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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
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子爵家の異変① -ランタン持ち-



 メリアから見送られ外に出ると、空は茜色に染まっていた。今日の付き添いを頼まれているロワン子爵家は、ここから約20分歩いた所にある。夕日の眩しさに目を細めながら、いつもの道を進んでいく。


 道中、それぞれの仕事に着くランタン持ち仲間と軽く挨拶を交わし、ロワン子爵家へ向かっていると、屋敷に着く頃には、もう陽が完全に落ちようとしていた。鞄からマッチを取り出し、箱の横で擦って火をつける。そうして、持ってきたランタンの中のロウソクに火を灯した。


「ランタン持ちが参りました」


 門番にそう伝えると、こちらを一瞥した門番が屋敷へ向かって行った。もうひとり、入口で直立不動になっている門番に目を向けたが、彼はこちらを見向きもしない。ロワン子爵家の門番は、どちらも口をきいてくれないのだ。

まあ、仕事中に余計なことをしないという精神なのかもしれないし、平民の子どもとなんて話をしたくないのかもしれない。本当のところはわからないが、最初のころは気まずく感じていたのに、今では慣れたものだ。

 無言のまましばらく待つと、ロワン子爵が現れた。


「今宵もよろしく頼む。行き先はテレンヌ子爵家だ」

「かしこまりました。ご指名ありがとうございます」


 ロワン子爵とその護衛2名、計3名を先導してテレンヌ子爵家に向かう。完全に陽が落ちた今、行手を照らすのは俺が手に持つランタンの光だけだ。


「うん。本当に良い香りだな、アル」

「ありがとうございます」


 メリアの作るラベンダーの香りのロウソクは同行する貴族からの評判がすこぶるいい。市場で販売されているロウソクに比べて、ほどよい香りなんだそうだ。売ってくれないかと頼まれたこともあるが、一回引き受けると、ほかのお得意様からも頼まれて大変になるかもしれないので、念のため「数が作れないので、難しい」と断っている。

 

 ロワン子爵家からテレンヌ子爵家までは歩いて20分かかる。ロワン子爵家を起点にすると、テレンヌ子爵家は俺の家と正反対のところに位置していて、そこそこ遠い。まあ、俺の家からそのまま向かえば30分ぐらいだが。

 ロワン子爵家の門番とは逆に、テレンヌ子爵家の門番は俺にも気さくに話しかけてくれる人たちで、外で待っている間はいつもひそひそと立ち話をしている。屋敷の人たちの失敗談とか町の人たちから聞いた話とか。この間は門番のサムさんのところに待望の第一子が産まれたらしく、デレデレと子どもの可愛さを力説していた。

ああ、そういえば門番の2人には、レオンも紹介してもらった。レオンは数年前に故郷に家族を残して出稼ぎにやってきて、テレンヌ子爵家の下男をしている。歳は俺の1つ上の14歳だ。俺と年の頃が近いから、気が合うんじゃないかと紹介してくれたのだ。

 まあ、どちらかというと年頃の男友達がいないレオンを心配して、俺を紹介した感じだったが。


 ロワン子爵の話に相槌を打ちながら歩みを進め、無事テレンヌ子爵家の前に着いた。

 いつも通り、門番のサムさんに来訪を伝えようとランタンをかざして見ると、初めて見る門番が立っていた。けっこうがっしりとした体形の男で、威圧感がある。


「ロワン子爵をお連れしました」


 初見の門番に伝えると、こちらをチラっと見て門を開ける。そのまま玄関ドアの前まで進むと、中からテレンヌ子爵が使用人と共に現れた。使用人の中にはレオンの姿もある。


「ロワン子爵!ようこそお越しくださいました!さあどうぞ中へ」

「テレンヌ子爵、お招きありがとうございます。では失礼して。アル、また後で」

「かしこまりました」


 ロワン子爵に頭を下げ、静かに頭を上げつつレオンの方にちらりと目線をやると、目が合った。レオンは小さく微笑むと、そのままくるりと背を向ける。どうやら元気でやっているようだ。

