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11 立太子の儀式

 しんとした沈黙の中、シュレジエン王城の大広間へと、王太子ウィリアムは現れた。


 豪華な儀礼服を身に纏い、艶のある黒髪を撫で付けた彼を見て、縦に横にと空間が広がる大広間に集まる人々の感嘆のため息が漏れた。


 私はその時、ダスレイン大臣の顔をじっと観察していた。


 今この時に、美麗な容姿を持つ王太子ウィリアムではなく、群衆に埋もれているはずのダスレイン大臣に注目しているのは、私ただ一人だけだろう。


 癖のある茶色の髪と髭に縁取られた、いかにも人の良さそうなふっくらとした体型の中年の男性。人当たりも良く優しい語り口で、誰もがそんな彼には油断してしまうことだろう。


 心中では自らが王位簒奪するためには、王族すべてを皆殺しにして王国だってめちゃくちゃにしても良いとまで思って居る極悪人だなんて、なかなかに見抜けないのも無理はない。


 ……呆気に取られて、まさか、目の前の光景を信じられないという間抜けな表情。


 あらあら。思っていた展開とは違い驚いたからって、これは油断し過ぎではないかしら。


 だって、立太子の儀式は祝いの場だというのに、そんな表情を浮かべているなんて……本当に変な話よね。


 偶然に不自然さに目に留めた誰かに疑わしく思われても、まったく不思議ではないわ。


 彼の思惑では、立太子の儀式に着用する服をズタズタに引き裂かれたウィリアムは、普段着ている服で儀式に現れ、神聖な儀式を冒涜したとして非難されてしまう。


 ダスレイン大臣の策略でウィリアムには弟側の派閥、つまりは姉エレインの仕業だと思った。父王や他の王族にはウィリアムが王族の立場を馬鹿にして、どうしようもない王子で排斥するしかないと吹聴するはずだった。


 小説の中ではすっかり誤解をしてしまったウィリアムは無言でここを去り、既に出会っていたキャンディスに励まされるはずだったけれど、それはもう必要ないわね。


 本当に、残念でした。思い描いた通りにならなくて。


「王太子ウィリアム殿下。前へ」


「誓います……我、ウィリアム・ベッドフォードは……」


 名を呼ばれたウィリアムは堂々とした態度で、自分の治世で賢政を敷くことを朗々と良い声で誓った。


 頭の良い彼にはカンニングペーパーなんて必要なく、私が事前に練習させていた通りの出来映えで、なんだか誇らしかった。


 ここで国王陛下は忌々しい表情を浮かべ、息子のことを見つめているはずだったけれど、今は真面目な表情を浮かべながらも、どこか嬉しそうよ。


 彼だってダスレイン大臣の思惑で誤解をしてしまい、側妃の息子ウィリアムを嫌っているだけで、すべての誤解が解ければ、息子である彼を愛するのだ。


 立太子の儀式を完璧にこなしたウィリアムの姿を見た臣下たちは、手を叩いて祝福を贈りながらにわかに色めきだったようだった。


 これまでは、確固たる後ろ盾もなく父王からも嫌われて離宮に幽閉された王太子ウィリアムなど、すぐに暗殺されてしまうか、その身分を取り上げられてしまうだろうと思っていたことだろう。


 次に王位につくのは、弟王子ジョセフだとそう思っていたはずだ。


 しかし、美麗な容姿にしっかりとした受け答え、堂々とした王者たる者特有の威厳ある立ち振る舞い。


 これまでは身だしなみもろくにしてもらえなかったウィリアムは、時折離宮から出ていても、その姿は馬鹿にされてしまう対象だったはずよ。


 立太子の儀式も、どうせ形ばかりのものになると、この広間に集まっていた大多数は思って居たはず。


 ……ウィリアム。


 皆が抱えている誤解は、貴方自身を知れば、すぐに解けてしまうはずよ。


 貴方は本当に心優しくて、自分を虐めていたモニカにも慈悲深く優秀で誠実で……誰かから何かを非難されるような人では、絶対にないもの。



◇◆◇



 私たちは立太子の儀式、その後にある夜会へと出席することとなった。


 ここでは、主賓であるウィリアムは言い訳をさせてもらえずに、傷ついているというのに無理に参加させられることになり、悪役令嬢モニカはそんな彼に追い打ちをかけるように嫌がらせをするのだ。


 エレインもその場には居たものの、状況的に母と弟の手前見て見ぬ振りをするしか出来なかった。


 ええ。ウィリアムには私が付いて居るからには、そんな事には、決してならないけれど。


 身分が最も高い王太子ウィリアムと婚約者モニカはまず一番目に踊り、その後に、次々と王族や貴族たちは踊りに加わった。


 壇上に国王陛下の隣に居る王妃陛下は、私たち二人を苦々しい顔で見つめているけれど、彼女もダスレイン大臣に上手く言いくるめられている。


 血のつながりはないかもしれないけれど、ウィリアムは愛される資格を持つ男の子であることは、彼女もいずれは認めてくれることになる。


 それには、諸悪の根源……ダスレイン大臣を打ち倒すことが条件となる。


 今の私が、何を言っても駄目だ。彼は善意の人格者として、王族や貴族に認知されている。


 もう何ひとつ言い訳の出来ぬほどの悪事の証拠を、私はこれから集める必要がある。


 私たちが挨拶に来る貴族たちと和やかに談笑していた時、にこやかな笑顔を浮かべ、ダスレイン大臣は現れた。


「……親愛なるウィリアム殿下。それに、婚約者のモニカ様。お二人にご挨拶が出来て、光栄です」


 ……来たわね。


 アガタ・ダスレイン公爵、そして、現王に重用される大臣……善人そうな顔をしつつ、裏では王位簒奪をもくろむ大罪人。


「あら……ダスレイン大臣。こんばんは。良い夜ですね。ウィリアム。彼は公爵位にあられる、ダスレイン大臣ですわ」


「……ああ」


 嘘のつけないウィリアムはダスレイン大臣へ不機嫌そうに言えば、隣に居た夫人に話し掛けられて、そちらの話へと耳を傾けていた。


 これは、私がそうするように指示をしていたのだ。ダスレイン大臣とウィリアムが、直接話すことは良くない。


 ……彼が近付けば、私が対処するからと。


「これはこれは……お二人とも、仲睦まじくあられて……我々臣下にとっても、これからとても安心出来ますね」


「まあ……ありがとうございます。嬉しいですわ」


 私はにっこり微笑んで、そう言った。


 ウィリアムは離宮から出てこられないけれど、私はその離宮に出入り自由。以前に彼を罵倒していたことを知る者は、それほど多くない。


「最近は、モニカ様は王太子を気に入っているようだ……何か、あったのかね?」


「あら! ウィリアム様と私が仲が悪かった時など、これまでにありませんけれど……何か勘違いしていらっしゃいませんか?」


 にこにこと微笑む私に、そのまま笑みを返すように、ダスレイン大臣は微笑んだ。


「……君を彼の婚約者に推薦したのは、実は私なんだ。モニカ様」


 ……これは驚いてしまった。そうなのね。


 それは、小説には書かれていなかった。


 意地悪な性格でわかりやすく権力欲が強く操りやすい悪役令嬢モニカを彼の婚約者にしたのは、このダスレイン大臣なのね。


 どこまで彼が計算していたかはわからないけれど……他にも、色々と仕組んでいそうだわ。


「そうなのですね。心からお礼を申しあげますわ。ウィリアム様は、本当に素晴らしい王太子様ですもの」


 ……残念だけれど、悪役令嬢モニカは、もう貴方の思う通りになんて、動かないわよ。

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