15 命は大事
「……そうだな。しかも、本人がただの遊び気分で犯罪など起こす気もなく、罰せられた死因がこれでは、あまりに間抜け過ぎる。俺たちも助けられるなら、助けてやるべきだろうな」
大きくため息をついたウィリアムは、キャンディスを救うために、知恵を貸してくれるつもりらしい。
私も安心をしてほっと息をついた。
幽閉されていると言えど、ウィリアムは王族。しかも、王太子だ。彼の意見は虐げられていようが、それなりの力を持っている。
私は伯爵令嬢で貴族とは言え、王族には逆らえない。それは、シュレジエン王国の国民……全員にも、言えることだけれど。
「……そうだな。俺たちは将来結婚する、婚約者同士なんだ。夜にモニカがここへ忍んで来る前に、キャンディスが先んじて、ここに来ようとしていたとでも、言えば良いではないか」
ウィリアムは冷静にそう言い、私は彼の言葉の意味を理解するために。少し時間が掛かった。
……婚約者同士だから、夜に会いに? どうして?
「……私が、ウィリアム様の宮に……夜にですか? 何故?」
「おい。お前。愛し合う男女が夜に何をするか、俺に説明させるつもりか? 恋仲で一時も離れたくなかったからと言えば良い。そうすれば、モニカからの我が儘を聞いて、先に行かされた事になるキャンディスにだって温情はあるだろう」
……ああ! そういう事ね。
私たち二人は大人の関係になっているから、夜にも会いたくなっていたということよね。
「恋仲! そうですわね。確かにそう言えば、私も私に着いて来たはずのキャンディスさんも、夜にこの離宮に出入りしても、問題はありません!」
なんたって、ウィリアムと私は将来結婚する婚約者だ。厳密に言えば本当は駄目だけれど、そういう関係になっていても、どうせそうなるのだし別に問題はない。
それに、王太子ウィリアムの意向で……という、免罪符があれば完璧だった。
私は彼に呼ばれていて、その前にキャンディスさんが、先に離宮に行こうとした……そうだったことにすれば、彼女の命を救える。
……希望が見えたわ!
この言い分に、無理があると言えば無理はある。どうして私がキャンディス一人置いて、先に帰ってしまったのかなど。
けれど、ウィリアムと私が口を合わせて『そうだ』と言えば、それは真実になる。
「ああ……モニカは、それで良いのか?」
この案でキャンディスの命を救う件はどうにかなりそうだと、ほっと胸をなで下ろして安心した私に、まるで確認するかのようにウィリアムは聞いた。
「ええ。大丈夫ですわ。キャンディスさんの命を救うためなのですから、ここは深く考えている時間はありません。ウィリアム様の案で、いきましょう!」
「良いんだ……」
「もちろんです!」
そうと決まれば、ここでぐずぐずしているような余裕はない。私はウィリアムの部屋を出て行こうとすると、座っていた彼は慌てて立ち上がっていた。
「おい!」
「はい?」
私を慌てて呼び止めた癖に、ウィリアムは我に返ったように、無言になっていた。
まだ、何か……私に言いたいことがあるのかもしれない。不思議に思い私が向き直ると、意を決したかのように声を出した。
「……お前。これを公的に認めれば、もう俺以外に、嫁げなくなるんだぞ? 俺たち二人は婚約者と言えば、そうなんだか……」
「良いですよ?」
私は何を今更言い出すのかと、大きく頷いた。
だって、モニカは幼い頃からウィリアムの婚約者なのだし、彼から婚約解消や婚約破棄をされない限りは、王太子であるウィリアムに嫁ぐことになる。
「は……良いんだ」
ウィリアムは呆然としたように、呟いた。
……何なのかしら。
通常の婚約者ならば、将来的に結婚するのよ。
本来ならモニカはキャンディスを殺しかけたことがきっかけで、過去の悪行をつぐなうために婚約破棄されてしまうことになるのだけれど、今のところそうなる予定はないのだし。
「あの……キャンディスさんの命が掛かっています! 少々誤解を招くような表現など、特に問題のあることでもありません」
「そ、そうだよな。命はなくなれば、取り戻せないからな……うん」
ウィリアムは納得したかのように何度か頷いたので、私はもう良いだろうとキャンディスさんの元へと向かうことにした。
◇◆◇
とてもお恥ずかしながら……というしおらしい態度で、私は衛兵たちの上司である騎士団長へと嘘の事情を話すことが出来た。
騎士団長からは『若いうちは会いたい気持ちは止まらないものですよ。私だってそうでした』という、良くわからない共感を受けて、これから先はこういう事態が絶対に起こらぬようにと、固く約束させられた。
そして、ウィリアムの目論見通りに、衛兵に捕えられていたキャンディスは解放されることとなった。
牢から解放される時、私に抱きついてきたので、安心させるように背中をポンポンと叩いた。
「モニカ様! ほんっとうに……ほんっとうに、ごめんなさいでしたーっ……うっ……うっ……一人しか居ないって言っても、留置所なんて、暗くてじめじめして、こわくってえ……」
「そうね……もうこれからは絶対に、勝手なことはしては駄目よ。キャンディスさん」
しくしくとなきべそをかいた彼女を抱きしめた私はしみじみとそう言って、キャンディスも流石に今回はやらかしたという自覚があるのか、何の文句も言わずに頷いた。
牢の中で昨夜は一睡もしていないという泣きじゃくるキャンディスを、城に用意されている自室にまで送り届け、彼女の上司には私から色々と説明した。
そして、理由なく無断欠勤になってしまっていた女官の仕事も、どうにか辞めさせられずに済んだ。
キャンディスの問題を解決してから、とりあえずウィリアムの居る離宮に戻ろうと廊下を歩き出した私の前に、なんとモニカには見覚えのあるエレインの侍女が現れた。
こんな場所で会うなんて珍しいと思い、会釈して通り過ぎようとした私に、彼女は小走りで近づいて来た。
「あ。モニカ様。探しましたわ……」
「え? あ……ええ。何の用かしら?」
モニカ・ラザルスは、エレインの取り巻きの一人。
最近は私もお針子修行などがあり、彼女の傍に居ない時は多かったけれど、お茶会や夜会などでは、いつものように取り巻きとしての役目を果たしていたはずだ。
エレインもたまにウィリアムの様子を確認して来たけれど、それも、いつものことと言えばそうだった。
「エレイン殿下が、モニカ様をお呼びですわ」
「……エレイン様が?」
こんな風にエレインが取り巻きの私を呼び出す理由も思い浮かばず、私は大人しく案内してくれる彼女の後をついて行くしかなかった。