消えた子ども① -暑い日-
今日は1週間ぶりに仕事がない日だ。空には入道雲がもくもくと浮かび、穏やかに流れている。
「アル、何してるの。ほら早く行こう」
「ああ」
肌にジリっとした暑さを感じ、額にじんわり汗をかく。ワイワイガヤガヤと朝から賑わう街中で、俺たちは朝市へ野菜を買いに向かっていた。
「暑い!もうすっかり夏だねー」
パタパタと手で顔を扇ぎながら歩くメリアは、俺よりも汗をかき、少し顔を赤くさせている。メリアは俺よりも暑がりなんだよな。
隣の片割れをちらりと見てそんなことを思っていたら、メリアは「あれ?」と声を漏らした。
「あそこにいるの、バーベナ姉さんじゃない?どうしたんだろう」
メリアが指差している方向を見ると、たしかにそこには不安気な表情でせわしなくキョロキョロ辺りを見渡しているバーベナ姉さんがいた。
普段おっとりのんびりしているバーベナ姉さんしか知らないので、そのせわしない様子に少し驚く。
何かあったに違いない。
俺たちは顔を見合わせると、どちらからともなく頷き合い、早足でバーベナ姉さんの元に向かう。
「バーベナ姉さん!」
メリアの声でこちらに気が付いたバーベナ姉さんは、目を少し見開くと「あっ!」と声を上げた。
「メリアちゃん!アルくん!そうだったわ2人がいたわ!探し物のプロが!」
「探し物のプロだなんてそんなぁ」
駆け寄ったところで掛けられた言葉に照れるメリアを左肘で小突き、早速本題に入る。
「バーベナ姉さん、何かあったんですか?」
「そうなのよアルくん!大変なの!同僚の子どもがいなくなっちゃったのよ!」
「「えっ!?」」
バーベナ姉さんの話によると、昨日の夕方、バーベナ姉さんがまだ仕事をしていた所に早退きした同僚のサラさんが慌てた様子で戻ってきて「エマがいないの!今から警察に行くけど、もしここにエマが来たら教えてちょうだい!」と言うやいなや、踵を返し店から飛び出していったという。
エマちゃんはサラさんの娘さんで、最近4歳になったばかり。エマちゃんの上にはポールくんという8歳のお兄ちゃんがいて、3人で暮らしているらしい。
バーベナ姉さん達はもちろん心配していたそうだが、サラさんが警察に行くと言っていたし、そろそろ日が暮れるということもあって、店のオーナーの指示もあり、仕事を終えると帰宅。翌日、つまり今日いつもより早く店に出勤してサラさんを待っていたという。
「昨日は心配かけてごめんなさい!エマ、あの後家に帰ってきたのよ」そう言って出勤してくるサラさんを待っていたが。
「違ったんですね?」
コクリと神妙な面持ちでバーベナ姉さんが頷く。
バーベナ姉さんと同様、サラさん達を心配して早くから出勤してきた同僚達とサラさんを待っていた所、目を腫らし、昨日と同じ服装をして真っ白な顔でサラさんが現れたという。
「申し訳ありませんが、今日はお休みをいただけないでしょうか」
力ない声で、同じようにその場にいたオーナーに頭を下げたサラさんを見て、まだエマちゃんが見つかっていないことがわかった。
すると「今日は店を閉める!気になって仕事どころじゃない!」というオーナーの鶴の一声で急遽みんなも仕事を休み、エマちゃんを捜索していて今に至るという。
「警察も探してくれているみたいだし、早く見つかるといいんだけど……あっ」
バーベナ姉さんがふと目線をとめた先に目を向けると、汗を滴らせながら鬼気迫る様子で声をかけて回っている女性が目に入った。
「サラさん!」
バーベナ姉さんは、思った通りの名を叫ぶとサラさんの元に走っていく。無論、俺たちも後に続いた。
「バーベナさん!どうしよう見つからない……誰に聞いても、見てない、わからないって」
朝からずっと走り回っていたんだろう。ハアハアと肩で息をしているサラさんは、額や頬に髪が張り付き、顎からは汗がとめどなく流れ落ちている。服も汗でびっしょり濡れて色が所々変わっていた。
「あの、今日は警察には行ったんですか?」
突然話しかけてくる子どもに嫌な顔をするでも警戒するでもなく(おそらくそんな余裕がないのだろう)、サラさんは俺に目線を向けると「朝早く行ったきり」とポツリと答え、ポロポロと涙をこぼした。
「今探してるからって、家で待っててって言われたけど待てるわけないじゃないっ!昨日の夜も、本当なら探したかったくらいなのに!」
悲痛な声を上げると、サラさんの目からこぼれ落ちる涙の流れはより一層強くなる。
夜は、警察以外はランタン持ちの資格持ちしかランタンを持って出歩くことができない。ランタンの灯りなしに、暗闇の中子どもを探すことはあまりにも危険だ。
すぐにでも探しに行きたい気持ちをグッと堪え、警察が代わりに探し出してくれることを一晩中待ち続けていたんだろう。
「サラさん、もう一度警察に行ってみない?もしかしたら朝にはなかった情報が入っているかもしれないわ。ね?」
