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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
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子爵家の異変② -雨-



 翌朝、目が覚めるとアルが横にいるのを確認した。よかった、昨日も無事に仕事を終えて帰ってこれたようだ。


 その後はいつものように両親に挨拶してテーブルの上の伝言を確認する。今日も探し物はなかった。昨日買い出しも済ませたし、今日は少し散歩に出かけようと思う。


 食事を済ませて出掛けると、今日は少し空に雲がかかっていた。そのうち雨が降ってきそう。雨が降り出す前に帰った方が良さそうだ。

 家で本を読むことも好きだけど、散歩すると温かい日差しと優しい風を感じられて気持ちがいい。それに、顔見知りの人たちと色んな話もできるし、ちょっとした噂話とかを仕入れて、アルと一緒に考えてみるのも好きなのだ。……まあ、考えるのはほとんどアルで、私は「へー!」っと感心してるだけだけど。

 ぽかぽかの日差しを感じながら、なんとなく行き当りばったりで歩いていると、前から見知った顔の少年がこちらに来ていることに気づいた。ニコニコ笑顔でひらりと軽く手を振られる。


「メリア、おはよう!」


 ルイドは大きい商会で下働きをしてる。ルイドから仕事を紹介されて、ちょっとしたお手伝いをすることもあって、私もアルも臨時収入を喜んでいたりする。

 ルイドと出会ってもう数年経つけど、いつ会っても優しくしてくれる。私の他愛のない話を、グリーンの目を細めながらにこにこ聞いてくれるルイドのことは、もう1人のお兄ちゃんのように勝手に思ってる。


「ルイドおはよう!偶然だね!今からお仕事?」

「うん。メリアは探し物?」

「ううん!今日は何も予定がないんだ。だから少し散歩して、雨が降る前に帰ろうかと……あ」


 ルイドと話をしているうちに、ぽつりぽつりと、肌に雨粒が落ちてきた。ルイドのふわふわの髪にも雨粒がつきはじめている。


「メリア、家まで送るよ!ほら僕のジャケットを被って」


 ルイドは自身が着ていたジャケットをサッと脱いで、私に掛けてくれた。ルイドが濡れるからと遠慮したけど、ガンとしてジャケットを受け取ってくれない。こうなったルイドは頑固なので、申し訳ないけど、このまま頭から被らせてもらうことにした。


「ほら、僕を気にかけてくれるなら、急いでメリアの家まで帰ろう」

「うん、わかった……本当にありがとう!」


 ルイドが掛けてくれたジャケットを両手で押さえながら、小走りで来た道を引き返した。ぽつりぽつりと小さく少なかった雨粒が、少しずつ増えてきている。

 なんとか家に帰り着いたときには、ルイドは頭から足までびしょ濡れだし、私もスカートとかがびしょじょになってしまっていた。頭にかぶっていたジャケットもぐっしょり濡れてしまっていて、その下で守られていた髪の毛も少し湿ってる。


「ルイド、ありがとう!おかげであまり濡れずに済んだよ」

「いいんだよ。でも、頭は濡れちゃったね。すぐに拭いて、温かくするんだよ?」

「うん!あっ、拭く物持ってくるから、ちょっと待ってて!」

「いいよ、メリア。どうせまた濡れちゃうから」

「だめ!タオルごと持っていって!」


 ルイドにそう告げると急いで家の中に入り、2枚タオルを掴んでルイドの元に駆け足で戻った。何か温かいものがあればよかったんだけど、あいにく何も出せるものがない。タオルしかなくて申し訳ないけど、うちにあるタオルで一番きれいなやつをルイドに渡した。


「はい、これで拭いてね!」

「ありがとう、メリア。じゃあせっかくだからありがたく使わせてもらうよ。今度返すから」

「いいよ、タオルは結構家にあるから」

「そんなわけにはいかないよ。ね、今度返しに来るよ」

「そう?わかった。ルイド、ジャケットありがとう!」


 本当はジャケットも乾かしてから返したいけど、これから仕事に行くルイドにジャケットは必要不可欠だ。ルイドに渡していないもう1枚のタオルでジャケットを挟んで少しでも水気をとって、ルイドに返す。今度改めてお礼をさせてもらわないと。


