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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
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消えた子ども④後編 -宿屋-



 何とかローラス警官を見失わずにすんだ私は、苦しくなった呼吸を整えつつ、中の様子が何とか確認できないかと、ローラス警官が入って行った建物の周りを探っていた。大量に噴き出る汗と戦いながらうろついているので、周囲から見れば怪しいやつに見えるかもしれない。


 私がローラス警官に追いつく頃には、ローラス警官はもう1軒目たぶんの宿から出てくるところだった。ローラス警官は宿から出ると、宿の斜め前、向かい側にある建物に迷うことなく駆け込んで行ったのだが、今私が探っている建物が正しくそれなのである。


 ここに犯人がいるんだろうか?

 そう思うと、この普通の宿を何だか禍々しく、不気味なものに感じてしまう。…やめよう。余計なことを頭から振り払うよう、ブンブンと頭を振って建物の周囲を探った。


 中の様子を見たいけど、やっぱり難しい。ローラス警官が出てくるのを出入口近くで待った方がいいのかも。

 そんなことを思いながら、ちょうど建物の裏側、建物と建物が背中合わせになり太陽の光が遮られたところに差し掛かった。うっすらと暗くなっている裏道を慎重に進んでいると。


 私から20メートルくらい離れたところに、ドサッ!!と何かが落ちてきた。


 突然の大きな音に、心臓がドン!!と何かに殴られたように跳ね上がる。必死に口を押さえて、なんとか悲鳴を飲み込んだ。

 バクバク激しく脈打つ胸の音が周りに聞こえていないか、ちょっと不安に思いながら、落ちてきたものは何なのかと、薄暗い道の先へ目を凝らす。


「うぅ…○○っ」


 よろけながら立ち上がろうとする姿で、あの音の主が人間だと気づく。人が上から落ちてきたんだ!

 もしかして窓から落ちてしまったのかと思い、大丈夫かと声をかけようとしたとき、その人はここら辺では見かけない、変わった形の服を着ていることに気がつき、息をのんだ。


 さっき一瞬呟いた聴き覚えがない言葉。見覚えがない服装。

 もしかしてこの人が東洋商人なんじゃ……?ローラス警官に気がついて、慌てて窓から飛び降りたとしたら……。


 そんなことを考えてる内に、その人は壁に手をつきながら立ち上がり、足を少し引きずりながら、こちらに向かってくる。


 通りに出ようとしてるんだ!


 そう思った瞬間、両手を広げてその男に叫んでいた。


「だめ!!」



※※※

(少しだけ時間を巻き戻して)



 俺は商人がよく利用する2軒目の宿に足を踏み入れた。


 東洋商人が利用する宿はこの辺だと3軒。1軒目の宿で「2ヶ月滞在している東洋商人はいるか?」と聞くと「あっちの宿にいますよ。金払い良い太客だって自慢されましたから」と宿屋の亭主に教えられ、こちらの宿に移動してきたのだ。


 ここにエマちゃんの誘拐犯がいるかもしれない。先程から流れ落ちる暑さによる汗とは違った、嫌な汗が滲み出てくるのを感じる。これだけ暑いというのに、鳥肌まで立っている有様だ。エマちゃんを誘拐した犯人がすぐ側にいる、そんな予感がしてならない。


 受付に行くと、1軒目と同じ質問をする。


「この宿に2ヶ月滞在している東洋商人はいるか?」

「ええ、いらっしゃいますよ。ただ今日でお帰りだということで、今お部屋で荷造りを……」

「すぐに案内してくれ!」


 俺の様子に、これはただ事ではないと察した様子の宿屋の亭主が鍵を取り出す。亭主はすぐに2ヶ月滞在しているという東洋商人の部屋まで案内してくれた。その商人の泊まっている部屋は2階にあるという。

 階段を上がり廊下を進むと、先導していた亭主が振り返って「こちらでございます」と声を落とすようにして囁いた。


 俺は軽く頷くと銃を腰から抜き、銃口を床に向けて突入の準備をする。先程「誘拐事件に関わりがある可能性がある」と、そっと告げていたため、亭主も酷く緊張している様子だ。目を瞑り「スゥーハァー」と一度大きく深呼吸し、ゴクリと唾を飲み込んでから、意を決したようにドアを見据えてドンドンドン!!と力強く3回ドアを叩いた。


