子爵家の異変④後編 -森の暗闇-
レオンがもしアルを捕まえているとしたら、子爵家で監禁しているとは考えにくい。恐らく別の場所で監禁しているはずだ。それならテレンヌ子爵家から出てきたレオンの後をつければアルを見つけられるかもしれない。
テレンヌ子爵家の前に着くと、私たちは路地裏に身を潜めた。そのまま、言葉を発さずに、レオンが出てくるのをじっと待とうと思ったけど、しばらくするとルイドが小さな声で、こんなことを言い出した。
「メリア、2人でここを見張っていても、もしかしたらレオンは今日出てこないかもしれない」
「えっどうして?」
「レオンは子爵家の下男なんだよね?それなら毎日外に出られるとは限らないよ」
「えっそうなの?じゃあどうすれば?」
レオンが出て来なければ打つ手がない。不安に思ってルイドを見ると、下を向いてうーん、と悩んだルイドは「あ」と小さく声を漏らして、私へ視線を向けた。
「もしアルの散歩中にレオンと偶然会ったんだとしたら、2人の姿を目撃してる人が街にいるかもしれないよね?」
「たしかに!じゃあ私聞き込みしてくる!あっでも、もしもレオンが現れたら?」
「僕が見張っておく。もしレオンが現れたら僕が後をつけるよ。ただ……」
ルイドが言うことによると、昨日からのアルの失踪にレオンが関わっているとしたら、昨日の日が明るいうちにアルと会って監禁し、アルに書かせた手紙を今日の朝、私に届けたことになる。下男がその時間ずっと外に出ているとなると休みをもらっていたはず。昨日に引き続き今日も休みをもらえるということは考えられないということだった。
「何か用を申しつけられたら出てくることもあるかもしれないけど、そうじゃなければ今日は現れないかもしれない」
「なるほど。じゃあとりあえず私が聞き込みをして情報を得られれば、レオンの後をつけなくてもアルを見つけられる可能性もあるかもしれないよね?じゃあ行ってくる!」
「ちょっと待った!」
「え?なに?」
アルの監禁場所につながる情報を得ても、勝手に1人でそこに行かないように!とルイドに念を押される。…ルイドに言われなければ、たしかに1人で行ってたかも。
私は神妙な面持ちで、その言葉に頷いた。それでも、ルイドはそんな私を見て「約束だからね、1人で行ったらアルも怒るよ、絶対」とさらに言葉を重ねてきた。…私ってそんなに信用ないの?
ちょっと不貞腐れつつルイドをその場に残し、アルのいつもの散歩ルートを歩きながら聞き込みをすることにした。
「私とそっくりな男の子を昨日見ませんでしたか?こんな感じの」
2つに結んだ髪を解き、1つに結んだ自分の顔を指さして道ゆく人に尋ねるが、みんな首を横に振るばかり。30人以上に声を掛けてもアルの目撃情報が出なかった。
そう簡単に目撃情報なんて出ないってわかっていたけど、なんの手がかりも得られなくて、気持ちが沈んでいく。焦る心を何とか落ち着けようとぎゅっと目をつむって、スーハーと深呼吸をしていたら、クイっと袖口を引っ張られた。
「メリアねえちゃん!どうしたの?アルにいちゃんみたいな髪!」
目を開けて声の主を見ると、そこにいたのは私の小さい友達、ジョンだった。ジョンはたまに探し物を手伝ってくれる子で、たしか私よりも3、4歳下。親御さんがいないから、いろんなところでお手伝いしてお金を稼いでいるのだ。だからこそ、いろんな情報を知っていたりして、意外な情報通だったりする。
「ジョン!ねえジョンは昨日アルをこの辺りで見なかった?」
「アルにいちゃんを?見た見た!なんか男の人と一緒にあっちの方に歩いて行ったよ」
ジョンの指差す方に目を向けると、郊外の方角だった。
「えっあっち?」
「うん。アルにいちゃんは果物入った袋抱えてて、もう1人の男の人はワインを腕で抱えてた」
「果物とワイン?ねえ、その男の人ってどんな人だったか覚えてる?」
「うん!えっとね、」
ジョンが語った特徴は、アルより少し背が高く、髪は焦茶で肩までの長さ、仲が良さそうに会話をしながら歩いていたという。その特徴はレオンの特徴と合致していた。
ジョンにお礼を言って別れると、2人が抱えていたという果物とワインの購入した店を探した。
「ああ、その2人なら昨日来たよ」
「ほんとですか⁈」
何軒目かで果物を購入した店を見つけ出す事ができた。店主によると、レオンとは顔見知りでよくこの店で果物を買っていくらしい。
「子爵家の買い出しですか?」
「いいや、森の偏屈爺さんのための買い出しだよ」
どうやらレオンは森に住むおじいさんのために時々、このお店で果物を買って持って行ってあげているらしい。昨日はその買い出しにアルも付き合っていたということだった。