「どういたしまして。じゃあタオルお借りします。アルにもよろしくね」

「うん!じゃあ今日もお仕事頑張ってね。行ってらっしゃい!」

「ありがとう。行ってきます」


 ルイドを見送り、ルイドの優しさを噛み締めながら家に戻った。


 少し雨で冷えてしまった身体を温めるため、ブランケットを羽織り牛乳を鍋で温める。ふつふつしてきたところで牛乳をコップに移すと、ことりとテーブルに置いた。

アルを起こさないように出来るだけ静かに椅子を引いて、腰掛ける。両手でコップを持つとフーフーしながら少しずつ飲むと、ほっと一息をついた。ひと口飲むごとに、徐々にぽかぽかと身体が温まっていく。雨の冷たさでかじかんだ指先をコップで温めながら、ブランケットの中で暖を取り、ふう……と目を閉じた。


「なーう」

「にゃー」


 ぼんやりとしていたら、玄関ドアの外から猫の声が聴こえてきた。私はコップをテーブルの上に置き、ブランケットを羽織ったままドアに近づく。鍵を開けてドアをそっと開くと、隙間から2匹の猫が入り込んできた。


「久しぶりねノア、ブラン。4日ぶりかな?雨宿りにきたの?」


 ドアを閉めて振り返ると白黒の猫が我が物顔で部屋を歩き回っていた。黒いのがノア、白いのがブラン。2年前に街で怪我して動けなくなっていたブランを保護して面倒を見て以来、時々家にやってくるようになった。ブランだけではなく必ずノアも一緒に来るのだ。もしかしたら2匹は兄妹なのかもしれない。

 タオルで2匹の身体を拭くと、ブラン専用の皿に牛乳を入れてそっと床に置く。すると、すぐに皿に駆け寄り、ぺろぺろと舐め出した。


「ノアはこっちの方がいいんだよね」


 チーズを削ったものを手に持って差し出すと、優雅に近づいてきたノアはパクリとチーズを口に入れる。出会って2年。手から直接食べてくれるようになったのは、つい最近のことだ。

 ブランとノアは牛乳とチーズをそれぞれ平らげると、私の足元に擦り寄ってきた。そんな2匹を抱きかかえて、そのまま椅子に腰掛ける。そして、羽織っていたブランケットで2匹を包んであげた。2匹の耳や喉元を掻いてあげると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

 しばらく2匹を撫でていると、2匹は私の膝の上で眠ってしまった。どうして猫の寝顔ってこんなに可愛いんだろう。


「メリアおはよう。また来てたのかそいつら」

「アルおはよう。雨が降ってたからね。雨宿りに来たみたい」

「雨か。じゃあ今夜の仕事はなしかな」


 起きてきたアルが窓を開く。


「止んでる」

「えっもう止んだの?」


 アルが開いた窓から外を見ると、たしかに雨は止んでいるようだった。あんなに振っていた雨はなくなり、空の重たい雲が消えている。するといつの間にか起きていたノアがブランを起こし、2匹とも私の膝からシュタッと軽やかに降りた。


「もう帰っちゃうの?」

「ニャー」


 そうだとでも言っているのか、ブランは一声鳴いた後、玄関ドアの前まで行きドアをカリカリ引っ掻き始めた。ノアはそんなブランの後ろでちょこんと座り、早く開けろと言わんばかりにこちらを見ている。


