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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
事実は流言より奇なるもの
32/36

二兎追うもの② -釣り合い-



「は?俺?」

「ああ」


 こいつの狙いは俺だった?なぜ俺を?一体何の目的で……。

 それにあの奇妙な生き物。変態男が消えたと思ったら現れた生き物の羽、レオンに取り憑いた悪魔の羽に似ているような……。


 まさかコイツ、何かの怪異か?

 俺は今まで怪異を2体消している。その敵討ちのつもりで俺を?


「あ、あなた誰?なんでアルを狙うの?」


 思考を巡らせていた俺の代わりに、メリアが問いかける。

 すると、男は艶っぽく微笑みながら薄く口を開いた。その目は、俺の姿をしっかりと映したまま、外れない。


「ああ、私としたことが…自己紹介がまだだったね。


 私はノックス・ルネ・ロッド。以後お見知り置きを」


 男は妖艶に微笑みながら優雅な所作で左手を横に広げ、右腕を胸の下辺りで曲げながら右足を軽く後ろに引いた。


 まさかこの男……。


 俺が答えに辿り着いたところで、男の肩に止まっていた生き物が妙な羽をバッと広げた。


「頭が高い!!このお方は古の血を引く誇り高き一族の末裔。ロッド伯爵、その人であります!!」

「しゃべった!」

「当たり前です!!」


 驚いて声を上げたメリアに偉そうに胸を張って答える謎の生き物。

 やはり、先ほどの動作は"ボウ・アンド・スクレープ。貴族の男性が行う、伝統的なお辞儀だ。貴族階級だということは、その動作や服装でわかっていたが、どうやら伯爵だったようだ。


 いやそこも気になるが、"古の血を引く誇り高き一族の末裔"とは?


「その伯爵様が、私に何のご用で?」


 俺より頭2つほど大きい伯爵を見上げるように尋ねる。すると、伯爵はにっこりと俺に笑いかけた。


「少し、血を貰えたらと思ってね」

「「血!?」」


 "古の血を引く誇り高き一族"

 "血を欲するもの"


 その2つの事実がお父さんの言葉を思い起こさせる。



 蝙蝠を従え、血を飲み、生きながらえる一族。その名は……。



「……ヴァンパイア」



 絞り出すように、俺がその名を口に出す。

 俺の言葉を聞いた伯爵は、「ご名答」と心底楽しそうに口角に上げた。肩に乗っている生き物は誇らしげに胸を張っている。


 まさか、ヴァンパイアが人間社会に溶け込んでいるとは……。それも、伯爵位を持って!


「ヴァンパイア?ヴァンパイアって…あのヴァンパイア!?美女の血を飲むっていう…」


 驚いたように声を上げるメリア。たしかに、ヴァンパイアにはそんなイメージがある。

 伯爵は苦笑して、メリアに答えた。


「その認識で合っているよ。…と言っても、私が好んで飲むのは、美女の血ではないけどね」

「じゃあ、どんな血を飲むんですか?」


 気になるのか、少し前のめりになったメリアを腕で押して下がらせる。こいつには、夢中になると注意がおろそかになる癖がある。


「シンメトリーだね」

「しんめとりー?」


 「ああ」と言って伯爵が続けるには、伯爵はヴァンパイアといっても、ハーフだという。

 ハーフであるため、血を毎日飲まないといけないというわけではないのだが、嗜好程度に時々血を飲みたくなるらしい。

 その対象は"シンメトリー"な人物で、そこに男女は関係ないと。


「シンメトリーの血は格別だからね。正しく嗜好品なんだ

 つい先日、アル君を見かけて。ああ、美味しそうだなぁ…と」


 恍惚とした表情で言う伯爵。

 伯爵が続けるには、先日たまたま俺がランタン持ちの付き添いをしていたとき、別のランタン持ちに付き添われ移動をしていた伯爵とすれ違ったと。そのとき、俺の顔が伯爵曰く"シンメトリー"だと気がついたらしい。