店主の言う森の場所は、ジョンの指差した郊外の方角とも一致する。買い出しを届けた先で何かあったのかもしれない。
今すぐ森に向かいたいけど、ルイドの言い付けが頭をよぎる。…後ろ髪をひかれながらテレンヌ子爵家の近くまで戻る頃には、空が少しずつ暗くなってきていた。
「……なるほど。その森で何かあったのかもしれないね。ただ、あの森を僕たちだけでアルを探して入るのは危険だ。森の地理を知らなすぎるよ」
「じゃあやっぱり、レオンが出てくるのを待つしかないね…」
せっかく手掛かりがつかめたのに。こうしている間にもアルの身に何かあったら……。
「とりあえず今日はもう日が暮れる。下男が日が暮れてから屋敷を出ることはないだろう。今日のところは僕たちも家に帰ろう。また明日、朝からテレンヌ子爵家を見張ろう」
「……」
「メリア?焦る気持ちはわかるけど、今日はこれ以上何もできないよ。だから今日は帰ろう。明日迎えにいくよ」
「…うん」
「よかった。じゃあ家まで送るよ」
そのままルイドは私を家まで送ってくれた。ルイドだって商会の下働きという立場で休み辛いはずなのに、明日も休みを取ってくれているというのだ。その気持ちがありがたいのと同時に、ひどく申し訳なかった。
「じゃあメリア、おやすみ!ご飯をしっかり食べて寝るんだよ」
「うん、ありがとう。ルイドも気をつけて帰ってね。本当にありがとう、おやすみなさい」
「おやすみメリア」
ルイドと別れて家に入った私は籠に残っていたパンを掴み噛みちぎった。今ここで私が倒れるわけにはいかない。動くためには食べなければ。
もそもそとパンを食べ終わると服を着替え、鞄を取り出す。ロウソクとマッチを入れると、アルのランタンにロウソクを立てた。ふう…と息を吐いて、また玄関の扉を開ける。
家を出た私が向かったのは他でもない。ランタン持ち組合である。
「こんばんは。今日明日の仕事を確認に来ました」
「やあアル!今日は少し遅かったな」
出迎えてくれたのは受付のお兄さんだ。私が会うのは今日が初めてである。
「すみません」
あんまり喋ると絶対にボロが出る。極力短く喋ることにする。
「いいや、アルの今日明日の予定は……見回りだな」
「ありがとうございます。行ってきます」
お兄さんに見送られて見回りに出る。こうすれば堂々と夜にテレンヌ子爵家の周辺をうろつくことができる。ルイドはああ言ってたけど、下男が夜に出かけないとも限らない。
組合を出ると、外は薄暗くなってきていた。マッチを擦ってランタンのロウソクに火を灯すとテレンヌ子爵家に向かって歩き出した。途中、すれ違うランタン持ちたちにぺこりと頭を下げながら歩く。
こういうのは堂々としていた方がバレないものだ。今まで13回、アルのふりをしてランタン持ちの見回りをした事がある。熱を出しながらも仕事に穴を開ける事を心配していたアルに薬を飲ませて寝かしつけてから、こっそり見回りをした。
もちろん、そのことはアルに13回ともバレてしこたま怒られた。でも、今回その経験が生きた。あの時そんな行動を取らなければ、今回、こうやって夜も子爵家を見守ろうなんてアイデア浮かばなかったはずである。
そんな事を考えながら歩いていると子爵家の前についた。ちらりと門番に目をやる。どっちがアルを無視したクソやろうなんだろう。わかったら石でもくれてやるのに。だが今は我慢のとき。ここで事を起こせば全て水の泡だ。
見回りらしく辺りをキョロキョロしながら何食わぬ顔で門番の前を通り過ぎる。そうして周囲をうろつきながらレオンが出てこないか目を光らせていた。
何度目かの門番との遭遇を果たしながら、レオンを見逃さないように注意を払っていたら、門番たちが小さな声でささやきあっているのが耳に入る。いったい何の話をしているのかと、少し注意を向けたら、何かごにょごにょと確認しているようだった。
聞こうと思って注意を向ければ、不思議と言葉が聞こえるものだ。耳をすませたら、門番のごにょごにょがしっかりと聞き取れた。
「そういえば、そろそろだよな?」
「ああ、2日後だ」
2日後?何のことだろう?不思議には思ったが、ここにとどまっては怪しまれるので、またキョロキョロしながらその場を離れた。
※※※
……そして、私の文字通り身体を張った頑張りは見事に空振りに終わり、結局レオンが現れないまま、空が白み始めた。家に一度帰らなければ、迎えに来るルイドに色々つっこまれてしまう。
そうして見回りを終えて家に戻るころには、2日間の徹夜で目はギンギン。少し頭がくらくらしていた。それでも、急いで服を着替える。そして水をごくごく飲んでいる最中、ルイドが家に迎えにきた。
「どうしたんだメリア!!ひどい顔だ……もしかしてまた眠れなかったの?