「もう帰るのか。ブラン、また怪我するんじゃないぞ?」


 アルがドアを開けようと近づきながら言うと、ブランはドアを引っ搔くのを中断し、喉をゴロゴロ鳴らしながらアルの足にすりすりし始めた。…可愛い。


「全く困ったやつだな。……ほらこれだけ撫でれば満足だろ。ノアも困ってるから帰りな」


 そう言ってブランを撫で終わったアルが立ち上がり、ドアを開いた。2匹はなう、とこちらに挨拶をしてドアを通る。


「ノア、ブランまた来てね!待ってるよ」

「またな」


 2人で声をかけると2匹はドアの外へ出て行った。2匹を見送り、ドアを閉める。2匹のおかげで、あんなにかじかんでいた指先はすっかり温まっていた。


「可愛いお客さんのおかげで寝起きから気分がいいでしょ」

「さあどうかな。ん、牛乳飲んだんだな。俺も温かいやつ飲みたい」

「わかった。ちょっと座って待ってて」


 先ほどの鍋に牛乳を入れて、沸騰しないように注視。鍋の淵がフツフツとしはじめたタイミングで火から外し、コップに牛乳を注いで、アルの前に置いた。


「ん、ありがとう」

「どういたしまして。昨日の付き添いはどこまでだったの?」

「テレンヌ子爵家までの付き添いだよ」

「テレンヌ子爵家ってレオンがいるところだよね?」

「ああ」

「じゃあ会えた?」

「ああ。まあお互い目配せするくらいだったけどな」


 そう言いながら、アルは牛乳に口をつける。熱かったのか、ちょっと眉をひそめた。


「変わりなかった?」

「、ああ」

「その間は何?」

「いや、レオンは別にいつも通りだったと思う」

「レオンはって言うと?」

「それがさ、門番が変わってたんだよ」


 ふーっと何度も牛乳に息を吹き込んで冷まそうとしているアル。ちょっとボサッとしている髪の毛に気づいて、後ろに回って髪の毛を手で梳いてあげた。


「門番?」

「まあ、変わったとはいっても、体調不良で一時的に休んでるだけらしいけど。代打が来てるんだってさ」

「体調不良?大変だね…」

「ああ、子どもが産まれたばかりなのに、熱出るなんてツいてないよな」

「代打の人はどんな人なの?」


 頭の下の方でひとつに髪を結んであげながら聞いてみると、アルは牛乳を飲むのを止めて、ぼそりとつぶやいた。


「俺のことは完全に無視。こっちが挨拶しても無視」

「クソやろう」

「口が悪い」


 アルを無視するなんてなんてやつだ。私の中のブラックリスト入りが決定した。


「まあ、門番にとかにそういう対応されるのは初めてじゃない。それに、代打だし、サムさんが、…あ、休んでる人な。その人が復帰すればオサラバだしな。」

「早くサムさんに復活してほしいね……」

「そうだな……。あ、実は今日、そのテレンヌ子爵家から付き添いの指名が来てるんだよ」

「そうなの?じゃあクソやろうに会うってこと?」

「だから口が悪いって。まあいつも通り、そつなくやるよ」

「……今日はアルに、パン多めにあげる」

「よっしゃ」


 その後、約束通りいつもより多めのパンを嬉しそうに平らげたアルは、約束の時間に間に合うように出掛けて行った。



※※※



 次の日、起きてきたアルから聞いたのは、テレンヌ子爵家の人員がまた変わっていたという話だった。


「よくあることなの?」

「そうだな……。あるにはある。あるにはあるが、今日見た限り、1ヶ月前までいなかった人が少なくとも数人いた。俺が目視出来ただけで数人だ。

子爵家でこの短期間でこんなに人が変わるっていうのは珍しいな」

「そうなんだ。何かあったのかな?……あ、レオンは?レオンも休んでたの?」

「いや、あいつはいた。……でも、なんかおかしいんだよな」

「おかしいって?」

「うーん、いや上手く言えないんだけど、なんか妙なんだよな」


 そう言ってアルは腕を組むと、目をつぶって考え込みはじめた。こうなったアルは、そっとしておくしかない。

 チクチクと服を繕いながら、アルの考えがまとまるのを待っていると、突如目を開けて立ち上がったアルは、玄関に向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっとどうしたの?どこか行くの?」

「ああ、ちょっと気分転換に散歩でもしてくるわ」

「今日の仕事は?」

「付き添いも見回りもなし。じゃあすぐ戻るから。行ってくる」

「わかった!暗くなる前に帰ってきてね!行ってらっしゃい」


 ひらりと手を振ったアルを玄関で見送り、ドアを閉める。アルが帰ってくる前に、夕飯の支度をしておこう。またしばらく食べられるように、たっぷりのスープを。



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