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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
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子爵家の異変⑥後編 -泡沫-



「メリア!立て!逃げろ!」

「あ……」


 逃げないといけないのはわかっているのに立てない。脚に力が入らないのだ。


「メリア!」


 私の前にルイドが両手を広げて立ち塞がる。だめ、これじゃルイドが危ない。


「邪魔だ」


 悪魔は一言そう呟くとルイドを右手で払い飛ばした。アルがいる方向に飛ばされたルイドは、アルを巻き込みながらドゴっ!という音を立てて壁に激突して、2人ともその場に崩れ落ちてしまう。


「ルイド!アル!」

「おいおい、麗しい愛なんて、今はいらねえだろ」


 2人に気を取られている間に、私の前まで来ていた悪魔に、首を掴まれて持ち上げられた。


「ぐっ……!…がっ!」


 悪魔は楽しそうに目を細めて、私が苦しむ様子を見ている。


 このクソやろう!負けてたまるか!


 でも腕に爪を立てても、全然効いてない。……そうだ!

 苦しくて朦朧とするけど、なんとかグッと足に力を込めて、思いっきり上にあげた。


「っぐおおおおお!」


 思いっきり叫んで、悪魔が私の首から手を離した。ドサっと床に打ちつけたお尻が痛いけど、それ以上に首が痛くてゴホゴホとせき込む。ぜいぜいと息を吸って、なんとか身体に空気を取り込んだ。

 ありがとうバーベナ姉さん!男に捕まったときは急所を狙えって教え、悪魔にも効いたよ!


「このアマ!舐めやがって!」


 もっと強く蹴るべきだった。早く逃げなきゃ!立ち上がって逃げようとするが悪魔の方が早い。なんとか後ずさりしながらその手から逃げようとすると、こちらに伸びてきていた悪魔の手が、私に届く寸前で止まった。


「逃げろ!」


 声がする方に目を向けると、悪魔の腰の辺りにルイドがしがみついていた。


「ルイド!」

「くそ、さっきから邪魔だっつってんだろ!」


 苛立った様子の悪魔がルイドの背中を掴んで引き剥がし、その場に叩きつけた。声にならない悲鳴が出た次の瞬間、鈍い音が響き、悪魔が大きくのけ反った。


「っくそ、お前!」


 後ろを振り返った悪魔の前にいたのは、血に濡れた小型ナイフを手に持ったアルだった。悪魔が手で押さえている腰からは血が流れて床にポタポタと落ちている。

 いつの間にか、アルを縛り付けていた手の縄がなくなっていた。


「悪魔にも物理攻撃は効くんだな」

「てめえ!」


 もう一度、アルが悪魔にナイフを刺そうとナイフを振り翳す。悪魔はまだ腰を押さえて痛がっている。いける!アルの手にしたナイフが悪魔の胸を切りつけようとしたその時、目の前から悪魔が消えた。

 いや、消えたんじゃない。悪魔は羽を動かして宙に浮いていた。


「くそっ、お前飛べるのかよ!」

「何のために羽がついてると思うんだ。魚が海で泳ぐのと同じだろ?悪魔が空を飛ぶなんて当たり前だろうが」


 ニヤニヤとそう言う悪魔。さっきの一瞬の焦りがなくなり、余裕を取り戻したようだ。

 でも、私たちを食べようと降りてきたとき、絶対降りてくる。そのときに、また攻撃のチャンスがあるはず。


「よくも俺の身体に傷をつけてくれたな!女より先にお前を喰ってやる!」

「っアル!」


 悪魔がアルに向かっていくが、アルは逃げようとせずナイフを構えている。そして目の前にナイフを突き出した。そのまま勢いをつけた悪魔の胸にナイフが届こうとした次の瞬間、悪魔が羽を大きく羽ばたかせ、アルを吹き飛ばしてしまった。

