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02 毛玉

「ごめんなさい……本当にごめんなさい」


 私はぽたぽたと音をさせて、灰色の石床に涙を落として泣いた。


 今までの自分が、何の罪もないウィリアムにしてきたとんでもないことが、モニカとしての記憶の中から続々と思い出されたからだ。


 ……ウィリアムは、ただ早く産まれただけで、彼は何も悪くないのに。いいえ。姉エレインがもし、王子として生まれていれば、こんなにも迫害されることはなかった。


 それもこれも、今ではもう、どうしようもないことなのに。


「はっ? 何、泣いているんだ……?」


 彼はいつもいつも自分に対し、嫌なことしか言わないモニカのことが、大嫌いだったはずだ。唯一会話出来る人物だったとしても、早く居なくなれば良いと憎んでいるはずだ。


 けれど、紳士な彼は眉を寄せながらも、女性が泣いているというのに何もしない訳にはいかないと思ったのもしれない。


 ポケットにあった、アイロンが当てられていない、しわしわのハンカチを渡してくれた。ウィリアムは王族、しかも王太子なのよ! ……本当に、ここの使用人は何をしているの。


 それに、こんな不幸な境遇に居ても、なんて優しいの。ウィリアムったら……いじめっ子が泣いていると見たらハンカチを渡してくれるなんて。


 自分の方が絶対に、泣きたくて辛いはずなのに。


「ごめんなさいごめんなさい。ごめんなさい……」


 ぽろぽろと涙をこぼし、しくしくと泣き続ける私モニカを見て、ウィリアムはどうすれば良いのかと戸惑っている。


 ついさっきまで、わかりやすいくらいに憎々しい悪役令嬢だったモニカが、急に乱心してしまったと考えているのかもしれない。


 そんな彼のこれからを、熱烈な読者として私は良く知っている。会う人全てに蔑まれ、誰にも何も期待しない寂しい男性になってしまうウィリアムは、常に愛に飢えていたことを知っている。


 ヒロインキャンディスが救い出すまで、物心ついてからずっと苦しんできたのだ。


「……おい。なんだよ。いきなり……どうかしたのか」


 これはもしや何かを企んでいるのではないかと、不審そうな視線を向けられても、そう思うのもおかしくないわよねと納得し、私は涙を流しながらうんうんと頷くばかりである。


 だって、モニカはこれまでずっと、ウィリアムを虐めて来た。


 こうして彼を油断させたところに、また酷い言葉を投げつけられてしまうのではないかと、警戒していても無理はない。


 悲しい。もちろん、私がしたことではないけれど、それがどれだけ酷いことだか、この私には理解出来てしまうから。


「……あの! ウィリアム様、お願いがあるんです!」


 泣いていた私がいきなり放った言葉に、驚きを隠せないウィリアムは眉を寄せ一歩引いた。


「なっ……なんだよ。内容によるっ……」


 今までひどいことしてきたいじめっ子の私のお願いを、内容によっては聞いてくれるんだ……え。待って。性格が良い子過ぎない? いえいえ。元々ウィリアムは優しくて寛大で、完璧なヒーローだと言えてしまう人だけど。


 ううん。そんな場合でもないわ。これって、私にとっては、とっても重要なことだもの。


「頭の毛玉、取らせてください!」


――――私たち二人の間にはその時、長い沈黙が流れた。


 ウィリアムは私の言葉の意味を、まだ完全に理解出来ていないようで、ポカンとした表情のままで固まっていた。もしかしたら、思わぬ言葉過ぎて、思考回路がショートしてしまっているのかもしれない。


 どうしてもそれをしたくて頷いて欲しくて堪らない私の方はというと、ウィリアムがこれからどんな反応をするのかという強い緊張で、思わずこくりと喉を鳴らしてしまった。


「……はああぁぁぁぁああ?」


 大きく息を吐き出すようにして、ウィリアムは口から妙な声を出した。


 自分に対して嫌なことしかしなかったモニカが、善意に聞こえる言葉を言い出すなんて、信じられないと驚いているのだろう。


 けれど、私もここで譲ってしまう訳にはいかなかった。


「どうかお願いします! そんなにも完璧な容姿を持っているのに、頭に毛玉があるなんて、信じられません! どうして、鋏で切らないんですか?」


「かっ……完璧? 頭でも打ったのか。今まで散々醜い姿だと罵倒していた癖に。どうしたんだお前……刃物のようなものは、俺の宮には置かれない……それはお前とて、知っているだろう」


 ……そうだ。ウィリアムは王位継承権上の理由から、この宮に幽閉されていても王太子として生かされている。


 現王とて今の妻の手前とは言え、自分の息子に対し酷いことをしている自覚はあるのだろう。こんな状況の中でも、自殺することを出来なくしているのだ。


「あ。その設定……鋏にも適応されているんですね。不便ですわ。わかりました! それでは、私が鋏を持ってきますので、少々お待ちください!」


 そして、ウィリアムの住む離宮を出て取り急ぎ鋏を持って戻って来た私は、たっぷりと布が使われたドレスのスカート部分に隠し、ツンと澄ましたモニカらしい態度で通り抜ければ、ただ居るだけが仕事になっている門番はいつも通りに見ているだけで何も言わなかった。


 まさか、悪役令嬢モニカの中身が入れ替わったことなんて、わからないわよね。


 この離宮へ本来なら禁じられている鋏を持ち込むという、やましいことをしている自覚はあるので、私はドキドキしていた。


 王太子ウィリアムは彼の住む離宮から出られないように、彼らに見張られているのだ。


 そして、使用人はウィリアムの目に触れぬように動き、彼に話しかけられても、決して話すなと厳命されている。目が死んでいるあの門番だって、例外ではない。


 たった一人のつらい孤独の中で、彼の人生を真っ暗な不幸に染めてしまうために。



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