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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
28/36

消えた子ども④前編 -運び方-



 警察へと3人で急いでいると、聞き込みをしているローラス警官を見つけた。


「はぁ、はぁ……ローラス警官!」


 息を乱しながらも大声で名前を呼ぶと、すぐにこちらに気が付いたローラス警官。話を聞いていた人に何か言うと、その場から離れこちらに小走りで近づいてきてくれた。


「どうした、何かわかったのか?」

「はぁ、はぁ……はひ、エマちゃん、赤い紙を……はぁ、はぁ、いや封筒を」

「落ち着いてからでいい!息を整えろ、全くわからん!」


 大きく頷いて「はひ…」と答えるとハァー、ハァー、と大きく息を吸っては吐き、少しずつ呼吸を整えていく。全力で走っていたから喉が張り付き、呼吸の度に殴られるように痛い。大量の汗が地面にボタボタと滴り落ちて染み込んでいく。

 アルを見ると、アルの方がやばそう。膝に手を置き、前屈みになってゼーゼー全身で息をしていて今にも倒れてしまいそうになっている。

 バーベナ姉さんは……なんだろう。私たちと同じように汗を流しているのに、それが見苦しくなく妙に艶やかで、なんか見ちゃいけない感じ。


 いち早く息を整えられた私が代表してローラス警官に事情を説明する。飲み屋の亭主の目撃情報と、ジョンの証言、アルが伯爵から得ていた情報。そこから導き出された、一つの可能性。途中、復活したアルに私の足りていないところを補足してもらいつつ、最後まで話し終えると。


「……否定できないな」


 腕を組み、真剣な面持ちで黙って聞いていたローラス警官は一言そう呟くと、上司に情報共有に行くと言い、私たちもそれに同行することになった。


 日差しが少し和らぎ、幾分か暑さがましになってきている。恐らく、今はエマちゃんが失踪したと思われる時間帯と同じくらいの時間。つまり失踪から丸一日経ってしまった。


 アルが失踪したときと、今のこの状況が重なり、あのときの気持ちを思い出して胸が苦しい。

娘を懸命に探し続けるサラさんやひとりぼっちでエマちゃんの帰りを待ち続けるポールくんの気持ちを思って、早く、早く、と焦る気持ちを必死で抑え込みながら、警察へと急いだ。



※※※



「あんの○○上司!!馬鹿にしやがって!!」


 憤るローラス警官の後を、私たち3人も肩を落とし、トボトボと続く。


 また信じてもらえなかった。アルの失踪の時と同じ。懸命に説得しようとするローラス警官を一瞥して「子どもの戯言に付き合うな。そんなものに割く人員はない」と一蹴されてしまった。しかも鼻で笑っていた……あの○○やろう!!


「チッ……他の可能性は他の警官に任せて、こっちは俺がひとりでやるしかないな」


 ローラス警官は鎖のついた時計をポケットから取り出すと、カチャリと蓋を開いて時刻を確認した。そして、眉間にしわを寄せる。


「…今は14時を半刻過ぎたくらいだな。船でこのまま逃げようとしていたとしても、今日の船の出航時間は17時だ。まだ乗船ができる時間になるまでは余裕がある。

 …これからずっと船で見張っていてもいいが、まだ宿にいる可能性が高いな。東洋商人が泊まる宿は限られてるし、俺ひとりでも十分間に合うだろう」

「ローラス警官、ちょっと待ってください!」


 宿へ向かおうとするローラス警官をアルが引き留める。いったい何だろう?


「たしかに、商人はまだ宿にいる可能性もありますが、エマちゃんは先に積荷として船に運び込まれている可能性もあるんじゃないでしょうか?」

「積荷として?なんで積荷なんだ?

お前たちの話からすると、2ヶ月も探し続けた獲物だろ?そんな大事なものを手元から離すか?

 大抵の誘拐犯は、被害者を手元に置いて監視するもんだがな」


 たしかに、大切なものほど近くに置いておきたいもの。苦労して手に入れたものとなると尚更、そういう思いが強くなりそう。

 だとすれば、やっぱり、エマちゃんは商人と宿にいる可能性が高いような気もするけど……。


「たしかに、そうかもしれません。ただ、4歳のフランスの女の子と船に一緒に乗ろうとする東洋人なんて明らかに怪しいし、そもそも乗れないですよね?」

「なんで?変装とかさせたら乗れるんじゃない?ほら、エマちゃんを眠らせて変装させた上で乗り込めば……」


 船に小さい女の子、しかも明らかに親子でない2人。エマちゃんが起きていたら泣いて嫌がるだろうし、眠らせたエマちゃんをそのままの姿で抱き抱えながら乗り込むのは怪しすぎる。

