14 予想外
「っウィリアム様!」
「わっ……! なんだ。なんなんだ。一体」
私が彼が普段の時を過ごす離宮の居間に飛び込めば、ソファで本を広げたまま顔にかけ眠っていたウィリアムは、本を床に落として上半身を起こしていた。
「大変です! キャンディスさんが、ウィリアム様の離宮侵入の容疑で、衛兵たちに拘束されてしまったんです!!」
とんでもない話を聞いてから、言葉の意味を咀嚼出来なかったのか、ウィリアムは表情の抜け落ちた顔でしばし固まった。
「……はああぁぁぁぁああ?」
眉を顰めなんとも言えない表情で、ウィリアムは唸った。
ウィリアムがそうしてしまう気持ちは、わかる。本当に常人には何が何だかさっぱり理解不能な事態が起きてしまった。
……キャンディスの姿を目の当たりにした私だって、本当に何が起きたのか、まるで、意味がわからないのだ。
私がいつものように登城しウィリアムの住む離宮へ行こうとしたところ、一人の衛兵が駆け寄り『モニカ・ラザルス様ですね? 大罪を犯した女官が貴女に会いたいと言っているのですが、どういたしますか?』と聞いてきた。
私は彼の言う、その大罪を犯した女官が誰であるか、すぐさまわかってしまった。竹本さん。いいえ……どう考えても、キャンディスよね。
大罪を犯したって、一体、どういうことなのかしら……?
そして、私がは衛兵にキャンディスの元へ案内してもらいながら、道中で事情を聞くことが出来た。
なんと、キャンディスは昨夜、小説の中に出て来る、ウィリアムの住む離宮へ入るための抜け道を探し当て、そこに入ろうとしていた時に衛兵に見つかったのだと言う。
あれは単なる抜け道ではなくて、王族が緊急の際に逃げることの出来る非常出口のようなもの。ぱっと見は絶対に気がつけないくらいに巧妙に隠されてはいるものの、知る人ぞ知る秘密の抜け道なのだ。
そんな場所から王族の住む離宮に入り込もうとするあやしい女官を、衛兵が放っておくはずもなかった。
ああ。竹本さん……!
前世でも勝手に思いついて、営業先に突撃して、大失敗したことがあったわよね……けど、今回は取引先ではなくて、命が無くなることになるのよ!
私は衛兵から話を聞きながら、痛みを増していく頭痛に額を押さえながら、罪が確定するまでの犯罪者の居場所、留置場まで連れて行ってもらった。
「あ! モニカ様……! わーん。眠れなかったんです。私、どうしたら良いですか。王族の宮に侵入した者は、皆死罪だと言うんです! このままだと殺されてしまいます……! どうにかして助けてくださいぃ……!!!」
キャンディスは泣きながら、私に頼み込んできた。
ヒロインらしく可愛らしい顔の目の下には黒い隈が出来ていて、これまで眠れなかったというあの言葉に嘘はないようだった。
「……あの、キャンディスさん。どうして、こんな事をしたの……?」
私は頭に浮かんでいた疑問を、彼女に素直ぶつけた。
だって、キャンディスは抜け道から侵入なんてせずとも、ウィリアムの離宮から帰ったところだったはずだ。
しかも、私と一緒ならば彼女に慣れようとしないウィリアムに会っても、特に支障はない……だというのに夜中に忍び込むなんて、本当にそれをした理由が良くわからないのだ。
「『君と見る夕焼け』のヒロインっぽいことが、したかっただけなんですぅ……こんなにも大事になるなんて思わなくて……モニカ様!! 死にたくないですぅ!! 助けてください!!」
大声で泣き出したキャンディスを宥め、とにかくウィリアムと相談すると言って、あわてて彼の居る部屋にまで駆け込んだのだ。
----私から詳しい事情を聞き終わったウィリアムは、大きな大きなため息をついた。
「あれは……ああ。君の友人だったか。これからは彼女との付き合い方を、よくよく考えた方が良さそうに思うのだが」
ウィリアムは誰かの友人関係について、安易に口を出すべきではないと考えたのか、かなり言い方を考えてくれたようだ。
私もこれにはもう、苦笑いするほかない。
竹本さんは突拍子もないことを良く考えつく人だったけれど、現代日本とは常識が何もかも違う異世界で王族の宮に侵入しようとした賊がどうなるかは、あまり考えていなかったようだ。
平民や貴族、王族と段階的に身分差があるということ。その身分差によって生じる問題なども、頭ではわかっていても、ここがあの日本ではないと、ちゃんと理解が出来ていないのかもしれない。
「はい……けれど、今は命の危険が迫っています。彼女をこのまま放っておくというのも出来ません。私はどうにかして、キャンディスさんを救うために動こうと思います」
エレインの暗殺を防止するのも大事だけれど、今ここにある危機というのなら、キャンディスの命を救うしかない。
けれど、彼女の犯したとされているあの罪は、シュレジエン王国では、かなりの重罪とされているものなのだ。
……最悪の場合。どうにか脱獄させて、牢から逃がすことも考えなければならない。
「そもそも、どうしてあの女……いや、キャンディスは、俺の宮に夜に忍び込もうとしたんだ。昼ならば既にモニカが言ってくれていて、出入りは許可されているだろう」
実はそれはキャンディス本人に『一人でウィリアムに会うのは無理です』と、言われているのだけど、彼女は門番に止められることがないという点においては、その通りだった。
「……あのですね。彼女の好きな物語の中に、そういったような場面があるらしくてですね……どうやら、その物語のヒロインっぽいことをしたかったそうです」
……ええ。その物語は私も大好きでして……それを、自分もやってみたかったという、そういった気持ちはわかるのですが、本当に解決の難しい仕事を任されることになってしまいました。
「はぁ? なんだ……それは……本当に意味がわからない」
ウィリアムは宇宙語を聞いてしまったとでも言わんばかりな、不可解そうな表情を浮かべていた。
彼の言いたいことは本当にごもっとも。しかし、キャンディスの命は、刻一刻と危険に晒されていることも確かだった。
「もう起こったことは、起こってしまったことなので……それよりも、彼女のことをどうにかせねばなりません。命を取られてしまったら、それこそ、もうどうしようもありませんから」
私がそう言うとウィリアムは考え込むようにして、難しい表情で腕を組んだ。