 せっかくみつけた"シンメトリー"を逃す手はないと、使い魔に命じて俺の動向を探り、接触の機会を持とうとしていた。


「アル君の家まで付けてきたまではよかったが、その後出てきたメリアちゃんをアルくんと間違えたらしい。

 ……まさか双子だとはね」

「申し訳ありません」


 謎の生き物改め蝙蝠の使い魔は、申し訳なさそうに頭を下げている。


「あの、俺…私とメリアは同じ顔ですよね?それならメリアの血も?」


 俺とメリアは正真正銘の双子。顔はそっくりだ。警戒しながら伯爵に問いかけると、伯爵はメリアをジッと見つめたかと思うと「うーん」と困った表情を浮かべる。


「惜しいなあ。メリアちゃんは右耳に黒子があるからね、

 完璧なシンメトリーじゃないんだよね」


 そういえばメリアは右耳に黒子があったな。伯爵は、さらに続けて「うん、少し骨格も違うなぁ……もったいない」とぶつぶつ言っている。率直に言ってドン引きだ。

 メリアを見ると、なぜかちょっと複雑そうな顔をしていたが、ハッと何か思い出したように伯爵を見て、俺を庇うように前に出ようとした。後ろから出ないように抑えようとしたが、メリアは強引に俺の前に躍り出て、バッと腕を広げて俺を後ろにかばうようにする。


「アルの血は飲ませません!伯爵様といっても、血を飲ませろと命令することはできないはずです!」


 勇ましくそう言ったが、メリアの手は小刻みに震えている。まだ餌として狙われている俺が前に出た方が、メリアは逃げられるんじゃないか。

 そう思い、メリアの前に出ようとしたら、伯爵はうっそりと笑った。


「ふふふ…いいね。そういうの嫌いじゃないなあ…。

 私も、命令する気はないよ。無理に奪う気もない」


 そう言う伯爵だが、その赤い瞳は爛々と輝いている。ぞわわっと背中に何かが走った。


「アル君、君がいいと言ってくれるのを気長に待とう」

「…そんな日は来ませんよ」

「さあて、どうかな?」


 伯爵は意味ありげにニヤリと口角を上げる。その余裕を持った仕草で、俺はさらに警戒を強めた。


「まあ、今回はこれで引こう。


 じゃあまたね、アル君。それから、メリアちゃん」

 

 そう言うと伯爵は俺たちに背を向け、路地裏から表通りへと歩みを進める。その後ろ姿が見えなくなるまで、俺とメリアはその場から動けなかった。



※※※



 ヴァンパイアに血を狙われてはいるものの、とりあえずメリアの付き纏いは解決した。そう結論付けた俺たちは、ゆっくりと夜に眠って心を落ち着かせた。

 メリアはこの付きまといが原因で最近、うまく寝れていなかったらしく、久しぶりにぐっすり寝れそう…と言っていた。たしかに、布団に入った途端、すぐに寝たので、ずっと気が張っていたのだろう。

 メリアの寝顔を見ながら、そんなことを思いつつ俺も眠りについた翌朝。

 気持ちよく起床し、寝室のドアを開ける。


 そして、俺は目の前の光景に愕然とした。


「アル、おはよう!」

「やあアル君。ヴァンパイアの私より、君はよく寝るんだね」

「な、なんで……なんでここにいるんですか!」


 メリアと向かい合うように腰掛ける美丈夫。昨日遭遇したヴァンパイアは、おそらく持参したであろう飲み物を、人間に化けた使い魔に注がせている。

 あの一角だけが、まるで貴族の屋敷での出来事のようで、この家にはあまりにも不釣り合いな光景だ。


 なぜここに!?どうやって入ったんだ!?


「あのね、これ!

ほら、怖い思いをさせたお詫びにって持ってきてくださったの!」


 立ち上がったメリアが「ジャーン!!」と持ってきた箱の中を見れば、色とりどりの高級そうなお菓子がぎっしり詰まっている。

 こいつ、買収されやがったな。下手人はメリアだったようだ。


「あっ安心して!もちろんアルの血は飲ませないし、伯爵様も無理に飲むことは絶対しないって約束してくださったから!

ねー」

「ねー」


 と息ぴったりに和やかに微笑み合うメリアと伯爵。


「使い魔のサーバンさんもね、改めてしっかり謝ってくれたの」

「はい、ご主人様のご命令とはいえ、怖い思いをさせてしまいましたから

 アル様も、紅茶はいかがです?」


 俺は一体、何を見ているんだ?


 和気藹々と、和やかに談笑する3人(?)の姿に、気が遠くなる。紅茶のいい香りが鼻を通って、これまでの日常が崩れたことを、俺は悟らざるをえなかった。








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