子に戻った彼を見ていると、私だって嬉しくなる。


 必要ない不幸にならなくて良いのなら、ならないで良いと思う。


 けど、不幸な王子様ウィリアムを物語開始前に幸せにするという、私の役目は……そろそろ、終わりに近いのかもしれない。


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