不思議な婚約者⑨前編 -姿見-
メリアが屋敷の中に入ってどれだけ経ったのか。俺はじりじりとした嫌な感情が沸き上がるのを抑えながら、メリアが出てくるのを待っていた。
…俺がレオンに誘拐されたときも、メリアはこんな風に待っていたんだろうか。
そんなことを思いつつ、少し咳き込みながら能天気な片割れが来るのを待っていたら、ガラガラと何かがこちらに近づいてくる音がした。…何の音だ?
「…ん?」
少し物陰から顔を出すと、ガラガラと台車を押しているルイドが目に飛び込んでくる。思わず、やつを凝視すると、さすがに進行方向に俺の顔があったことに気づいたらしく、「あれ?アル……だよね?」と立ち止まって話しかけてきた。
「ルイド、久しぶり」
「うん、久しぶりだね、アル。元気…ではなさそうだけど、会えてうれしいよ」
俺の咳き込む様子を心配そうに見ているルイドに、軽く肩をすくめてみせる。そして、先ほどから気になっている台車に乗っているものについて、尋ねることにした。
「これ、なんなんだ?なんか重そうだな」
「うん?ああ、そうなんだよ。花瓶だよ、花瓶。キース伯爵家に届けるんだ」
「キース伯爵家に?」
まさか、ルイドの口からその家名が出てくるなんて思わずに聞き返すと、ルイドは「あ」と漏らして、俺に申し訳なさそうな顔をした。
「そうだ、メリアにキース伯爵家からの注文について聞かれてたんだけど、そのとき、この花瓶のことは伝えなかったんだよね…まずかったかな?」
「ここ1か月以内に、この花瓶が注文されてたってことか?」
「違うよ、2か月前なんだ。キース伯爵子息が、花好きの婚約者へサプライズプレゼントしたいって仰られてね。メリアに聞かれた期間とは違ったから言ってなかったんだけど…」
「…いや、問題ないよ。ありがとう、ルイド」
ということは、これは間違いなく、本物のアンドレ様がルイーズ様へプレゼントしようと注文した品ってことだ。割れないように布で木箱と花瓶の間を詰めて、台車で運んできたとのこと。俺には、木箱の中にあるのは、装飾されたデカい壺にしか見えないが、これが花瓶らしい。
…ということは、ルイドはこれをキース伯爵家に運び入れるのか。
「…ルイド、その配達、俺もついて行っちゃだめか?」
「ええ?なんでまた…何か調べ物?」
「まだ確定してないから、詳しいことは言えないが、今、メリアが中にいるんだ」
「ええええ!?メリアが!?」
驚愕の表情で俺を凝視するルイドに、俺も重々しくうなずく。ルイドは戸惑っていたようだが、少し悩んで俺のお願いを吞んでくれた。
「うーん。じゃあ、新人の見習いってことにしようか」
「ありがとう。あと、その帽子、貸してくれ」
「え?うん、いいけど」
俺の顔は知られてる。ルイドが被っていたキャスケットを受け取り、中に髪を入れて深くかぶる。できる限り顔が見えないように、と少し俯き気味になりながら、ルイドの後ろからついて行った。
※※※
「………」
無事に屋敷に入れた俺たちは、メイドさんに「今は客室を一時的に物置にしているので、そちらへ」と言われ、客室へ向かっていた。ルイドは何度か来たことがあるとのことで、案内をしてくれようとしたメイドさんに断りを入れてくれた。とても助かる。
ガラガラと台車を押すルイドの後ろから、屋敷の様子を注意深く観察する。前回来たのは夜だったから、やはり昼間だと雰囲気が違う。とはいえ、本来であれば光がさしていたであ廊下は、重いカーテンで窓を覆われて、薄暗い。その暗さが、妙に不気味な空気を漂わせている。
「…アル、そろそろだよ」
「ああ」
客室に花瓶を置いたら、すぐに屋敷から出なくてはならない。メリアに接触できれば、進捗を聞きたかったが、難しそうだ。残念に思いながら、歩みを進める。
「――――!!!」
「―――――――!!!!」
「…なんだ?」
「客室の方だ……」
何か、遠くから揉めている声が聞こえてきた。俺とルイドは顔を見合わせて、客室へ急ぐ。客室の扉は閉まっていたが、中で何か揉めているようだ。
2人で頷き、俺が扉をゆっくりと開ける。
そこにいたのは、腕をつかまれているメリアと、怒りの表情でメリアをにらみつけているアンドレ様だった。
※※※




