醜いドレス
「ふぅー……」
「しっかし、昼ってんのに空は黒いなあ」
俺は一階まで降り、外へ出た
時刻はもう昼の十一時だ
この暗さは、雨とかではない
雨よりも雲よりも、黒くて暗い
「それに色んな場所に骨が落ちてて気持ちわりぃな」
原型を残してる骨は殆どない
殆どの骨と思われる物は灰になり、そこらじゅうに落ちていた
俺が一歩歩けば灰が舞い、一度風が吹けば、その何倍もの時間、灰が舞う
「……これ、なんでこんなことになったんだろ」
俺が眠った時間
それは多分十二時くらいだ
そして俺が起きた時
モールについた時、初めてその時間を知った
その時間は五時
この五時間の間に世界が、少なくともトーキョーが滅んだ
五時間
たったの五時間だ
「……あの、なにやってるの?」
「貴女は……」
間宮奏撫だ
「気分転換だよ」
「ふーん、ところでさ」
「パラレルワールドって知ってる?」
「……え?」
突然の脈絡のない話に思考が止まった
「なんで?」
「別に、気になっただけ」
「でも、わたしはこの件をパラレルワールド説を推してるよ」
「どうして?」
「だって、こんなことになってるんだよ?宇宙人とかオカルトとか、そういう説が濃厚でしょ!」
どうやら奏撫さんはオカルトを信じてるみたいだ
「へ、へえ、そうなんだ……」
俺はオカルトや怪奇とか、そういうのとはかけ離れた生活を送っていたから、奏撫さんの話にはついていけなかった
「……そうだよ、きっと」
「きっと、わたしのお母さんとお父さんも宇宙人に攫われたんだ」
「……奏撫さん?」
「そうだ、きっとそうなんだよ!皆!みーんな宇宙人に攫われたんだ!」
「奏撫さん、落ち着いて」
「あはは!あははっ!あはははっ……ははっ……!」
彼女はいきなり笑いながら走り出した
だがその笑顔に光はなく、一種の狂気を宿していた
「あははっ!ははは……っ!ははっ……あっ!」
「奏撫さん!」
彼女は石に躓いたのか、その身を地に伏せた
灰が無数に飛び上がり、奏撫さんを囲った
「大丈夫ですか?」
「はは……はは……」
奏撫さんは一向に起きようとせず、ただ笑うだけだった
「ねえ……」
「わたし、惨めでしょ?」
「え……?」
「惨めでしょ?わたし、惨めでしょ!」
彼女は飛び起きると、いきなり俺の肩を掴み、そう言った
「わたしね、幼いころにお父さんとお母さんが行方不明になったの」
「それからわたしはおばあちゃんに育てられた」
「でもわたしは、お父さんとお母さんがいなくなってから、生きてきて幸せだと思ったことは一度もない」
「好きな宇宙とかUFOのこととか考えてても、これが幸せなのかどうかわからなくなったの」
「今あるのはこの貧相な身体だけ」
「今のわたしに価値なんかないんだよ」
「ほらね?惨めでしょ?」
俺は言葉が出なかった
いや、出なかったというより、出せなかった
今の奏撫さんにどんないい事を言っても、文才が書き綴った言葉を述べても、奏撫さんにとってはマイナスにしかならないからだ
「だからお願い、わたしを使って?」
「貧相な身体でも、男性様へのご奉仕くらいはできます……だから……」
「わたしを使ってください、存在価値のない雌でも、男性様の性欲の捌け口くらいにはなれます、ですので……どうか……」
「わたしを使ってください……」
「どんなプレイがお好みですか?縛り付けて激しく犯すのが好きですか?屈強な男性様方と共に輪姦するのが好きですか?さあ、ご命令を」
俺は我慢ができなかった
俺は奏撫さんの髪を掴み、その頬を叩いた
「……なるほど、貴方様はDV物がお好きなのですね……」
「ではこの奏撫、これから貴方様に永遠にビンタされるだけの玩具になりましょう」
「……違う……!」
「どうかされましたか?ご主人様」
違う
「……違う!違う違う違う違う!!」
「お前が言いたい言葉は、そんな汚いもんじゃないだろ!」
「なにが「存在価値のない雌」だ?なにが「男性様の性欲の捌け口」だ?」
「勘違いも程々にしろ!」
どっちが?
「はあ……いいですか?貴女は人間です、俺なんかよりも余程立派な、強く逞しい女性です」
「俺には貴女の苦しみや辛さはわかりません、わかりたくもありません」
「でも……!自分に価値がないと思うのはわかります!」
嘘吐き
「それでも!こうして必死に生きてるんです!」
「今幸せじゃなくてもいい!辛くてもいい!」
「とにかく生きるんです!」
やめてくれ
「俺たちと一緒に生きましょう!」
やめろ
「実の親に虐待され陵辱されても、必死に生きてきた人が!」
やめろ
「肉親を壊されても、自分がレイプされそうになっても!復讐のために!我慢して我慢して生きてきた人がいる!」
やめろ!
「そんな人たちでも、今を必死に生きてるんです!」
もうやめてくれ!
「貴女が吐きたいのは、そんな汚い言葉じゃないはずだ!」
「さあ、その醜いドレスを脱ぐ時間です」
「……うん!」
お嬢様は、今まで来ていた、古くて醜いドレスを脱ぎ捨て、新しいドレスに袖を通した
「ねえ夜野くん」
「わたし、今初めて幸せかも!」
新しいドレスに飾られたプリンセスの瞳は、ダイヤモンドのような透き通った輝きを放っていた
もうさっきのような醜い黒はない
俺たちはモールへ戻り、各自の場所へ帰った