再会 1
季節は12月、クリスマスイブ。
あの不思議な日々から半年以上経った。
今ではあの日々は夢だったのではないかとさえ思う。
ゴールデンウィーク明けに突然母が倒れた。
術後に半身麻痺が残ったが、幸い程度は軽く、自宅療養に切り替えても1年で8割ほど回復することができるとのことだ。
その母の自宅療養中に介護と家事を担当するため、私は仕事を辞めて実家に帰ることにした。
妹は早くに結婚してすでに家を出ており、父はまだ現役で働いている。
実家の日々の生活費は今のところ父の給料で何とかなる。
そんな経緯もあり、私は今、母の介護に専念している。
私を気遣ってか、母は私の将来に関して何くれと無く世話を焼こうとする。
それはありがたくもあり、少々鬱陶しくもあるのだが、母親からの愛情だと思って黙って受け止めることにしている。
この日も、母のベッドの横で羊羹を切りながら話をしていると、いつもの話題になった。
「あなたのおかげで随分良くなってきたわ。このまま順調に行けば、あと半年もしたら元の生活に戻れるんじゃないかしら。でも、やっぱりあなたがわざわざ仕事を辞めることもなかったのに」
「こんなときだもの、ちょっとは親孝行しなきゃね。それに仕事復帰だって、えり好みしなければ何とかなるわよ」
「そう、ありがとう……でもそれなら、早く良い人見つけて孫の顔でも見せてくれたらもっと嬉しいんだけどねえ」
「ははは、私の場合、まずは相手探しから始めなくっちゃ。でも言っておきますけど、お見合い話は持ってこなくても結構ですからね。私にだって一応『タイプ』ってものがありますから」
「あら残念。でも三好さんの知り合いにちょうど良い人がいるって話を聞いたところだったのよ。あなたの高校の先輩で、今はあの四ツ橋グループの会社に勤務していらっしゃるっていう」
「それってもしかして吉澤先輩のこと?」
「そうそう。彼、高校時代から秀才で有名だったわよね。あなた昔は憧れてたじゃない」
「やだ、お母さん、それってもう昔のことよ」
「とにかく、ちょっとでも気が向いたら声かけてね。もう三十路も近いんだし、これから先は相手に対してこだわってもいられなくなるから」
「わかってるわよ。まあ、この話に関しては多分無いと思うけれど、一応心の片隅で考えておくわ」
そう返事をしたのがいけなかったのか、お見合い話はあれよあれよという間に進んでいった。
久しぶりに会った先輩は、スーツがよく似合う大人になっていた。
何度かデートを重ねるうちに、なんとなく、このまま結婚してもいいかなと思うようになってきた。
正直、今の先輩に対して憧れや恋愛感情のようなものは無かったが、結婚してから徐々に育まれる愛もあるのだろうとは思っている。
先輩は頭が良く、優しい人だ。
確か高校時代には隠れファンクラブもあった。
きっと今の会社でもある意味「高嶺の花」のような存在なのだろう。
一度「そんな人がなぜ私とのお見合いを受けたのか」と聞いたら、
「君と一緒にいると安らげるから。幸せな家庭を築けそうだから」と言われた。
私は先輩が、私に対して癒し系女優のような役割を求めているのだと思い、少々幻滅した。
ああ、この人も世の男性と一緒か、と。
私の容姿は所謂安めぐみ系だ(あくまで『系』である。まったくもって美人というわけではない)。そのため私の見た目しか知らない周りからは家庭的でおしとやかで慎ましい女性だと誤解される。
でもそんなの幻想なのに。
私はそんな女じゃないのに。
本当の私はずぼらだし、中身はまるで枯れた中年男性のようなのに。
私は風呂上りに、Tシャツとスウェットを着て、お笑い番組を見ながら缶チューハイを飲んで、するめいかを食べて馬鹿笑いしているような女なのですよ。安らぐどころかさらに疲れが増しますよ。
そんな私を見たら先輩はきっと幻滅するでしょうねと言ったら、先輩は一瞬きょとんとしたあと、顔を下に向け、腹を抱えて必死に笑いをこらえていた。
ひとしきり笑いの発作と格闘したあと、先輩は目じりに涙を浮かべながら子供のような笑みを見せた。
「よりにもよって枯れた中年男性とは。僕の予想は間違ってなかった。君とは必ず幸せな家庭が築けると思うよ」
そう言って先輩は私に優しいキスをしたのだった。
今日はクリスマスイブ。
世の恋人たちの例に漏れず、私と先輩も泊まりでデートだ。
多分、今日は最後までするのだろう。
今では先輩に対して昔のような憧れではない、仄かな好意のようなものも抱いている。
そう、きっと大丈夫。
多分、きっと大丈夫。