バーベナ姉さんの言葉に「そうね」と涙を拭いながら同意したサラさんと一緒に俺たちも警察へ向かった。
ランタン持ちは警察の犬と揶揄されることもあるくらい、警察とは密接な関係がある。といっても、何かあった時の情報提供をするくらいで、これといった顔馴染みがいるわけでもないのだが。
そんなことを思いながら俺たちは警察まで辿り着いた。
「あっ、ローラス警官!」
「はい?」
サラさんに声をかけられ足を止めた警官は、こちらをチラッと見ると「ああ」と声を上げた。
「エマちゃんのお母さん……と」
次にバーベナ姉さんに目を向けた警官は口をポカンと開けると、ポーッと髭面の顔を赤く染めている。
「バーベナと申します。サラさんの同僚です」
見られていることに気が付いたバーベナ姉さんが名を名乗ると、「バーベナさん…」とつぶやいた警官は明らかバーベナ姉さんに見惚れている。
「あの!エマちゃんは見つかってませんか?」
メリアの言葉に我を取り戻したのか、その髭面の警官はンンッと咳払いをして神妙な面持ちでこちらに向き直る。
「申し訳ないが、まだ見つかっていないんだ。何の情報も得られていない」
警官の言葉に「ああ」とサラさんは力なく崩れ落ちてしまった。メリアとバーベナ姉さんがすぐに駆け寄り、2人してサラさんに寄り添い、心配そうに背中を摩ってあげている。
俺は警官へ目線を戻し、声をかけた。
「あの、街中ではあまり警官の姿を見ませんでしたが、どれくらいの人数で捜索してるんですか?」
俺の言葉に眉を寄せ、「君は?」と訝しげに尋ねる警官。俺は自身はランタン持ちであり、バーベナ姉さんの知り合いで一緒に来たと伝える。
「なるほど、いつもご苦労。
それで君の質問への答えだが、十数名で捜索にあたっている」
「子どもの失踪の捜索にそれだけですか⁈」
警官の答えに思わず声を荒げてしまう。4歳の女の子の失踪だぞ?明らかに人数不足だ。
「そうだ。他で貴族が巻き込まれた事件が起きててな。そっちに人員を割くってことで、こっちにはこれだけしか寄越してくれなかった……あのクソ上司!!」
腰に手を当て、短い髪を掻きむしりながら声を荒げる警官。この人もわかってるんだ。明らかに人数が足りていないことに。
「あの、ローラス警官、俺たちも今から捜索に参加しようと思っています。何かわかればお伝えしたいんですが、ローラス警官も今から捜索に?」
「ああ、ただでさえ人数が少ないからな、俺も今からまた捜索に出る。もし何かわかれば、俺が戻ってきてたら俺に伝えてくれ。いなければ別の警官に。君、名前は?」
「アルです」
ローラス警官は俺とのやり取りを終えると地べたに座り込み泣き続けるサラさんの前にしゃがみこんでポケットから出したベージュのハンカチを差し出した。
「お母さん、エマちゃんを見つけるから。心配ですよね、じっとなんかしてられないでしょう。でもね、エマちゃんが帰ってきたときにお母さん倒れてたらエマちゃん驚きますよ。
ご飯は食べて。わかりましたね?」
サラさんはローラス警官を見上げると「はい…」と言ってハンカチを受け取り涙を拭った。
「無理をするな」とは言わないんだな。子どもを心配して無理をしてしまう母親の気持ちがわかるんだ。
サラさんの様子をその髭面に似合わないくらい優しい表情で見守ると、ローラス警官はスッと立ち上がり表情を引き締め捜索へと向かって行った。
ローラス警官の後ろ姿を見送り、サラさんたちに目を戻すとメリアと目が合う。ああ、わかっているよ、メリア。
「サラさん、バーベナ姉さん、俺たちも探してきます」
メリアはサラさんの手を握り、目を潤ませる。
「サラさん、どうか、ご飯だけはしっかり食べてくださいね。探し続けるのも体力が必要ですから」
「……そう、ね。ちゃんと食べわ」
「サラさん、2人はね、探し物のプロなのよ。2人は今までに貴族の無理難題な探し物を見つけ出してきたの。とっても心強い味方よ」
バーベナ姉さんの言葉を受けて、俺とメリアに視線を向けるサラさんに「任せて」と言わんばかりに大きく、自信満々に見える表情で頷く。サラさんはまたジワリと目に涙を浮かべ「ありがとう、ありがとう」と頭を下げる。
バーベナ姉さんの言葉があるとはいえ、初対面の子どもにこんなにも頭を下げるのは、それだけ気持ちに余裕がなく、藁にも縋る思いなんだろう。
「アルくん、メリアちゃん、サラさんを少し休ませてから私もまた探しに戻るわ。それまでよろしくね」
「「はい…!」」
あらためてエマちゃん失踪時の状況を聞くと、俺たちはバーベナ姉さんたちと分かれ、捜索に向かう。
なぜエマちゃんは消えたのか。
迷子になってしまったのか。
誘拐されてしまったのか。
それとも……。
そんなことを思いながら、俺たちは足を動かして人込みの中へ入っていった。




