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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
事実は流言より奇なるもの
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夢見る女の子④



 翌日、ロッド伯爵家の客間。

 この場に揃った全ての者が、扉から現れる人物を今か今かと待ち構えていた。


 静寂の中、楽しげな声が扉の外から聞こえてくる。


 いよいよ、決行の時が来た。


 待ち望んだ人物の到着を知らせるノックの音が部屋に響く。

 扉が開かれると、頬を薔薇色に染めた可愛らしい少女が満面の笑みで部屋に飛び込むように入ってきた。


「今日はお招きありがとうございます!!」


 満面の笑みで言葉を発した少女は、部屋にいるある人物の姿を見ると口をあんぐり開けて驚いたように一瞬だけ固まった。


 次の瞬間、我に返ったようにハッとした表情を浮かべるや否や脱兎の如く部屋から逃げ出そうとしたが、扉はしっかり閉じられている。


「逃げるなアビー!!」

「なんでルイド兄がいるのよ!」


 ルイドとアビーちゃんが向き合い言い争いを始めた。


「やっぱりアビーなんだな?心配したんだぞ」

「何よ心配って!どう言うことなの?!何が起きてるのよ!!今日私は婚約者候補のイケメンを伯爵から紹介してもらえるって聞いてたのになんでルイド兄がいるの?この人たちは何なの?!」


 狼狽えるアビーちゃんをよそに、サーシャ嬢(見た目はアビーちゃん)の元へ歩み寄り、涙ぐみながら言葉を交わすパーストン親子とサーシャ嬢の姿に込み上げるものがあった。


 パーストン子爵夫妻は、娘全く異なる見た目にも関わらず、その表情や仕草からすぐにアビーちゃんの中にいるのが娘だと確信したようだ。


 親子の絆を羨ましく思いながら、先程から言い争いを続けているルイドとアビーちゃんに目をやると、突然アビーちゃんが何かに気がついたように固まった。


「……あれ?ここって本の中の世界のはずだよね?なんでルイド兄が本の中にいるの?」

「…本?その本について詳しくお聞かせください」


 本という言葉を聞いて身を乗り出したのはリリウムさんだった。


 リリウムさんの有無を言わせぬ雰囲気にたじたじになってしまったアビーちゃんの話によると、今から2ヶ月前くらいに自室の机である本を見つけたという。両親からのサプライズプレゼントだと大喜びで開いたその本には、貴族令嬢の煌びやかな世界が描かれていた。

 その絵本にすっかり夢中になっていたある日、目が覚めると本の内容に家族構成も見た目もそっくりな貴族令嬢に自分がなっていた。そのため自分は本の世界に入ったのだ、と思い込んでいたようだった。


「ここは現実世界だ!アビーは悪魔に利用されてるだけなんだ!」

「現実?悪魔?えっえっ?」


 ルイドの言葉に動揺するアビーちゃんに、リリウムさんが静かな、しかし威厳のある声で説明をする。


 ルイドの言うように、ここは現実世界であって絵本の世界ではない。

 アビーちゃんとサーシャ嬢の2人には悪魔が関与した痕跡があり、この入れ替わりは悪魔の仕業で間違いない。

 魂が入れ替わった状態で、肉体と魂が異なる物に入っているこの状態は非常に危険であり、すぐに元に戻す必要がある。


 リリウムさんの話を聞きながらどんどん青ざめていくアビーちゃん。

 サーシャ嬢には両親がついているから私がもう側にいなくても大丈夫そうだ、と判断してアビーちゃんの元へ駆け寄り今にも倒れそうなアビーちゃんの肩を支える。


 本当はこの場で一番知った仲のルイドが適役だと思うが、中身はアビーちゃんでも外見はサーシャ嬢だ。ルイドが彼女の肩を支えるのはあまり良くないように感じた。


 肩をそっと支えると、身体が小刻みに震えていた。絵本の世界に入れたと思っていた夢見る10歳の少女に突きつけられた"悪魔の仕業"というあまりにも辛い現実。どんなに怖いことだろうか。


 先程までルイドと口喧嘩していた様子と打って変わり言葉もうまく発せなくなってしまったアビーちゃんに話しかける。


「アビーちゃん、大丈夫だよ!リリウムさんはすごいエクソシストなんだよ!私悪魔に苦しめられている子供をリリウムさんが助けるところを見たことがあるの!リリウムさんの言うことをちゃんと聞けばアビーちゃんも助けてもらえるよ!」

「……本当?私助かるの?死んだりしない?」

「うん!死んだりしないよ!そうならないためにリリウムさんっていうすごいエクソシストが来てくれたんだもん。だから今からリリウムさんに言われた通りにできる?」

「うん、なんでもやるから助けて!!」


 リリウムさんを見ると任せろ、と言わんばかりに力強く頷いてくれた。


 すぐさまリリウムさんの指示でアビーちゃんとサーシャ嬢の2人を床に隣同士で寝かせると、リリウムさんが聖書と十字架を持ち、言葉を紡ぎ出した。


 徐々に2人が光に包まれる。温かい春の陽だまりのような優しい光だ。


 リリウムさんの凛とした神々しさすら感じる声と温かい光が徐々に強く大きくなっていく。


 今、まさにこの瞬間に入れ替わった魂が戻ろうとしている。その非現実的な光景に鳥肌が立つ。


 部屋にいる者達はみんな黙ってその光景を見ていた。部屋に響くのはリリウムさんの声だけ。一言も声を出してはいけないどころか、息をすることさえも憚られる、そんな光景だった。