 アルが勢いよく吹っ飛ぶ様子に、私は悲鳴を上げた。


「がはっ!」

「アル!」


 壁にドォォォンっと激しくぶつかり、そのままアルは床の上に落ちた。その弾みでアルの手から離れたナイフが、床を滑りながらこちらの方に転がってくる。咄嗟にナイフを手でつかんだ。


「俺のスピードを利用するっつうのは、いいアイディアだがなぁ。そう簡単にいくわけないだろ」

「ぐっ!」


 床に倒れ込んだアルの前に降り立った悪魔が、アルの首を掴んで持ち上げた。私はナイフを構えて、悪魔に向かって走り出す。アルがさっき刺した所ををもう一度刺せば、もっと深い傷を与えられるはずだ。悪魔の腰、アルが刺した場所に目線と全神経を集中する。


 だから、気が付かなかった。悪魔の鋭い尾の先が私に向いていることに。


「だめだ、メリア!」


 ルイドの声で気がついた時には避けようもない。


 っ刺される!


「ぐっ」


 自分のお腹に来るであろう鋭い衝撃を覚悟したとき、横から誰かに突き飛ばされて、床に倒れ込んだ。ハっとして床に倒れ込んだ人の顔を見ると、そこにいたのは茶色の頭。


「レオン……」


 そこにいたのは、顔を涙でぐしゃぐしゃにしたレオンだった。倒れこんだまま気を失っている。レオンが、助けてくれたんだ。

 ぐしゃっと、私の視界が涙でゆがむ。






「うわあ!!なんだこれは!!お前、一体俺に何をしたんだ!?」


 突然、悪魔が叫び声をあげた。その声にハっとしてレオンから視線を外して悪魔の方を見ると、さっきまで首を掴まれていたアルは、呆然と床に座り込んでいた。

 アルの視線を追うと、悪魔の手が、何かおかしい。


「あ、わ…?」


 床に倒れたまま小さく呟くルイドの声。そう、泡だ。よくわからないが、悪魔の手が、腕が泡になって消えていく。


「なんだ、これ!なんなんだ!なんだんだよ!

 くそ、泡、泡、泡消えろ!あああ!!!!!」


 絶叫している悪魔は、泡でなくなっていく右手を左手で覆うとする。でも、今度は左手も泡になって消え始めた。



「いやだ!なくなるな!消えたくない!消えたくない!

 俺はまだまだ人間を喰うんだ!こんなところで消えたくな」



 シュワっという小さな音を立てて。私たちを恐怖に陥れた悪魔は、あっけなく泡になって消えてしまった。








 一体、何が起きたのだろう。突然消え去った恐怖の根源に、理解が追い付かない。


 みんな、無言で悪魔のいた場所を見ていた。



「……はぁ」


 しばらくの間、静寂が当たりを包んでいたが、アルが小さく息を吐く。その息の音が、不思議と止まっていた時を動かした。


 アルはゆっくりと立ち上がり、首に手を当てて具合をたしかめている。そして、ルイドに手を貸して立たせた。そんな様子を眺めていたら、2人で私たちの方に近づいてきた。

 2人は無言で、床に突っ伏して倒れているレオンを仰向けに寝かしなおす。アルは複雑そうな顔で、レオンの顔を見ていた。



「……ばかやろう」


 アルは、また小さく息を吐いて、私に目を向ける。無言で私に手を差し伸べてきたので、私も無言で、その手を取って、足に力を込めて、ゆっくりと立ち上がった。


 立ち上がったはいいものの、みんな、これまでのことが処理しきれていなかった。グルグルといろんなことが頭をよぎって、これからどうしようか、としばらく沈黙が続く。


 私は震えそうになる口元をなんとか抑えて、あえて明るい声で2人に声を掛けた。





「みんな、帰ろう」





 私の言葉に、アルとルイドのこわばっていた顔が少し緩んだ。





「そうだな。帰ろう、俺たちの家に」





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