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再会 3

――気がつくと、そこはうっそうと覆い茂る森だった。


最初は何の音もしなかったが、慣れてくると、周囲の音がいっせいに聞こえてきた。


「何、これ」


私は今まで夜の都心のビル街にいて、こんな薄暗い森の中にいたんじゃなかった。


向こうの茂みからがさがさと音がする。


薄暗い森の中、一人立ち尽くす私。


「もしかしなくとも、これは、ピンチってことよね」


がさがさという音はなおも近づいてきた。


恐怖で身がすくむ私。



ああ、案外短かったな、私の人生。


こんな得体の知れないところで何かに襲われてのたれ死ぬなんて。




しかし、茂みを掻き分けて現れたのは大きな銀色の犬だった。



「あ! 君は!」



忘れるはずがない。


数日だけ世話したとはいえ、あの日々は私にとってかけがえのないものとなっている。


犬は私に近づくと私の目の前でお座りした。


上目遣いで私を見ながら、きゅうんと一声鳴いた。



思わず、服が汚れるのもかまわず、その場に膝をつく。



大きなその犬に、私は思いっきり抱きついた。




張り詰めていた緊張が解け、しゃくりあげながら犬の首にしがみつく。


「うっ、うっ……、どう、してっ、こんなことに」


犬は私の肩に頭を持たせかけ、顔を私に押し付けている。


どれぐらい長くそうしていただろう。


犬は私が落ち着くまでずっとその体勢でいてくれた。


若草のように香ばしい毛皮の匂いは、私の心の動揺を随分と和らげてくれた。



「ところで、ここはどこ? 何で君はここにいるの? ……って、言っても答えが帰ってくるはずないか。それに、さっきの変質者がまだどこかにいるとも限らないし、こんなところで油を売っていちゃいけないわよね」


そうときめたら実行に移すのが早い私は、その場から立ち上がると、膝の汚れを叩き落とし、辺りを良く見渡してみた。


明るい場所を目指し、歩いてゆく。


犬は私の後ろから付き従うように歩いてきた。


森を抜けると、そこには道が広がっていた。


よく見ると、自分が立っている場所は何かの街道のようである。


今時、コンクリートで舗装されていない道路なんて珍しいが、何かの車輪のあとが前後に真っ直ぐとつながっていることから、ここはちゃんと使われている道なのだということが分かる。


すると、今まで後ろにいた犬が、道に沿って歩き始めた。


パンプスの踵が時々土に埋まるのもかまわず、私は犬のあとを追いかけた。




しばらく歩いてゆくと、さらに開けた大きい道に出た。


そこは石畳の道であり先ほど通ってきた道の4倍ほどはありそうな広さだ。



今度はパンプスの踵がコツコツと鳴るようになった。



「何か、古代ローマのアッピア街道を髣髴とさせる作りね」


昔、大学で取ったヨーロッパ文学の授業を思い出しながら、私はひとりごちた。


そうでもしないと、この奇妙な展開についていけない気がしたからだ。


だって、私はさっきまで夜の都心のビル街にいた。


こんな晴れた青空の下、古代ローマの雰囲気を醸し出すような場所に来た覚えは毛頭ない。


記憶がぶつ切りにされたような気分を味わった。


なぜこんなところにいるのだろう。



ふと見ると、遠くに巨大な建造物が見える。


「あれは、水道橋?」


遠くに、授業のスライドで見たものとそっくりの、だがしかしそれよりもはるかに大きい橋が見えた。


「どういうこと? 私、本当に古代ローマにタイムスリップしちゃったの?」


展開についていけない私を、犬はじっと見つめていた。


すると、何かを察したかのようにこちらへトットッと近づいてくる。


犬は私の前まで来ると、くうんと鳴きながら、尻尾をパタパタと振りはじめた。


「ん? どうしたの」


思わず前かがみになる私。


と、犬がいきなり私を押し倒すようにしながらの顔をべろりと舐めてきた。


「や、やめて、化粧が取れちゃう」


その場に尻餅をついた私に対し、犬は今度は私の口の周りを舐め始めた。


「何するの……っつ!」


その台詞を言おうと開いた口の中に、犬の舌がすばやく入り込んだ。


「ひょ、ひょっと!」


口を押さえながら慌てて犬を押し戻す。


が、時すでに遅く、私は犬の舌を咬んでしまったようなのだ。


口の中いっぱいに金気が広がる。


瞬間、世界が反転したようにぐるりと回った。


「――契約は為された」



「えっ……」


その声を聞きながら、突然私の意識はだんだんと遠くなってゆく。



私は道端で気を失ってしまったのだ。


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