 やがてリリウムさんが言葉を止めると2人を包んだ光が消えていく。


 シン、と静まり返った部屋。

 リリウムさんはこの場にいる私達の頭に浮かぶ疑問へ確かな声で答えた。


「もう大丈夫です。起こして差し上げてください」


 リリウムさんの声に、ルイドと私とアルはアビーちゃんの元へ、パーストン子爵夫妻はサーシャ嬢の元へ駆け寄る。


「アビー、アビー!!」


 ルイドがアビーちゃんの肩を揺すりながら声をかけると、ぎゅっと目を窄めたアビーちゃんが何回か瞬きをして目を開けた。


「アビー?」


 ルイドが確認するように声をかけると、ジッとルイドを見つめていたアビーちゃんがバッと起き上がり自分の手や足を確認し始めた。


 そうだ鏡!!

 この部屋に鏡はないかと部屋をキョロキョロと見渡していると、ずっと静かに事の成り行きを見守っていたロッド伯爵からの指示を受けたのか、サーバンさんがサッとアビーちゃんの前に鏡が差し出した。


 サーバンさんから鏡を受け取ったアビーちゃんは鏡に映る自分の姿を確認して顔をくしゃくしゃにして「よかったー!!」と安堵の声を上げた。


 隣では無事元の身体に戻れたサーシャ嬢とパーストン子爵夫妻が泣きながら抱きしめ合っている。


 無事に2人は元の姿に戻ることができたのだ。ほっと胸を撫で下ろしていると、リリウムさんが腰を落とし口を開いた。


「アビーさん、先程おっしゃっていた本が今どこにあるかわかりますか?」

「本?あの本ならマリーが」

「マリー?」


 マリーというのはパーストン子爵家のサーシャ嬢付きのメイドのことだった。

 不思議なことに、入れ替わった時にはアビーちゃんのいた部屋からサーシャ嬢の部屋へと本が移動していたというのだ。そのことからも本から不思議な力を感じて持ち歩いていたという。

 ただ、今回は一応婚約者候補との顔合わせという名目のため、本を抱えて現れるわけにはいかないとアビーちゃんなりに考えたようで、メイドのマリーに預けているという。


 別室に待機していたマリーが直ちにこの場に呼ばれ、彼女から本を受け取ったリリウムさんはその本を焼却処分するといった。


「やはり、この本に悪魔の痕跡が残っています。この本を媒体にして彼女達の魂を入れ替えたのでしょう」

「一体何のためにこんなことを…」


 パーストン子爵の言葉にリリウムさんは眉間に皺を寄せると首を横に振った。


「悪魔の意図はわかりません。ただ、悪魔は色々な人を色々な手を使って誘惑します。この本もそうなのでしょう。本にあこがれを抱いた女子たち遊ぶ……悪趣味なことですが、それこそが悪魔の悪魔たる所以なのでしょう」


 夢見がちな平民の少女が悪魔に目を点けられ、そんな少女が憧れそうな相手としてパーストン子爵令嬢に白羽の矢が立った。

 その悪魔の能力の発動条件のようなものだったのだろうか?現実にいる子爵令嬢のありのままの姿を物語にし、少女の部屋へ本を置いた。そして『こうなりたい』と物語の人物への憧れを強く抱いた時、入れ替わりが起こるいう仕組みだったのだろう、と「全て憶測でしかありませんがね」という言葉と共にリリウムさんが説明してくれた。


「皆さんも、悪魔に魅入られないようにお気を付けください」


 私達一人一人の顔を見ながらリリウムさんはそう言うと、アビーちゃんとサーシャ嬢に十字架を渡した。


「一度悪魔に目をつけられていますからね。この十字架をいついかなる時も手放さないようにしてください」


 そうでないと、悪魔にとって"利用しやすい人間"と認識されてまた何かに巻き込まれる可能性が高いのだという。


 十字架を受け取った2人は真剣にリリウムさんの話を聞きながら、不安気にぎゅっと両手で十字架を握りしめていた。



※※※



 あれからしばらく経った頃、サーシャ嬢から私とアル宛に可愛らしい封筒に入った手紙が届いた。


 手紙には、入れ替わり事件をきっかけに交流することになったルイドの家とパーストン子爵家のことが少し書かれていた。

 入れ替わった時にサーシャ嬢からは身体が元々弱く、そのため10歳になった現在も婚約者がいないという話は聞いていた。

 しかし今回の事件で知り合ったルイドの商家から体調改善の漢方を融通してもらったことで徐々に寝込むことが減ってきており、先日ついに婚約を結ぶことができたそうだ。


 喜びが伝わる文面に思わずアルと顔を見合わせて微笑みあった。



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