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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
18/36

不思議な婚約者⑦前編 -姿-



 夕方、渡された侍従の服に着替え、借りた眼鏡を装着し、肩より少し短い長さのブラウンのウィッグを被ると、自分ではない誰かになったような、不思議な気持ちになった。


 横を見ると髪を一つ縛りにして俺の服を着たメリアが、手慣れた様子でランタンの準備をしている。俺のフリしてランタン持ちをするのも今日で15回目だもんな。今までは危険なことをするなって怒ってたのに、今回に至っては俺から頼むとは……。


 メリアを危険なことに巻き込みたくない、それは今も変わらない。だが、レオンの事件がきっかけで、相手を危険に巻き込みたくないって思うのはメリアも同じだったんだなってことがよくわかった。


 危ない橋を渡るときは2人一緒に。あの事件の後、メリアとした数ある約束のうちのひとつだ。


「アル、準備できたよ。行こう」

「ああ、行こうか」


 俺たちは家を出てハリー子爵家に向かった。子爵家の門が見えてきた辺りで俺はキース伯爵家に向かう道に通じる路地裏に身を隠し、メリアがひとりで門に向かう。

 俺は侍従を装うとはいえ、本物ではない。ルイーズ様とお約束したときにいた人は事情を知っているが、ほかの人は知らないため、怪しいと拘束されるおそれがある。そのようなリスクを避けるために、メリアだけがランタン持ちとして屋敷へ伺い、途中で合流することになっている。


 ロウソクも何もない真っ暗な空間に身を潜める。なぜ暗闇の中は、こうも落ち着かない不安な気持ちになるんだろうか。


「ランタン持ちが参りました!」


 メリアの声が聞こえ、しばらくすると何人かの足音が聞こえてきた。


「それではキース伯爵家にご案内します!」


 メリアの持つランタンの光がこちらに近づいてきたところで、俺も路地裏から合流し、無事に集団へもぐりこめた。スッと入ってきた俺に気が付き、ルイーズ様はほう…と息を吐く。


「この地点でアルが合流してくるとわかっていても、暗闇から人が急に現れるのって、怖いものね」


 ルイーズ様の言葉にメリアは激しく頷いている。


「それにしても驚いたわ。本当にそっくりなのね」

「双子ですからね」


 感心した様子でメリアをじっと見つめていたルイーズ様だが、キース伯爵家が近づいてくるにつれて口数が減っていった。無理もない。今から会うアンドレ様は得体の知れないよからぬものに取り憑かれている可能性があるのだから。


 暑い季節だというのに、今日に限ってはひんやりと寒気まで感じる気がする。全てが杞憂で終わって欲しい、だがそうはならないだろう。そんな予感を抱きながら、俺たちはキース伯爵家に到着した。


 メリアが門番に話しかける。


「ハリー子爵令嬢をお連れしました!」


 メリアの声を受けてこちらに目を向けた門番は頷くと、門を開ける。そのまま進んでいくと、前回と同様、アンドレ様が家令と待っていた。


「やあルイーズ、よくきてくれたね!待っていたよ」

「アンドレ様、お招きいただきありがとうございます」


 さすが貴族令嬢だ。先程までの青ざめていた顔から一変して、いつものルイーズ様に戻っている。朗らかに微笑みその姿を見て頬を緩めたアンドレ様は、俺を見て眉をぴくりと動かした。


「ん?ルイーズ、彼は?」


 俺に気がついたアンドレ様は不快を隠す気もないようで、眉を顰めて俺を見ている。


「彼はルーといって、私の新しい侍従ですの。今日は同行させるようにと父に言われたので連れてきました」


 俺はぺこりと頭を下げる。


「ハリー子爵のご意向か。それなら仕方ないな。ルイーズ、君のためにマカロンを用意したんだ。さあいこう」


 アンドレ様に促されて屋敷へと入っていくルイーズ様の後に、護衛と共に続く。

 後ろをチラッと振り返るとメリアが心配そうにこちらを見ていた。


 〈メリア、行ってくる〉

 〈アル!気をつけてね!〉

 〈ああ、メリアもな〉

 〈うん!〉


 頭の中で簡単な会話を交わしてから屋敷の奥へと進んでいった。俺たちが頭の中で会話できる範囲は50メートル。ここまで進んでは、もう会話ができないだろう。便利なようで不便な能力だ。


 家老が持つランタンの灯りを頼りに進み、アンドレ様がルイーズ様のために用意していた部屋に入った。部屋のあちこちにロウソクが置かれていて、確かにこれは幻想的である。


 テーブルには昨日アンナさんが注文していたマカロンも含めて、色とりどりのお菓子がセットされていた。


 アンドレ様のエスコートでルイーズ様はソファに腰掛けた。俺はそのななめ後ろに立ち、様子を伺う。

 今のところ、目立っておかしいところはやはりない。前回と同様、ランタン持ちの俺(正体はメリア)を無視し、ルイーズ様の侍従である俺を不快だと言わんばかりの表情で見てきたくらいだ。


 ポーカーフェイスをよしとする貴族としてはありえない表情ではある。正体が平民アンデルだから……そう考えれば辻褄が合う気もするが、エスコートや食事のマナー、先程からの会話の様子を見ていると、どうやらルイーズ様とアンドレ様の秘密の会話まで知っているようだ。


