消えた子ども③ -風習-
赤い変な匂いの紙。
赤といえば思いつくのは"赤いリボン"。
病気や事故で人生を全うできなかった人への追悼の気持ちを込めて着けるもので、古くからの伝承だ。
だが今回はリボンじゃなく"紙"。しかも変な匂いまで付いている。変な匂いか…一体どんな匂いなんだ?
「なあジョン、変な匂いって、具体的にどんな匂いだったんだ?匂いって言っても色々あるだろ?花の匂い、食べ物の匂い、香水の匂い、ハーブの匂い、せっけんの匂い…とか」
「え?うーん、そうだなあ。なんかこう、嗅いだことはある匂いなんだよね。なんだろう。鼻の奥を刺激するような……。でも嫌な感じのやつではなくて。
普段はあんまり嗅がない匂いだから、なんだか気になって手に取っちゃったんだけど」
そのままジョンは「うーん、うーん」と頭を抱え、幼い顔の眉間に皺を寄せる。
ジョンはおそらく、エマちゃんと同じものを拾っている。赤いリボンに意味があるように、変な匂いの赤い紙にも何か理由があるかもしれない。それがエマちゃんの失踪に繋がっているとしたら。
思ったよりも目撃者が少ない状況では、ジョンの記憶が頼りだ。
祈るような気持ちでジョンを見守っていると、「あっ!」と何か思いついたようにパッと顔を上げた。
「そうだ、スパイスの匂いだ!」
「スパイス?料理とかで使うスパイスのこと?」
「うん!」
ジョンが語るところによると、以前東洋人との貿易の荷物を運ぶ仕事の手伝いをしたときに嗅いだ匂いと似ているという。「すごく高いんだから落とすなよ」と言われ、落としたら殺されるかも…と持つ手がプルプル震えるほど緊張しながら、慎重に慎重を重ねて、丁寧に運んだらしい。
そうやって運びながらも、手元からフワッと香る、これまで嗅いだことがないその匂いに不思議な気持ちになった、と。
「東洋のスパイスの匂いか…」
なんか、最近聞いたような気がするんだよな……。
東洋、赤い紙…。
「あ」
急に浮かび上がってきたその記憶に、思わず声を上げた。
※※※
贔屓の伯爵が、東洋商人から聞いたという"赤い封筒"の風習。
その東洋商人が住む地域には、未婚のまま亡くなってしまった家族のために"赤い封筒"という風習があるらしい。
故人の描かれた絵と髪の毛を"赤い封筒"に入れ、道端に落としておく。物陰に潜み、封筒を拾う人物を今か今かと待ち構えている故人の家族は、その赤い封筒を拾った人を攫い、そのまま故人との冥婚の儀を執り行うという。
「じゃ、じゃあまさか、エマちゃんはその風習みたいに攫われちゃったってこと?でも、それならなんでジョンは無事なの?」
「そ、そうだよ。僕だって拾ったよ?」
「そうだな…もしかしたら2人が拾った封筒の故人は、男性だったのかもしれない。だから物陰から様子を伺っていた家族は男のジョンじゃなく、女の子のエマちゃんを攫った、とか」
そこまで言うとジョンは「ひっ」と心底怯えたような声を上げ、自分の身体を抱きしめブルっと震えた。メリアを見ると、小さく震える手で口を押さえ、先ほどまで暑さで赤くなっていた顔を青くしている。
シーンとしばらくの間沈黙が続いたが、震える指先を口元から下ろし、胸元でギュッと握りしめたメリアが、おずおずといった様子で口を開く。
「じゃ、じゃあ、エマちゃんが拾った赤い紙が、アルの言う"赤い封筒"だったとするよ?
だとしたら、エマちゃんを攫ったのは、いったい誰なの?」
メリアの言う通り、今の問題は、誰がエマちゃんを攫ったのか、だ。
だが、この話を思い出したことで、犯人の候補が浮かんだ。
「メリア、今から2ヶ月くらい前に例の伯爵から受けた依頼のこと、覚えてるか?」
「えっ2ヶ月前の依頼?うーん、何だったっけ?」
今から約2ヶ月前。この風習の話をしてくれた伯爵から探し物の依頼を受けたのだ。
そう、"1人息子のために特別な土産を探している東洋商人をあっと言わせる土産探し"を。
「あっそうだった!でも結局期待に添えなくて、報酬もらえなかったんだよね」
そう、伯爵曰く、俺たちが提案したどれに対しても東洋商人は苦笑いを返すだけで興味を示さなかったという。俺たちは珍しく、探し物の依頼を失敗したのだ。
だからといって伯爵の気分を害したというわけでもなかったのが不幸中の幸いだったが。
先日会った伯爵は、まだその商人がパリに滞在していると言っていた。「息子に相応しい土産が見つかっていませんから」と。
「2ヶ月も探し続けるとは、やっぱり変わった男だな」と伯爵は笑っていたが、その男の息子がもし亡くなっていたら?
亡くなっている息子のために"特別な土産"を探しているのだとしたら……。
「もちろん、赤い紙とエマちゃんの失踪は全くの無関係っていう可能性もある。
だが、エマちゃんが赤い封筒を拾ったために攫われた、っていう可能性も否定できない」
「ど、どうしよう!ローラス警官に早く伝えた方がいいんじゃない⁈」
「ああ、すぐに行こう。
ジョン、話を聞かせてくれて助かった。ありがとな」
「ううん!アルにいちゃん、メリアねえちゃん、エマちゃん助かる?」
「助けられるように動くわ!本当にありがとうねジョン!また今度お菓子を持っていくわ!」
そうしてジョンと分かれた俺たちは、一刻も早くローラス警官に伝えようと、人混みを掻き分けながら必死に走った。
もし、エマちゃんを攫った犯人がその東洋商人で、"特別な土産"を息子の元に連れて行こうとしているとしたら。
昨日はたしか、船は出航していなかったはず。ただ今日はどうかわからない。もし船で逃げられてしまえばなす術なしだ。
息を乱し、高くなった太陽から浴びる強い日差しに汗だくになりながらも、できる限りの速さで警察へと急ぐ。
すると途中、捜索に戻っていたバーベナ姉さんと合流できた。立ち止まって話す時間も惜しい。必死に足を動かしつつ簡単に事情を話しながら、3人で警察へと向かった。




