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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
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不思議な婚約者⑨後編 -解決-


「どうされましたか、アンドレ様!」


 ルイドがアンドレ様に声をかけると、アンドレ様はちらりとこちらに目を向けて、スッと細めた。そりゃあ、見知らぬ少年2人が突然現れたら、警戒するよな。

 俺はそう思いつつ、メリアに目を向ける。メリアはルイドの登場に驚いていたようだが、後ろにいる俺に気が付いたようで、強張らせていた表情をハッと動かし、俺に向けて叫んだ。


「鏡の中!鏡の中にアンドレ様がいるのよ!」


 メリアの言葉に、俺はとっさに室内に目線をやった。おそらく、メリアの近くにある姿見のことだ。あの中に、アンドレ様がいるのか!


「鏡に私が写るのは当たり前だろう。何を言ってるんだ」


 ふん、と鼻で笑ったアンドレ様は、ちらりと俺たちを見ると、また鼻を鳴らす。その様子に、嫌な汗が出てきた。


「僕がそのメイドを押さえておきますよ」


 ルイドは、アンドレ様にそう申し出ると、メリアを受け取ろうと近づく。下手に制止ができなかったため、成り行きを見守っていると、アンドレ様はルイドにメリアを渡すことを拒否した。そりゃあそうだ。目撃者を他人に渡したくはないだろう。

 その様子を見ながら、俺は一か八か、アンドレ様…いや、偽物に対して言葉を発した。


「アンドレ様……ではありませんよね?


 お前、誰だ」


 俺の言葉に、いぶかし気に俺を見た偽物。「…君は、あのときの」とつぶやかれたので、どうやら、俺がランタン持ちだと気づいたらしい。俺は、その気づきが事実だと伝えるように「お久しぶりです」と軽く頭を下げる。

 一方、ルイドは俺の突然の言葉に、困惑した様子で俺と偽物を交互に見ていた。


「アル、何のことなんだい……?」

「ここにいるアンドレ様は、別のナニカが成りすました偽物だって話だ」


 ひゅっと息をのんだルイドに対して、俺はこれまでのことを説明した。目の前の偽物に対しても、俺がすべて気が付いているのだと、わからせるためにも。


 まず、目の前の偽物は日光が苦手であること。それはカーテンをかけさせたことやルイーズ様をわざわざ夜に呼び出していることから、おかしいと感じた。突然の体質変異も考えられるが、使用人たちの話から考えると、「光」ではなく「日光」への忌避と考えられる。

 そして、突然の人格変異。これは、「ランタン持ちのアル」に対する態度が突然変わったことが挙げられる。これまでの対応とはまったく違うというのに、それが当然かのような対応をしていた。つまり、目の前の偽物は、本物のアンドレ様が俺に対して、どのような対応をしているのか、知らなかったんだ。


「そして何より、黒子だ」

「黒子?」

「こいつ、本物のアンドレ様の黒子とは、逆の手に黒子があるんだよ」


 俺が偽物を指さすと、偽物はいらだった様子で自分の手を握っている。普段は手袋で隠しているのに、まさか見られるなんて思いもしなかったんだろう。

 そんなことを話しながら、徐々にメリアと偽物の方へ、歩いていく。警戒した様子で俺を見ているが、俺は2人を通り過ぎて、大きな姿見へ近づいた。


「そしてなにより、そいつは鏡に写らない。


 だから、屋敷中の鏡を捨てさせた」


 覗き込んだ大きな姿見。そこには、悲痛な表情で鏡をたたくアンドレ様が写っていた。

 ルイドにも見せると、ひっと小さく声を漏らす。すうっと大きく息を吸い、目の前の偽物を見据えた。


「この、美しい鏡にいるのが、本物のアンドレ様だ。…そうだろう?」


 俺の言葉に、偽物はにっこりと「さて、どうだろうね」と笑う。だが、「美しい」という言葉に反応したのは見逃さなかった。


 おそらく、こいつの本体は、この姿見だ。自分を褒められて、反応してしまったんだろう。


 そっと姿見に触れたが、でこぼことした文様の指ざわりを感じるだけで、特に何も起こらない。…あの森の悪魔のときのように、何か起きないかと期待したが、そううまくはいかないようだ。

 メリアも拘束されたままだし、今下手なことはできない。まずは情報を聞き出しつつ、隙を伺うしかなさそうだ。


「なぜ、アンドレ様のフリをしてるんだ?」


 俺の言葉に、少し首を傾げた偽物は、もう自分が偽物であることは隠していないようで、意気揚々と話し出した。


「ルイーズ、とても美しいと思わないかい?」


 予想外の言葉に、俺は少々あっけにとられた。なぜここでルイーズ様が出てくるんだ?


「私の恋人も、あの姿がいいと言っていてね。もう少しで彼女も外に出てこれるんだ。

 彼女はまだ力が未熟でね。でも、次の満月には何とかなりそうなんだよ」


 恋人を想う気持ちは本物のようだ。だが、その笑顔はひどく歪んでいるように見える。その笑顔に背筋に冷たいものが走ったような気がしたが、メリアにはその笑顔が見えていないようで、偽物に対して問いかけた。


「まさか、ルイーズ様とも入れ替わるつもりなの!?」

「とんでもない!私たちが本物になるんだ」


 私たちが本物になるんだから、入れ替わるなんてもんじゃないんだよ。


 ニタニタと自分勝手な理論で笑う偽物。

 わずかな変化も見逃さずアンドレ様を思い、心配するルイーズ様。

 ルイーズ様を心から愛しているのに、今も鏡に閉じ込められているアンドレ様。


 ぐるぐると色んな情景が頭をよぎり、色んな感情が胸の中に沸き上がる。なんで、なんでこんなやつに、愛し合う2人が巻き込まれて、成り代わられなきゃいけないんだ。


「さて、君たちはどうしようかな。うーん。…そうだ!

 仲間に聞けば、君たちに成ってもいいってやつがいるかもしれないなぁ」


 にぃぃいっこりと笑う偽物。メリアはビクッと身体を震わせた。ぐちゃぐちゃの感情を抑えることができず、ギリっと歯を食いしばる。ぐるぐると、ぐわぐわと、体中に変な感情が入り乱れて、妙に熱かった。


「!なんだ、これは」


 突然、メリアから腕を離し、自分の手を見る偽物。ハッとして、俺は自分が触れていた鏡を見た。


「っ泡だ」


 俺が触ったところから、しゅわしゅわと泡が出ていた。自分の手と鏡、そして偽物を見ると鏡が泡に包まれていくにつれて、偽物もしゅわしゅわと消えていく。


「なんだ、なんなんだお前は!」


 そう叫びながら偽物が俺の方に来たが、ルイドが目の前に立ちはだかって俺をかばってくれた。


「あっ…」


 メリアが小さく声を漏らす。ルイドの肩越しに見えた偽物は、思ったよりも早く、しゅわっと全身を失った。



「うっ……」



 その逆に、俺の後ろからは小さな声が聞こえる。

 ハッとして声の主を見ると、そこにはいつもの見慣れた姿。


「っアンドレ様!ご無事ですか!」


 膝をついているアンドレ様。どうやら、偽物が消えて、鏡から出てくることができたようだ。

 顔を覗き込むため俺も膝をつくと、アンドレ様は額に手を当てて、はあぁあああと息を吐いた。



「何が何だか、よくわからないけど……。


 アル、ありがとう。助かったよ」



 小さく笑うアンドレ様。いつもの、あの朗らかなアンドレ様の笑顔に、俺は安堵の息を漏らした。



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