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34 君と見る夕焼け

「まあ……君が良いのなら、俺もそれで良いんだが」


 その時、ウィリアムは時間が気になったのか、不意に壁掛け時計を見た。


 私も彼につられて時計を見れば、今は夕方五時頃。


 季節的に、もうすぐ暗くなって来そうな頃合いだ。


 だとしたら、私は誘拐されて、丸一日留守にしていたことになる。


 あの時、衛兵と共に来てくれたラザルス伯爵家の護衛騎士たちとも会ったけれど、彼らは私を探して徹夜でそれこそ駆けずり回ってくれていたみたいだ。


 不用意に倉庫に入り込んでしまったのは、完全に私の失態なのに、無事な姿を見て、皆は男泣きしてしまっていた。


 ラザルス伯爵家に仕える彼らは忠誠心が高く、だからこそ、悪役令嬢モニカは色々とウィリアムやキャンディスに嫌がらせ仕掛けることが出来た。


 つまり、モニカ・ラザルスは持って生まれた最悪な性格を除けば、本当に恵まれている完璧な伯爵令嬢なのだ。


 いくらウィリアムが不遇の王太子で未来に廃位させられると決まっていても、適当な貴族令嬢を宛てがう訳にもいかなかったのだろう。


「なあ。モニカ……この後に何かあるか?」


 ウィリアムからそんなことを質問されて、私は驚いた。


 私がここへと寄ったのは、彼が『離宮で待っている』と言ったからで、本来ならば、すぐに家長のお父様にお会いするべきだろう。


 けれど、ウィリアムが私に対し、そんな事を聞いたのは……初めてのことだった。


「え? いえ。家族には、無事だと連絡をしなければなりませんが」


「無事に見つかって怪我もないという連絡なら、俺の方で済ませている……少し時間を貰えないか。俺について来てくれ」


 こんなことをウィリアムから改まって、持ちかけられるなんて……一体、何事なの?


「あ……はい。もちろんですわ」


 何があるのだろうと戸惑いつつも、私はさっと立ち上がった彼に続いて立ち上がった。


 歩き出したウィリアムは居間から出れば、離宮の廊下をゆっくりと歩いた。


 ここは王族が主に使用している豪華な離宮なので何部屋も用意されているけれど、ウィリアムが主に使用するのは、寝室と居間の二部屋しかない。


 私だってその二部屋以外に居たところを見た機会は、あまりなかった。


 ……いえ。


 ウィリアムは敵だらけの中で、自分を少しでも守るために、そこから動かなかったのかもしれない。


 だから、こうして普通に廊下を歩いている背中を見て、なんだか私は感動していた。


 ウィリアムはもう……どこにも逃げ場なく、閉じ込められた王子様ではないわ。


「……あの後、良く考えたんだ」


 先を歩いていたウィリアムは前を向いたまま話し始め、私は何のことかと不思議になった。


「はい? あの後、ですか?」


 ……いつのことなのだろうか。


 何のことかわからないままの私を振り返り、ウィリアムは眩しそうに目を細めた。


「……以前に、俺は聞いたことがあっただろう。モニカに……どうしようもない難事を目の前にしたら、君ならばどうする、と」


「ああ……はい。そうでしたね」


 そういえば、以前にそんなこともあったと、思い出した私は頷いた。


 エレイン様からウィリアムに怪我をさせてしまったと、お叱りがあった後のことだろうか。


 彼は私を心配して、そう……慰めてくれてから、そういう話の流れになったように思う。


「あれは……ここへ幽閉された俺の事だった。俺は母上が亡くなった後、ここに閉じ込められて、誰からの助力も願えずに、ただ暗く悲しい気持ちで鬱屈した日々を過ごしていた。幼いながらも、逃げようとしたことはあった……だが、全ては徒労に終わった……それで、諦めてしまったんだ」


「それは……その、ウィリアム様の状況であれば、仕方ないことかと……」


 私は冷や汗をかきながら、そう言った。


 ウィリアムがもし、それを私に聞きたかったとしたならば、とても能天気な回答をしてしまったことになる。


 あれは、ウィリアム自身の問題を示唆していたのね……無神経なことを言ってしまったかもしれない。


 ウィリアムにはほとんどの人が持っていて、一番に大事な自由がなかった。行く場所も会う人も限られていて、どうすることも出来なかった。


 誰からも助けを得ることは、出来なかったというのに。


「いいや。誰しも状況は違う……良い状況を先に選ぶことは出来ない。そして、俺は無力だった。だが、それで諦めてしまえば、何も出来ないままで終わってしまう。モニカの言う通り、暗く考えたところで良くなることはない」


「……それは」


「ならば、少しでも明るく居た方が上手くいくだろうと言った、君の言う通りだった……俺は間違えていたんだ。そう思った」


「ウィリアム様……」


 私は胸の前で祈るように手を組み、いたたまれない気持ちになった。


 この状況はウィリアム自身が、何か出来るような話でもなかった。彼は幼くして、こんな場所に閉じ込められたのだから。


 ……もし、私が彼の立場だったなら、どうだろうか。


 こんなにも強く居られただろうか。たった一人で……閉じ込められて。


「ああ……いやいや、勘違いするな。別に俺は自分の人生を呪っている訳ではない。俺はここでこうして生まれ、王太子として育って良かったと思う。モニカと婚約出来たからな」



「……え?」


 ウィリアムは私を離宮にある庭園にまで導き、そこに用意されていた物を手に取った。


 赤い夕焼けは彼の背後にあり、私からは逆光だった。ウィリアムは黒い影になって、何を持っているか見えない。


 あら。なにかしら……? なんだか、すごく見覚えのある光景。


 ……ああ。


 私の大好きな『君と見る夕焼け』にも、こんなシーンがあった。


 ヒーローウィリアムが……ヒロインキャンディスに、好きだと告白するシーンだ。

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