 ロワン子爵を見送り、子爵が再び出てくるまで門番の横で待つ。俺の知るテレンヌ子爵家の門番はサムとベン。初見の門番の反対側に立つベンの横に立ち、そっと声をかけた。


「ベンさんお疲れさまです」

「アルもお疲れさま」

「ありがとうございます。サムさんはどうされたんですか?」


 俺がそう尋ねると、ベンさんは少し背を屈めて小声で答えた。


「熱。なかなか下がらないらしくてな。一時的にサムの抜けた穴を埋める門番雇うことになったんだよ」

「そうだったんですか。早く良くなるといいですね」

「ああ、ほんとにな」


 初見の門番が見える位置に顔を出して、話しかけてみることにした。


「お疲れ様です。ランタン持ちのアルと申します。あなたのお名前は?」

「……」


 無視された。


「アル、気にするな。俺に対しても無視するんだよアイツ。気分悪いよな」

「そうなんですか?」


 新しい門番はこちらに目もくれない。なんというか、テレンヌ子爵家の空気に合わない男だ。キチっとしたように取り繕ってはいるが、門番というよりは、その辺のごろつきのような雰囲気に思える。


 それからベンと会話をしつつロワン子爵が出てくるのを待っていると、ドアの開く音がした。こちらに向かってくる複数の足音と共に声が聞こえてくる。


「……まして、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそご足労いただきまして、ありがとうございました」

「明日は我が子爵家へのご来訪を、心からお待ちしています」

「ありがとうございます。本日は妻が同席できず申し訳ありませんでした」

「いえいえ、どうかお気になさらず。ご夫人が早くお元気になられるとよいですね」

「ありがとうございます」


 門番が門を開くと子爵達が出て来た。俺は静かに頭を下げる。


「では、明日のご来訪お待ちしております」

「ありがとうございます。楽しみにしております。ああ、ちょうどよかった。アル、明日我が家からロワン子爵家への付き添いを頼みたい」

「かしこまりました」


 返事をするときに頭を上げて、もう一度頭を下げる。どうやら明日の仕事が決まったようだ。


「では道中、お気をつけてお帰りください」

「ありがとうございます」


 帰る間際レオンをチラッとみると、レオンはジっとこちらを……いや、ロワン子爵とテレンヌ子爵を見つめていた。両子爵を見る目は、なぜか複雑そうな感情が宿っている気がする。いつも朗らかなレオンらしくない表情に、目を細めた。


「行こうか、アル」

「かしこまりました」


 レオンの様子が少し気に掛かったが、頭を切り替えて暗闇の中の付き添いに専念した。

 何事もなくロワン子爵を家まで送り届け、ほっと一息つく間もなく、今度は街の見回りをはじめる。街の見回りもランタン持ちの大切な仕事の一つだ。


 いつものように街中を巡回して夜が明け始めた頃、家に戻った。

 そっと玄関ドアを開き中に入る。鞄をフックに掛けてランタンをテーブルに置くと、コップに水を注ぎ一気に飲み干した。今日はなんだかいつもより疲れた気がする。子爵達の会話によると、門番のサムさんだけでなくテレンヌ子爵夫人も体調を崩しているようだった。サムさんのところは子どもが産まれたばかりなのに、ご夫人も子どもの世話と旦那の世話の掛け持ちなんて、大変そうだ。


 俺はランタンのロウソクの火を消すと寝室のドアをそっと開けた。スース―と寝息を立てて、メリアはよく寝ているみたいだ。


「メリアただいま。おやすみ」


 メリアの横で毛布を掛けてベッドに横になる。明日、レオンの様子についてベンさんに聞いてみてもいいかもしれない。早くサムさんの体調が良くなるようにと祈りながら、俺は眠りについた。



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