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再会 6

――しばらくすると、階下の音は止んだ。



何かが階段を上ってくる音がする。


すると、部屋の扉が空けられ、先ほどの犬もとい「ギルバート」が戻ってきた。


体には埃ひとつ付いておらず、表情は心なしかとても嬉しそうである。


「アンナ、俺の名を呼んでくれたのだな」


「ええ、でも何で私の名前を知っているの?」


「さっきアンナが教えてくれた」


名前を呼ぶということは強い呪がかけられているといっていたが、実際どんなものか漠然と知るには及ばなかった。


これが呪なのかと思う。


犬はもう喜びを隠そうともしない。


大きく尻尾を振り回すと、ベッドに座っている私の膝頭に顔をおもいっきり擦りつけてきた。


「ちょっと、ギルバート、くすぐったいよ」


ギルバートはしばらく経ったあと、私の足の横で伏せのポーズを取った。


相変わらず、尻尾はぶんぶんと振ったままである。


「そうやって名を呼ばれるのは面映いものだな。我を忘れてしまうところだった」


「呪ってそんな効果もあるの?」


「契約者と獣は血の交換と名を呼ぶことによって完全に縛られる、タイラ・アンナ」


「あ、ギルバート、今私の名前フルネームで呼んだね。もしかして、契約が完全に成立したのって」


「今だが、何か?」


思わずオイと突っ込みたくなった。


「ところで血の交換って」


血の交換など、いつしたのだろうか?


「さっきは俺がアンナに。4年前はアンナが俺に」


さっきというのは金気が広がるべろチューのことだろうか。


前というのは、最後の別れのときに流した唇の血、あれのことだろうか。


それにしても4年前?


ギルバートと出会ったのは、確か今年のゴールデンウィークのはずだが。


ちょうど半年経ったぐらいなのではあるまいか。


そんな顔をしたのか、ギルバートはすぐに答えてくれた。


「異界同士では時間の進み方が違う」


そういうものなのかと、半ば納得する。



そして、――知る。



私はもう元の世界からはみ出してしまったのだということに。


信幸さんとの結婚も、母の介護も、自分の将来からもすべてはみ出してしまったのだ。


そのことに思い至ると、愕然としてしまった。


もう戻れない過去、一瞬にして失ってしまった向こうの世界とのつながり。


知らず、手ががくがくと震えてきた。


手の震えを無理やり押し込めて問う。


「あの、異界渡りって何度もできるものなの?」


「いや、前のときはある高名な術師によって無理やり飛ばされたに過ぎない。今回の俺は半分契約した状態だったから異界を渡ることができた。それすら稀だ」


やはり、「自分が元いた世界」に帰るのは無理ということなのか。


震えながら、しかしそれを心のどこかで諦めつつ納得している自分がいることに気がつく。



私は、元の世界から逃げたかったわけではない。


ただ、精神的なモラトリアムの期間を、少しだけ、ずるずると引き延ばしたかっただけなのだ。


……なんて、今さら気付いても遅いか。


自分の人生は、このギルバートたちによって狂わされてしまったのだろうか。


いや、私の人生なんて、世界の大きさから比べれば、なんともちっぽけなものだ。


それを後生大事に抱えて生きるより、今ある生を謳歌したほうが良いのではないだろうか。



そこまで考えると、私の中にいる不器用な私がなぜだかゴーサインを出してきた。



「YOUやっちゃいなYO」



みたいな、変なノリで。



ああ、今まで慈しんできた甲斐があったわ。


我知らず、溢れる涙を止めようともせず、私はギルバートに微笑んだ。


ギルバートが心配そうに上目遣いで覗いてきた。


「すまなかった。でも、俺にはアンナがどうしても必要だったんだ」


それが例え愛情ではなくても、私は嬉しいよ、ギルバート。


変だね、出会ったばかりだというのに、あなたのことをとっても大切に思っている自分がいるよ。



さて、自分を哀れむのはもう終わり。


私はもう子供じゃないんだから。



「ええと、ということは、私はこれから何をすればいいのかな?」


それを聞くと、ギルバートはけろりとした顔で答えた。


「無論、常しえに、俺のそばに」


「なにそれ、口説いてんの?」


「そのつもりだが、何か?」


思わず、泣き笑いの顔になってしまった私だった。




階下へ行くと、そこは酷い有様だった。


テーブルは全てなぎ倒され、誰がここまでというぐらい粉微塵になっている。


そこでは白髪のガルディンや赤毛のルウほか、十数人の男たちが後片付けに精を出していた。


「この人たち、皆ギルバートの手下なの?」


「ああ。コレだけじゃないぞ。各支部に転々としている」


「支部って、どれだけいるの?」


「詳しいことはまだいえないが、この世界のどこかには必ず俺たちの仲間がいる。」


「仲間ってことは、皆ギルバートみたいに変身するの?」


「ああ」


この世界の常識はやはり自分がいたところとは大きく違うようだ。


「ギルバート、私にこの世界のことを教えて。歴史や、宗教や、地理や文化やいろんなこと」


そしたら私はこの世界に住人になるから。


「あと、私亭主関白は嫌いだから」


「ん? テイシュカンパク? ……わかった、努力しよう」





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