「お客様!至急の伝言をお預かりしております!」


 今か今かと応答を待つが、シーン……という痛いほどの沈黙が流れる。亭主と顔を見合わせ、もう一度声をかけるように促す。


「お客様!至急の伝言でございます!」


 シーンと再び流れた沈黙に、これはいよいよ何かおかしい、と亭主に鍵を開けさせ、ドアを勢いよく開き、部屋に突入した。


 素早く部屋の中を見渡すが、そこはもぬけの殻。商人の姿も、エマちゃんの姿もない。荷物らしい荷物も見つからず、俺は相手に勘づかれたことを嫌でも悟った。

 妙な静けさの部屋の中で唯一動いているカーテンが妙に目を引く。開かれた窓から吹き込む風に煽られカーテンがひらりと揺れ、窓枠がギィギィと音を立てていた。


「クソっ!!やられた!!」


 窓に駆け寄り下を見下ろすと、少し離れたところで何やら言い争っている様子が見える。おい、まさか…。


 思わず「チッ」と舌打ちをすると、銃を腰にしまい窓枠に足を掛け飛び降りる。


「痛ってぇ!」


 足にビキビキっと痛みが走るが、グッと堪える。そして、再び銃を腰から抜き、争う人影の元に駆け寄った。



※※※



「邪魔、するナ!早く退ク!」

「どかない!」


 とっさに通せんぼしたものの、これからどうすればいいのか。男との距離が縮まり、はっきりと見えた男の服装、そして男の口調からもやはりこの国の者ではないことがハッキリとしてしまった。


 そして建物から飛び降りたという事実や、尋常じゃなく焦ったその表情からも、この男は警察に会いたくない事情があると思って間違いないだろう。


「ナゼ、退かない?私、足痛イ、病院」


 確かに飛び降りたとき、すごい音がしていたから痛そうだな…そう思いチラッと男の脚を見るが、その異国の服装が脚を覆い隠しているため、よく見えない。


「ナゼ、お前、邪魔すル!!」


 怒声に身体がビクッとしてから目線を男の顔に戻すと、男は怒りに顔を歪め、血走った両目で私を喰い殺さんばかりに睨みつけている。悪魔と対峙した時も、鏡のナニカと対峙した時も、これほどまでの強い憎悪を向けられたことはなかった。

 身体中を駆け巡る恐怖の感情に、身体が震え奥歯がカチカチと鳴り、涙がボロボロ流れ落ちる。それでも、ここをどくわけにはいかない。


「こ、ここはぜったいに通さない!!エマちゃんを誘拐したのは、あなたでしょ⁈」


 何とか声を震わせながら発した私の言葉に、男は予想もしていない返答に面を食らったように目を見開いた。シン…としばらくの間沈黙が流れる。男は眉間に皺を寄せ、訝しげに私を見据えると「○○、○○○?」と異国の言葉を呟いた。

 注意深く、この怪しい男を見ていると、その背後にローラス警官がこちらに向かって走ってくる姿が見える。男に気づかれないようにだろう。できる限り足音を抑えるようにして近づいてきていた。

 暗い中でも顔が見えるほど近づいてきたローラス警官の厳しい表情に、やっぱりこの男が探していた東洋商人だとわかった。


「動くな!!」


 身体が飛び上がるような大声を出したローラス警官は、男の背中に向かって銃を構えた。その声に、一瞬身体をビクッとさせた男も、慌てたように背後を振り返る。


「4歳の女の子を誘拐したのはお前だな?」

「なんのこと、私、わからなイ」

「ハッ!とぼけても無駄だ!すでにお前の積荷の中からエマちゃんは救出した!」

「!!○○○!!カエセ!!あれは○○のものダ!!」

 

 男はそう叫ぶと、銃を向けられているにも関わらずローラス警官につかみかかった。




「ローラス警官!」





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