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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
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消えた子ども⑤ -親心-



 メリアが犯人と対峙していた頃、俺とバーベナ姉さんはパリ港の船着場にいた。


 ローラス警官から受け取った書類とランタン持ちの資格証を見せ「東洋商人の積み荷を確認したい」というと、すぐに乗組員が東洋商人の積み荷が置いてある場所まで案内してくれた。

 乗組員によると、この船に乗る東洋商人はひとりだけなので、特定できるとのこと。複数の東洋商人が乗り合わせていたら、たくさんの積み荷を確認しなくちゃいけなかった。そういうところは運がよかったと思うしかない。


 乗組員に続いて入った船の荷物置き部屋は色んな積み荷が雑多に置かれていて、木材や布、埃などが混じったような独特の匂いがしていた。

 商人ごとにある程度スペースが決められているそうで、乗組員は「東洋商人……東洋商人……」と呟きながらメモを捲ってリストを確認している。リストで番号が振られていて、その番号が書かれた荷物置き部屋の配置図と照合するらしい。


「うん、東洋商人はここだな」

「ありがとうございます!」

「さっそく、積み荷をあけましょう、アルくん」


 バーベナ姉さんに頷き返し、たくさんの積み荷の前で腕まくりをしようとしたところ、「ああ、ちょっと待ってくれ」と乗組員に止められた。「貴重なものだから取り扱いに注意して欲しい」と伝えられていた積み荷があるらしい。


「何を探しているのかは知らんが、警察も出張ってくるようなもんなら、盗品とかか?

 それなら、例の貴重なものが盗品なんじゃないか?」


 そう言いながら乗組員はぺらりとメモをめくり、「赤い札が付いてるやつが貴重品らしい」と言う。バーベナ姉さんと一緒に、雑多に置かれた積み荷を見てみると、バーベナ姉さんの方に、赤い札が貼られた木箱が見つかった。


「これだわ」

「…封はされてない。よし、開けよう」


 慎重に木箱の蓋を開けると、布が敷かれた箱の中に、小さな身体を折り曲げるようにして眠らされている女の子がいた。


「エマちゃん!!」


 バーベナ姉さんが慌てて箱から抱き上げ、息をしているか口元や鼻に手を当て確認する間にも、「女の子が出てきたぞ!!」と案内してくれた乗組員が叫び、その声が聞こえたらしい乗組員たちの「何があった!?」という声で俺たちの周りも騒がしくなった。


「よかった!!生きてるわ!本当によかった!!」


 そう言ってエマちゃんの頭を抱きしめながら、ポロポロと涙を流すバーベナ姉さん。俺も、小さく息をしているエマちゃんの様子に、ホッと胸を撫で下ろす。


「警察を呼んでください。誘拐事件の被害者が見つかりました」


 そう乗組員に伝えると、1人の乗組員が「わかった!」とバタバタ慌ただしく走り去って行った。



※※※



 駆けつけた警官にローラス警官から受け取った書類を見せ、事情を説明すると一緒に警官の詰め所に向かうことになった。


 警察に着く頃には、他の警官伝手にエマちゃん発見の報告を受けたらしいサラさんが、出入り口の前で待ち構えていた。俺たちがサラさんの姿を認識したのと同時に、こちらによろけながらも駆け寄ってくる。


「エマ!!エマ!!ああよかった!!」


 警官からエマちゃんを受け取ると、サラさんは涙をボロボロと流しながらその場に座り込む。サラさんの傍にしゃがみこんだ警官が心配そうに「まだ意識が戻っていないので、病院へ行きましょう」と言う。

 ぐずぐずと鼻をすすりながらコクコクと頷いているサラさんだが、安心して腰が抜けてしまったらしい。立ち上がることができず、そのままエマちゃんを抱きしめ、座り込んで泣き続けている。


 その様子に俺もバーベナ姉さんも貰い泣きしてしまったのだが、ちょうどそのとき「ほら!さっさと歩け!!」と言う聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。

ふと目線をそちらに向けると、ローラス警官が、腰に縄をつけて手を後ろに回した異国の服装を着た男(おそらくこいつが東洋商人だろう)を引きずるようにしながらに連行している。そして、その後ろから何かの荷物を抱えて歩いているメリアの姿が目に入った。


「メリア!!」


 俺が思わず声を上げると、メリアも俺に気がついたようでパッとこちらに目を向け、俺に気がつくとホッとしたように表情を和らげた。


「ローラス!」

「そいつが犯人か?」


 そう言いながら他の警官がローラス警官の元に駆けつけると、2名が東洋商人と思われる男の両脇を抱え、1名がメリアと何か言葉を交わし荷物を受け取る。そうして詰め所の中に入っていこうとしたが、サラさんたちの傍を通った男が、「○○!!○○○!!」と異国の言葉を叫びながら暴れ出した。たぶん、エマちゃんがいることに反応したんだろう。さらに駆けつけた警官達に囲まれるようにして連行されて行った。