……今日こそアルを見つけないと」
まあアルが心配で眠れなかったのは間違ってない。一体どんな酷い顔をしているのか、乙女としては気にはなるが、今はそんなことよりもテレンヌ子爵家に向かう方が大事だ。
ルイドと共にテレンヌ子爵家に向かい、子爵家の見張りを続けていると、待ちに待ったその時が来た。昼過ぎ頃にレオンが姿を現したのだ。逸る気持ちを抑えてレオンの後を追う。
バレないように距離を置きながら、でも見失わないように気を付けながら、ルイドと一緒に慎重についていった。
レオンはパン屋でパンを購入すると、やはり森の方へ歩いていく。
レオンと距離を保ちながら後をつけていくと、やはりレオンは迷うそぶりもなく森へ入っていった。ここで見失ってはおしまいだ。森の中は薄暗いから、あまり距離をあけていると見失ってしまう。地面に落ちている葉っぱや木の枝を踏みつつも、なるべく音を立てないように気をつけながら、見失わないように、少しレオンと距離を詰めながら、森の中を進んでいった。
しばらくすると急に開けた場所に出た。レオンはそこにポツンと建っている小屋の中に入っていく。…あそこにアルがいる!
すぐに中を確認しに近づこうとすると、ルイドに止められてしまった。
「なんで?中を確認しないと!」
「無闇に近づくのは危険だよ!まずはこの場所を警察に知らせた方がいい!」
「そんなの待ってられないよ!」
ルイドと押し問答をしていると、突如頭の中に声が響いた。
〈メリア!俺だ!聞こえるか?〉
〈アル⁈アルそこにいるの?生きてたんだね……よかった!〉
〈心配かけてすまない。警察はそこにいるか?〉
〈警察……あいつらは信じてくれなかった〉
〈くそっ、じゃあエクソシストを連れてきてたりしないか?〉
〈エクソシスト?そんなの連れてくるわけないでしょ!〉
〈じゃあお前1人かよ!〉
〈1人じゃない!ルイドもいる!〉
〈ルイド?何の役に立つんだよ!〉
〈失礼ね!どれだけルイドがアルのことを心配していたか!〉
〈いやそれはありがたいけどそうじゃなくて!エクソシストを連れて来てくれ!〉
〈なんでエクソシストが必要なの!?〉
「メ、メリア?アル小屋にいるんだよね?なんて言ってるの?2人で何話してるの?」
黙って見守ってくれていたルイドが痺れを切らしたようで声をかけてきた。
「今けんか中」
「けんか中⁈いやそんな事してる場合じゃないよね?」
「本当にそうよね。一体何をしているのかしら?こんな所で」
背後から声が聞こえたと思った瞬間、振り向く間もなく、何かに思いっきり突き飛ばされた。
「いたっ!」
「ぐっ!」
ひどい痛みが身体中を駆け巡る。どうやら床に打ち付けられたらしい。床?どうして外にいた私が床の上に?と混乱していると。
「メリア!!」
アルの声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには手を縄で縛られているアルがいた。