 となると、アンドレ様ご本人なのか?それかアンドレ様が自らアンデルにルイーズ様との会話まで全て教えてアンデルに成り代わりを依頼したとか?だがそれだと、やはりカーテンと鏡の説明がつかないな。


 アンドレ様の言動を観察しながら考察をしていると、アンドレ様がカップを引っ掛けて手袋にコーヒーがかかってしまった。


「大丈夫ですかアンドレ様!火傷はされていませんか?」

「ああ、驚かせてしまってすまない、ルイーズ。ほら、この通り、手はなんともないよ」


 そう言ってコーヒーがかかった左手の手袋を外して、手のひらと甲をルイーズ様に見せた。すると、それを見たルイーズ様は怪我がないことにホッとするかと思いきや、なぜか青ざめている。

 

「手袋を取り替えてくるよ。すぐ戻る」


 ルイーズ様の青ざめた表情に気が付かないのか、アンドレ様は席を立つと部屋をさっさと出て行ってしまった。


 ランタンを持った家令やメイドも一緒に行ってしまったため、部屋にはルイーズ様と護衛と俺だけになった。


「ルイーズ様、顔色が悪いですが、どうされましたか?」


 この機を逃さないように、小声でルイーズ様に話しかける。


「……黒子があったのよ」

「黒子ですか?」


 黒子がなんだというんだ?


「右手の指先にあった黒子が、左手の指先にあったの。以前アンドレ様が手袋を外して教えてくれたのよ。右手の中指にハートに見える黒子があって、恥ずかしいんだって」

「そのハートの黒子が左手の中指にあったんですか?」

「ええ、あったわ。もちろん、以前見たときに左手の中指にそんなものなかった」


 話しているうちに、ルイーズ様はどんどん青ざめていく。黒子が移動するなんて聞いたことがない。やはりあれはアンドレ様ではない、別のナニカなのでは?

 別のナニカだとすると、どうやって見分ければいいのだろう。必死に記憶をたどる。図書館にはなかった。それは確かだ。だが、どこかで聞いたはずなんだ。


 そんなことを必死に考えていたら、窓辺のカーテンが、ひらりと動いたのが目に入った。それを見て、たしかメリアが、布をお化けだと勘違いしたことを思い出す。




 …そうだ、たしか昔、メリアがお化けを怖がっていたときに、父さんが何か言っていた。


 そう、そうだ。何かが鏡に映ったって泣いてて、そのメリアに父さんが。



「やあ待たせてすまないルイーズ。新しいものに取り替えてきたよ」


 つらつらとそんなことを考えていたら、家令やメイドと共にアンドレ様が部屋に戻ってきた。ハッとして、記憶に没頭していた脳を現実に引き戻す。


「ルイーズ、どうした?顔色が悪いみたいだが」

「え、えっとこれは……」


 明らかにルイーズ様が動揺している。ここはフォローをさせてもらおう。


「失礼ながら申し上げます。ルイーズ様は先程の件で動揺されております。もしもアンドレ様が火傷を負われていたら……と。それが非常に恐ろしかったそうです」

「ええ、アンドレ様がもし、火傷を負って痛い思いをされていたら、と考えると恐ろしくなってしまって」


 俺のフォローに全力でのるルイーズ様。アンドレ様の様子を伺うと嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「そうだったのか!そこまで私を想ってくれているなんて嬉しいよルイーズ。

でもこの通り、私は火傷もしなかった。だから大丈夫だよ」

「はい、本当によかったです、アンドレ様」


 ルイーズ様がぎこちなくアンドレ様に微笑み返す。

 今だ。俺は目を押さえてそっと家令に近づき声を掛けた。


「申し訳ありませんが目に何か入ってしまったようです。大変恐れ入りますが、何か映せるものをお借りできませんか?」

「それはそれは。どうぞこちらをお使いください」


 そう言って家令が手渡してくれたのは手鏡だった。やはり。いくら屋敷中の鏡を捨てさせたとはいえ、来賓用や自分の身支度用に手鏡くらいは持っているのではないかと思った俺の考えは正しかったようだ。


「ありがとうございます」


 そう、父さんは言ってた。鏡に映った布をお化けだと勘違いしたメリアに。

「魂のないものは鏡に映らないんだ」って。


「お借りしますね」


 家令から手鏡を受け取る。心臓から、ドクリドクリと嫌な音が響いているようだ。周囲に、この緊張が伝わっていないことを祈りながら、自分の背後にいるお2人が鏡に映るよう、鏡の位置を調整する。


 鏡には、ぎこちなく微笑み続けるルイーズ様の姿は映れど、アンドレ様の姿は映らなかった。


「……」


 念のため、目視でアンドレ様の位置を確認し、もう一度鏡を見てみる。…やはり、アンドレ様の座っているソファが映るのみで、アンドレ様の姿が映っていない。


「ありがとうございました。おかげで痛みがなくなりました」

「それはようございました」


 俺は目から何かを取り出したフリをして家令に手鏡を返すと、ルイーズ様のななめ後ろへと戻った。震える自分の手を後ろに隠し、必死に押さえて平静を装う。





 これはアンドレ様じゃない。



 魂のないナニカだ。




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