 それを見送っていると、メリアがこちらに駆け寄ってくる。メリアはエマちゃんとサラさんへ目を向け「よかったー!」と笑った。


「無事にエマちゃん、見つかったんだね!」

「ああ、そっちも無事犯人を捕まえられたみたいでよかった……。

 いや、それはよかったが、いきなりローラス警官を追いかけて行ったから、驚いただろ!どこか怪我とかはしなかったか?」

「うん!ほら!」


 そう言いながらメリアは両腕を広げクルッと一回転した。どこもかしこも汗でびっしょりだ。


「エマちゃんはやっぱり積み荷の中に?」

「ああ。そっちは?」

「それがね、大変だったんだよ……!」


 メリアは全力でローラス警官を追いかけたときの様子や、追いついた先で遭遇した犯人との緊迫した対峙の瞬間、そしてローラス警官が駆けつけ、ローラス警官が発したハッタリ(すでにエマちゃんは救出したと言ったらしい)に逆上した犯人がローラス警官に襲いかかったときの様子について身振り手振りを交えながら教えてくれた。


「…でね、こうやってバーン!!ってして、ドサってなって、グッてやって、あああ!!!ってなって!」

「…うん、うん」


 興奮しすぎて最後の方はよくわからなかったが、とりあえずローラス警官が逆上した犯人を捻り伏せ、無事拘束して連行できたことは伝わった。メリアが持っていたのは東洋商人が逃げ出すときに持っていた荷物だったらしい。


「エマ!ママだよ!エマ!わかる!?」


 サラさんの一際大きい、驚いたような上擦った声に目を向けると、エマちゃんが目を開けていた。そして「?ママ……ママ?」と徐々に意識がはっきりしてきたのか、サラさんに気がついたエマちゃんが、声を上げて泣き出した。


「こわかったぁ…ママぁ!」

「エマ!もう大丈夫よ!!もう大丈夫だからね……」


 ぐったりとしているエマちゃんを強く抱きしめているサラさんと、ようやく安心できる母親の腕の中に戻れたエマちゃんが2人で泣いている。

 そんな様子を優しく見守っていたバーベナ姉さん。俺たちも一緒に母子の様子を見ていたが、ふとバーベナ姉さんが俺たちの方に目を向け、「ありがとう」と小さく囁いた。目に涙を浮かべているバーベナ姉さんは、今のこの空気を壊したくないのだろう。

 俺も声を出さずにコクンと首を軽く縦に振るだけにとどめた。そして、メリアを見るとバチっと目が合い、どちらからともなくフッと頬を緩ませる。


 空を見上げると、もう茜色に染まり始めていた。もうそろそろ黄昏時になる。俺たちはというと、走り回り、汗まみれで服もぐしょぐしょ。気持ち悪いことこの上ないが、それを上回るほどの清々しい気分を感じる。

 戻ってきたローラス警官に後日事情聴取を受けることを約束し、その場を後にした。



※※※



 後日、事情聴取もしっかりと受けて、しばらく日にちが過ぎたころ。事件があった日に商会の仕事でパリにいなかったルイドにその話をすると、当然驚かれた。エマちゃんは病院で診察を受けて、無事に家に帰れたそうだ。ポールくんと一緒に、今はサラさんと3人で療養している、とバーベナ姉さんから聞いた後日談も合わせて語り終える。


 聞き終えたルイドは「大変だったんだね…」と俺たちを労わってくれた。

 "赤い封筒"という東洋の伝承についてはルイドも商人から聞いていて知っていたという。「赤い封筒以外にも、色んな地域で色んな伝承があるんだよ」といくつか伝承を簡単に話してくれた。俺もメリアも知らない話ばかりなので、興味深くルイドの話に聞き入っていたが、ふと言葉を途切れさせたルイドは、首を傾げる。


「……それにしても、おかしいな。僕が知っている伝承は、男の人限定だったはずなんだけど」

「男の人限定?どういうこと?」


 ポカンとしてルイドに尋ねるメリア同様、どういうことだと身を乗り出し聞く姿勢をとる。ルイドは頬をぽりぽりとかき、思い出すように宙へ視線を送った。


「うーん、"赤い封筒"はね、死んだ女の子のための伝承だから、連れ去られるのは男の人に限られているんだって聞いてたんだけどなあ……。

 今回連れ去られたの、女の子だったんだよね?不思議だなって」

「そうなの?でもローラス警官も、犯人はその伝承に従ったって自白したって言ってたよね?」

「ああ」


 ローラス警官に聞いたところ、犯人の男は最近になって一人息子を亡くしていた。そしてその息子は、犯人がお土産に持って帰ったフランス人形をいたく気に入り大事にしていたらしい。

 だからこそ、フランス人の女の子と息子を冥婚させようとした、と。


「…愛する息子を失ったあまり、伝承を捻じ曲げてでもフランス人形のような女の子と結婚させてあげたかった、とかな」

「納得いかない!!誘拐された側の気持ち何も考えてないじゃん!!その家族の気持ちも!!」


 メリアの言う通りだと思う。いくら亡くなった子どものためだからといって、許されることではない。だが……。


「……でも悲しい!間違いなく誘拐は許されることじゃないよ?でも、なんか……上手く言えないけど、悲しいよ。いや、許せないけどね!」

「そうだな」

「僕も許せないし、許しちゃいけないと思う。でもなんだか……そんなことをしてしまうほど子どもの死に深く傷ついたんだって思うと、なんだか後味悪いね」


 ルイドの言葉に、俺もメリアも頷く。なんとも言えない後味の悪さを流すように、示し合わせたように3人で一斉にコップの水を飲み干した。






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