 でも、眠らせた上でエマちゃんに変装させて「娘は寝ちゃったから」なんて言えば乗り込めそうな気がするけど。


「それは難しいな。船に乗る人数はしっかりチェックされている。名簿に登録されてないと船には入れない」

「ローラス警官の言う通り、変装させても人を追加で乗せるのは難しいんだ。となると手荷物で運び入れるか、積荷で先に船に運び入れてもらうかの2択になる」


 それならやっぱり手荷物で運び入れた方が、誘拐犯としては安心じゃない?とアルに言ったのだが。


「手荷物はチェックされるんだよ。だから女の子がいるのをバレないように手荷物検査を通過するのは難しいと思うんだ」

「たしかに手荷物検査は厳しいからな。そうなると残るのは積荷の可能性か」

「はい。眠らせた上で箱か何かに入れて積荷扱いで乗組員に運び込ませているんじゃないでしょうか?」


 じゃあ今頃エマちゃんは暑い中箱に入れられて船の中で眠らされているっていうこと?水や食料は?トイレとかもどうするつもりなんだろう?それに目が覚めた時に箱の中にいるなんて状況になったら……私ならパニックになるし、怖くて怖くてたまらない。

 目が覚めたら暗く、どんなに叫んでも叩いてもびくともしない箱の中に閉じ込められていた恐怖を想像して身震いしていると。


「あの、ちょっといいかしら?」

「は、はい、バーベナさんどうしましたか?」


 それまで黙って聞いていたバーベナ姉さんが口を挟んだ。ローラス警官がちょっと緊張したような面持ちで、どもりながら返事をする。


「話を聞いていて思ったんですけど、商人はまだ宿にいる可能性が高くて、エマちゃんは船にいる可能性が高いんでしょう?

 だったら二手に分かれた方がいいんじゃないかしら?」

「えっどうして?」


 船で先にエマちゃんを救出して、ノコノコやってくる商人を待ち構えて捕まえればいいんじゃないの?


「えっとね、船で積荷から子どもが見つかったら、緘口令を敷いてもパニックになるわ。そこに商人がやってきたら、誘拐がバレたことに気がついて、逃げてしまうんじゃないかしら?」

「……そうなったら、今度は別の子が犠牲になるかもしれないな」


 そう言うとローラス警官は頭をガシガシと掻いて「くそっ人手が足りねえ」とボヤく。眉間に深く皺を寄せていて、心底困った様子だ。


「僕が船に行きます。ローラス警官、捜索に協力できるよう書類を用意してもらえませんか?」

「捜索に協力?…そういえばお前はランタン持ちだったな。今、資格証は携帯しているか?」

「はい!」


 アルは鞄をガサガサして、いつも持ち歩いている資格証を取り出した。それを確認したローラス警官は、ひとつ頷く。


「『誘拐事件の捜索が夜までかかるため、ランタン持ちに協力してもらう』という名目で書類用意するから、ちょっとここで待っててくれ!」


 そう言うと、ローラス警官は先程出てきたばかりの建物に足早に戻って行った。その後ろ姿を見送っていると、バーベナ姉さんの柔らかな声が耳に入る。


「私もアルくんについて行くわ。大人がひとりいた方がいいと思うの。

エマちゃんの顔も知っているし、こんな暑い中箱に入れられているエマちゃんの様子も心配なのよ」

「バーベナ姉さん、助かります」


 バーベナ姉さんがアルの方に行ってくれるのは心強い。やっぱり大人がいた方が信用されやすいもの。そうなると私がやるべきことは……。


「バーベナ姉さん、アルのこと、エマちゃんのこと、よろしくお願いします!」


 そう言って私がバーベナ姉さんに頭を下げると、「えっ、おいメリアは行かないのか?」というアルの焦った声が頭上から聞こえた。


「うん。私はローラス警官に着いて行く。船にエマちゃんがいる可能性は確かに高いけど、相手は風習のために4歳の女の子を攫った人だよ?」


 そう、相手はこちらの常識が通じない可能性が高い。通常なら確実にエマちゃんを連れて行くために積荷に紛れ込ませておくところを、やっぱりエマちゃんを手元に置いておきたくて、手荷物検査の時にワイロを渡すとか何とかして連れ込もうって考えているとしたら?その場合は、まだ宿に商人と一緒にいるかもしれない。


 可能性は低いかもしれないけど、まだ宿にいたとしたら、いわば人質みたいになっているエマちゃんを庇いながら商人の相手をローラス警官1人でやらなければならないことになる。いくら警官といえども、ひとりでそれはさすがに厳しいだろう。

 アル失踪の時も、鏡の事件の時も、人数がある程度いたからこそ敵の注意が分散して、隙が生まれた。だから。


「わかった。俺たちはここで二手に分かれよう。メリア、絶対に無理をするなよ」

「うん!アルもね。バーベナ姉さんも」

「メリアちゃん、でも……」


 3人で話していると「おーい!待たせたな!」と息を切らせたローラス警官が、紙を片手に戻ってきた。


 「ありがとうございます」とアルが受け取り、アルとバーベナ姉さんが船、私はローラス警官と宿に行きたいということを伝えたところ「いや、こんな女の子を誘拐犯のいるところに連れて行けるわけないだろ!」とあっさり却下。「船の方は頼むぞ!」というやいなや、次の瞬間にはもうローラス警官の背中が遠くにあった。


 一瞬呆気に取られたが、「じゃあまたあとでね!」といって「おい!メリア!」と焦った声で呼び止めるアルの声を背中に受けながら、ローラス警官の後ろ姿を見失わないように、前だけを見て、必死に手足を動かした。




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