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再会 5

「ルウ」


「は、はい」


ルウと呼ばれた赤毛の少年は、男を見て血の気が引いているようだった。


「この人は、俺の大切な客人だ。あまり手荒に扱ってもらっては困る」


「……すいませんでした」


男に恫喝されたわけでもないのに、ガチガチと歯を鳴らしながら、ルウは頷いた。


「それと、ガルディンもだ」


「俺は別にこの子でも構わないがね」


バトーさん(仮)の名前はガルディンだということがわかった。


ガルディンは片眉を上げながらそう答えると、お頭と呼ぶ男に対し目配せをした。


「やっと手に入れて嬉しいのはわかるが、お前こそ、手荒に扱うなよ」


「わかっている」


何やら、同じ空間にいるはずなのに、私の知らないところで知らない会話が続いているといったような感じだ。


「あの、すいません」


私のか細い声を聞いた3人は、会話を中断して私に向き直った。


白髪のガルディンが目を細めながら言う。


「契約者のお嬢さん、これから先の話は直接、お頭から聞くといい。俺たちは邪魔しねえから」


ガルディンはそういうと、赤毛のルウを引き連れて奥のテーブルへと去っていった。


この場に残ったのは、お頭と呼ばれた銀髪の青年と私だけ。


「部屋へ行こう、話がある」


青年はそういうと、私に手を差し出した。


私は恐る恐るその手を握る。


やはり確かな熱を持ったそれは、私の手をぎゅっと握り返すと、階上へといざなった。




部屋に入ると、青年は部屋の鍵を閉めた。


そして、私をベッドまで連れてくる。


私をベッドに腰掛けさせた青年は、私から離れると、おもむろに上着を脱ぎ始めた。


「え、ちょっと、何をするんですか」


焦る私。


さっき手荒に扱うなとか話していたのって、もしかしてコレのことだったの?


いくらなんでもこんな真昼間から、早すぎやしないか?


……じゃなくて、これはもしかしなくても貞操の危機なのだろうか?



上着を脱ぎ終わった青年は先にサンダルを脱ぐと、今度はズボンの紐に手をかけた。


いや、だってさっき「話がある」っていっていたし、この展開はおかしすぎる。


内心あたふたしている私をよそに、均整の取れた肉体をほの暗い部屋で惜しげもなく晒しながら、彼は一糸纏わぬ姿になった、多分。



「多分」というのは、彼がズボンを脱ぐ前に、私が目を閉じて顔を背けたからである。


しばらく沈黙の時間が続いた。


目を閉じ、顔を背けた状態から私は焦って聞いてみた。


「あの、もう目を開けてもいいでしょうか?」


「構わない」


いや、あなたが構わなくてもですね、いきなり初対面同様の青年にヌードを披露されちゃ、こっちが困るんですよ。


それでも、この状態では埒が明かないので、私は渋々目を開けた。


目を細めながら、ゆっくりと首を巡らす。


薄暗いその部屋には、誰一人いなかった。




――代わりに、別のものがいた。




「あ! 君!」


思わず目を見開く。



そこには、きゅうんと鳴いて、お座りしながらパタパタと尻尾を振る、あの犬がいたのだ。




「どうしてこんなところに」


しかし、あの青年はどこに行ったのだろう。


自分の服だけ残して、この犬と入れ替わった……はずがあるのだろうか。



「名を、呼んで欲しい」


あの青年とそっくりの声が犬から聞こえた。







拉致・猥褻物陳列・強姦未遂……


認めたくない現実から目を背けるために、私はあの青年に関する罪状を心の中で思いつく限り挙げていった。


まさか、まさかですけれど、私もうすぐ三十路の女ですよ?


こんなファンタジーな展開が自分の身に降りかかるだろうことはええ、一切、これっぽっちも、つゆほども思ってはいませんでしたよ。


何がいけなかったのだろうか。


親の介護のために会社を辞めたこと?


妥協して付き合っていたはずの相手に好意を持つようになったこと?


それとも、この犬を拾ってしまったこと自体がいけなかったのだろうか?



私は今までの人生、それなりにやってきたつもりだった。


不器用な面はあるが、それは今まで培ってきた明るさや、社会に適応しようとする気持ちで何とかなってきた。


たまに何とかならないこともあったが、それは本来の不器用な自分なのだと慈しんで、友達とカラオケに行ったり、お酒を飲んだりなどして忘れていくよう努めた。


20代も後半に差し掛かると、仕事のことや人間関係で脛に傷を持つ身になってくるから、何かと諦めが付く。


また、さらに三十路が近づくと、焦る反面、もうこのままどうにでもなってしまえ、といった楽な気分にもなってくる。


ああ、「かもめ食堂」のようなゆったりした時間を生きていきたいなあと思うようになったのはいつ頃からだろうか……。



そこまで考えると、私は一旦思考を停止して、今ある現実と向き合うようにした。


「今喋ったのって、君なの?」


「そうだ」


「さっきの男の人も、君なの?」


「そうだ」


「なぜ、私なの?」


「あの時、助けてくれた、そして貴女が俺の契約者だったから」


そこまで話すと、犬は今回の件についてぽつりぽつりと話し始めた。


「俺は、ある団体に目をつけられている。異界に渡ったのも、その団体との確執から止むを得ず起こったことだった。だが、そこで出会うとは思わなかったんだ、自分の契約者に」


「さっきも出たけれど、契約者って何?」


「自分の伴侶、半身」


「伴侶って、お嫁さんのこと?」


「そうともいえる」


そういうと、犬は尻尾をぱたりと振った。



「名を呼べっていうのは、何かの儀式なの?」


「昔からの慣わしだ。強い呪がある」


「私をここに連れてきたのも慣わしなの? こういうことはよくあるの?」


「違う。俺たちがいる世界ではまず見かけない。俺の異界渡りは偶然だった」


そういうと、犬は何かに感づき少し焦ったようだった。


「早く俺の名を呼んで欲しい」


そういわれても、初対面の人(?)の名前なんか知るわけがないし、今まで心の中では「犬」、口に乗せるときは「君」としか呼んでいなかったのだから、いきなりいわれても困る。


私の逡巡を見て取ったのか、犬は励ますようにいった。


「俺の名前は」


そのとき、階下から大声が上がった。


「お頭あ! 奴らですぜ!」


犬は苦虫を噛み潰したような顔をすると、私に向かっていった。


「ここで待っていて欲しい、すぐに戻るから」


そういうと、ドアのほうに歩み寄り、器用に鍵を開けて出て行ってしまった。



こんな再会の仕方ってあったのだと、半ば驚きつつ、私は部屋で待つようにした。




どこにも行けるところがないようだし、というより、本当に来てしまったんだ、私。


違う世界のことなんて、夢物語にしか思っていなかった私。


でも、年甲斐もなくどこかで憧れていた私。


そんなささやかな願いがこんな風にして叶うことになろうとは、正直思っても見なかったのである。



ふと、自分の名前を口にする。


「私の名は、大良杏奈タイラ・アンナ




続けざまに浮かんできた言葉を何のためらいもなく口にする。




「彼の名は、ギルバート・ファーガス・チェーン……」




あれ、なんでまったく知らない人の名前が口から出てきたのだろう。


でも、この名前しかないような気がしてきた。



瞬間、階下で轟音がした。


ぎしぎしとゆれる部屋、階下からは怒声が飛び交っている。


それはまるで自分の回り中の音が、そこから一気に戻ってきたようだった。


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