再会 4
――目が覚めて、最初に感じたのが「トイレに行きたい」だった。
人間の生理的欲求。
今まで、いくつものファンタジー小説を読んできたが、主人公は、いつ、どこで、どうやってコレを満たしていたのだろうと気になったものだ。
起き上がり、辺りを見回す。
自分が今寝ているところは、先ほどの街道などではなく、ちゃんとした寝台である。
体には毛布が掛けられ、靴もちゃんと脱がせられている。
木製のそれから降りると、私は辺りをうかがった。
窓のある部屋。
隙間から漏れる光が、未だ時刻は昼なのだということを伝えている。
この部屋はどうやら2階以上にあるようだ。
隣の部屋が何やら騒がしい。
トイレはまだ我慢できたので、私はパンプスを履くと声のするほうへ歩みよった。
数人の男の声がする。しばらくすると、その声の主たちは連れ立って部屋を出た。
こちらに来るのかと思ったが、それはなく、木製の階段を下りる音が聞こえた。
なぜ自分がここにいるのか、こんなところで寝ているのかがさっぱり分からなかった私は、意を決してこの部屋から出ることにした。
銅製の取っ手を引くと、階下は喧騒に包まれた食堂だった。
昼時は過ぎたようだったが、下にいる多くの男たちは何かを祝っているようだった。
驚愕した。
彼らは日本人ではない。
完全に欧風の顔立ちである。
さらに驚くのは彼らの風体だ。
皆、大きな麻布の袋をに切れ目を入れたようなものを頭からかぶり、腰紐を巻き付け、少し膨らんだ緩いズボンを穿き、皮で編んだサンダルを履いている。
弥生人の服装とも、古代ローマ人の服装とも違うその風体に私は眩暈を覚えた。
「私、こんな、どうして……」
思わず口元に手を当ててその場にうずくまる。
いくら三十路近いといっても、現代日本で暮らすいち一般人の私には、この現実はあまりにもとっぴ過ぎた。
と、階下からでっぷりと太った女がふうふう言いながら上がってきた。
女は40代半ばか、その巨体を、これも大きな布を頭からかぶった服装で包んでいる。
彼女は大きな二重顎を揺らしながら、しかし人好きのする笑みでこちらに近づいてきた。
「あらあんた、部屋から出たのかい、調子はどうだね」
口を開くと、意外とよく通る良い声の持ち主だった。
「あの、私、お手洗いをお借りしたくて」
とっさに喋ってしまった。
「トイレなら、階段を下りて左に曲がったところにあるわよ」
女はそういうとまたふうふう言いながら階段を降りていった。
……あれ、おかしい。
何で私はあの人の言葉がわったんだろう?
それに、何であの人日本語をしゃべっているの?
それにトイレって、トイレっていったよあの人。
私は何だか狐に化かされているような気持ちになった。
何だ、ちゃんと日本語が通じるということは、ここは日本なんじゃないか。
途中途中の記憶がないけれど、それを差し引いても、言葉が通じるというのはありがたい。
早くあのビル街へ戻らなくっちゃ。
……いや、それよりも何よりもまずトイレだ。
私は言われたとおりの場所に行った。
そこは男女共用のトイレのようだった。
おまるの中にはおがくずが敷き詰められ、臭いはほとんどない。
お尻を拭く紙はないが、かわりに大きく柔らかい葉が何枚も束ねて吊るされていた。
私はドアを閉めて用を足すと、その上に桶から柄杓でおがくずを取り、盛るようにかけた。
この形のトイレであれば農業用の肥料にも使えるなと考えながら、別の桶に入っていた水をこれもまた別の柄杓に取り、手を洗った。
全部済ませてからトイレを出る。
「これはきっと何かのアトラクションなんだわ」
そう思えば、僅かな心配はあるものの、少しだけ落ち着いて周りを見渡すことができた。
またさっきの部屋に戻ろうと階段を上がりかけると、背後から声が掛けられた。
「あんたが、お頭が連れてきたって女かい」
見ると白髪の偉丈夫が、腕を組み、階段の手すりにもたれかかりながらこちらを眺めていた。
その姿を見て、攻殻機動隊のバトーさんを若くしたみたいなんて思った私は、そこそこのアニオタである。
「お頭?」
初対面のバトーさん(仮)に、私は若干の親近感と畏怖を覚えながら聞き返す。
「ああ、しかしあんたのその格好、ここじゃ思い切り浮いてるぜ。それと、聞くところによると、あんたまだお頭に名前も告げてないっていうじゃないか」
そういうと彼はいぶかしげに目を細めながらこういった。
「まあ、お頭が選んだもんに俺はケチはつけねえけど」
「はあ……」
いきなりこんなところに連れてこられ、けちをつけるだのつけないだの言われたってわかるわけがない。
あたふたしていると、階段の反対側から、ひょっこりと赤毛の少年が顔を出した。
「へえ、よく見ると可愛い顔してるじゃんこの子」
そばかすの浮いた少年の顔を見ながら私はきょとんとする。
は?
この子ですって?
私のことよね?
「変な格好してるけど、毛艶は良いし、手肌は荒れてないし、どっかの国の裕福な子女だったりして」
ああ、こんなところでも「東洋人は童顔に見える」パワーが発動したのか。
「ねえねえ、お頭なんか止めにして、俺んとここない?」
馴れ馴れしいその少年の後ろに影が差す。
殺気を感じたのか、少年がひっと後ろを振り向く。
そこにはあの銀髪の若者が佇んでいた。
「お、お頭!」