再会 2
目的地に行く電車の中で、携帯に先輩からメールが入った。
「ごめん、仕事が長引いて10分ほど遅れます。
外は寒いから近くの喫茶店で待っていてください。……僕の愛しい姫、この埋め合わせは必ず致しますゆえ、どうかご機嫌を損ねないでくださいね?」
最後の一文に思わずふっと吹き出した。
すぐに返信文を打ち始める。
「何ですかこの鳥肌もののくっさい台詞は。あまりにも信幸さんらしくなさすぎて、電車の中なのに思わず吹いちゃったじゃないですか」
律儀な人。
可愛い人。
この人は、私にとって本当に申し分のない人だ。
この人なら、ちゃんと愛せそうな気がする。
きっと穏やかに、幸せに、年を取ってゆくのだろう。
「わかりました。ツリーのそばにあるスタバで待ってます。
あ……でも、もしかしたらお姫様は王子様が来る前に悪いサンタさんに攫われちゃってるかもしれませんよ?
……嘘です。無理はせずに、お仕事頑張ってくださいね」
そう書いて返信ボタンを押したところで電車が目的地に着いた。
駅を下り、ターミナルを歩く。
ふと目端のショーウィンドウに人影が映った。
なんとなく目をやると、暗い背景のそこには一人の男性が映っていた。
黒いコート、少し長めに切られた銀色の髪、ブルートパーズの瞳。
その男性がじっとこちらを見つめていたのである。
ぎょっとして思わず真後ろを振り向く。
でもそこにはだれもおらず、あわてて前を向くとそこにはもう何も映ってはいなかった。
急に心臓が早鐘のように鳴り出す。
「な、何今の」
一瞬あの目に「殺される」と感じた。
いや、違う。
「喰われる」だ。
気を取り直して前方を向くと、一陣の突風が吹いた。
思わず目を閉じる。
すぐに目を開けると、そこは何もない真っ暗な空間だった。
「――!」
状況が飲み込めず、呆然としてしまう。
「立ち眩み? じゃないし、停電ではないわよね」
不安で手のひらに汗がにじんで、喉がからからになってくる。
と、目の前に薄ぼんやりとした人影が浮かぶ。
「何これ、ここはどこなの?」
声を震わせながら、思わず叫ぶように聞いてしまう。
突然、その人影が口を開いた。
「……4年間待った。俺にとっては気の遠くなるような永い時間だった」
「ようやくこの腕で、存分に貴女を抱ける」
そう言って近づいてくるその人影は、先ほど見たあの男だった。
「はあ? あなた、何を言っているの」
どうしよう、こんな街中で、よりにもよって変質者に目をつけられ、
あまつさえその人に自分は助けを求めてしまったのだ。
「異界で過ごしたあの日々を、忘れたことは一度も無かった」
しかし、息を呑むほどの美貌だ。
それは名だたる映画スターだって霞んでしまうくらいの。
「やだ、来ないで」
思わず口から拒絶の言葉が出る。
その言葉を聞いた男は一瞬驚愕に目を見開いたあと、その場に立ち尽くした。
だが僅かな逡巡ののち、その瞳に宿るものは、圧倒的な熱。
「あの幸せな日々は、俺にとって聖域だった」
見たもの全てを石に変えてしまうゴーゴンに出会ったかのように、
私は石のように立ち尽くしてしまった。
だめだ、弱みを見せては。
どんなに美しかろうと。
……ああ、そういえば前に何かの占い本に載っていたっけ。
「美しいものには注意しろ」と。
それってこれのことだったのかしら。
「この日をどんなに待ち焦がれたことか」
私のことなんかお構いなく、その美しい変質者はまたどんどん近づいてくる。
私のすぐ前まで来ると、男は私の手を取った。
「さあ、俺とともに」
獣の目。
ああ、でもなぜ気持ち悪いと思わないのかしら。
相手は変質者なのに。
それと、なぜだかもう「喰われる」という恐怖は湧き上がっては来ない。
未だに動けない私を見て、その男は悲しそうな顔をした。
だが、繋いだ手からははっきりと熱が伝わってくる。
「今の貴女の目には恐怖しか映らない。
それでも俺は、
俺は貴女を、連れて行く」