25 思わぬ出会い
そして、オブライエン一家と交わした約束の一週間後、私たちは、また王都の地下街へと向かっていた。
ウィリアムには前回のようなことがあってはいけないので、残っていて欲しいと伝えていても『絶対に行く』と言い張るので、私が根負けしてしまった。
それに、今回は……彼らが脅しの意味でナイフを投げるような事態には、ならないだろうと思うし。
今日こそは、冷静な話し合いになるはずよ。
「……いよいよだな。彼らはどう言って来るだろうか……?」
いつものように地下街に入り込み、扉を閉めた時、私がどう思うか気になっていたらしいウィリアムは言った。
最近、私も少々手習いに行っていて、彼と過ごす時間が少なかったのだ。
「おそらくですが、オブライエン一家は、暗殺者としての仕事はしていないと思います」
「……どうしてそう思う?」
これまでの流れの中で、私は推理していた。
「私たちが日々オブライエン一家のアジトへ通い詰めていた時も、一言だとしても、何らかの答えが返って来ていましたね。つまり、彼らはその間、誰かがアジトに居たということです。それに、最近オブライエン一家が仕事をしたという話も聞きませんし……」
有名な暗殺一家であるオブライエン一家が動けば、それなりに噂になる。
けれど、そういえば、彼らの名前を聞くことはこのところなかった。
「確かに、返事は返って来ていた。ずっと留守ではなかったな。それに、仕事をしているような、忙しない様子でもなかった……」
ウィリアムは歩きながら、うんうんと頷き納得していた。
「ええ。ですから、私たちに関する噂を知って、過去は勘違いだったと思ってくれていれば、あるいは……」
悪役令嬢モニカ・ラザルスは不遇にあるだけの婚約者、ウィリアムを徹底的に虐めるという性格の悪さだったので、彼女の仕出かした悪事があれだけという訳ではない。
未来の王太子妃という立場を使ってやりたい放題していた時期があったようだ……出来れば、汚名を返上したい。
だって、それって、私のことなのよ。
そして、湿っぽい地下道を辿り私たちは、オブライエン一家が住まうとされる観音開きの扉の前に立った。
「お約束をしていた……モニカ・ラザルスです。いらっしゃいますでしょうか」
金属の良い音を立ててコンコンと扉を叩けば、両開きの扉はあっけないほどにスッと開いた。
そこに居たのは、驚くほどにどこでも居そうな普通な夫婦らしい中年の男女。そして、背の高い若い男性が二人。それに、可愛らしい女の子だった。
あら。あの男性……もしかして。
「確認した。性格の悪い伯爵令嬢モニカ・ラザルスはこのところすっかり改心し、エレイン殿下とも協力して王太子ウィリアム殿下側に付いたとか……依頼内容を聞こう」
モニカは、性格……とても悪かったわね。
けれど、そこまで噂になってしまうほどだったのね。悪役令嬢なのだから仕方ないと思いつつ、自分のことだから口元が引き攣ってしまうわ。
実は国民たちは生まれる順番の問題で、幽閉されてしまうという王太子ウィリアムを可哀想に思って居た人たちが多かった。
だからこそ、小説の中でもウィリアムとキャンディスは、必要な助力を得やすかったと言える。
「ええ。今回の依頼内容としては、護衛をお願いしたいのです。こちらの王太子ウィリアム様、それに、姉上であるエレイン様です……お二人には、暗殺の危険があります」
無言の間があり、どうするべきかと悩んでいるようだった。
王族の暗殺への護衛など、関わりたくもないと思って居るのかもしれない。
「……我らに、護衛の真似事をしろと?」
「あのね。私たちの稼業を、知らないわけではないだろうね?」
やはり、代々暗殺を稼業にしていたと言うプライドがそうさせるのか、護衛の仕事に対し、あまり良く思ってはいないらしい。
さて……ここからの説得は、どうしようかしら。話は聞いてくれそうなのだけれど……。
全員無言になり、緊迫した空気に包まれた、その時。
――――『くううう』という可愛らしい音が、その場に鳴り響いた。
「もうやだ……おなか、すいた。パンケーキたべたい」
うるうると目に涙を溜めたツインテールの可愛らしい女の子がそうこぼして、夫婦ははああっと大きなため息をついた。
「キッテン。悪かった……いいや、今日も問題のない依頼ならば、受けようと思っていたのに……」
「そうだよ。あんた。食うに困るなんて、本末転倒だ。もう仕事を選ぶのは、止めよう……」
えっと……どういう事なのかしら。
さっぱり訳がわからないのだけど?
私は隣に居るウィリアムと目配せをしながら、どうするべきかと戸惑った。
「そうだよ。仕事を選びすぎて金に困る暗殺者なんて、俺らくらいだよ。王族の護衛、良いじゃん。それに、生まれる順番を間違えて、幽閉されて可哀想だと噂の王太子様の味方になれるなら、俺はその方が良いと思う」
「フランツ……」
わ。
若い男二人、その片方……やっぱり、小説の中ではウィリアムの片腕として活躍する、フランツだったんだ!
短く刈られた茶色の髪に、特筆すべきは頰にある刃傷。それに、フランツは主要キャラの一人であったので、やけに顔は凜々しくて長身で見栄えのする男性だった。
そうなのね……元々、フランツはオブライエン一家の一人だったの?
単なる盗賊にしては、やけに戦闘能力が高過ぎると思っていたけれど、それならば理解出来るわ。
私がまだ読めていないフランツの個別ストーリーには、そういったエピソードの記載があったのかもしれない。
すっごく読みたかったわ……有能な元盗賊フランツは、私の推しキャラでもあったもの。
……それに、オブライエン一家が仕事を選び過ぎて、今では金銭的に困窮しているですって。
そんな……もしかして。
これだわ……!
これよ。
だから、私たちの依頼はずっと断っていたけれど、ダスレイン大臣が小説の中で頼んでいた未来の依頼は受けざるをえなくて受けたんだわ!
そんな細々とした設定、小説の本編でも省略されたのか見なかったけれど、そう言う事ならば、色々と納得することが出来る。
元々は仕事を選べる凄腕の職人だって、金銭的に追い詰められ食うに困るほどになれば、そうは言っていられない。
選びに選んで困窮して、最終的に最悪な依頼人にかち合ってしまうなんて……本当に不幸でしかないわ。
「……王太子ウィリアム殿下。そちらの依頼内容はお聞きしました。俺たちの事情をお話しします。どうぞ、お入りください」
フランツはそう言って、私たちを扉の中へ招き入れるようにして手を動かし、腰を折って頭を下げた。