不思議な婚約者⑤ -打診-
無事に見回りを終えて眠りについた翌日、俺が目を覚ました頃にはルイドからの手紙が届き、メリアも外出から戻ってきていた。
未だにおかしな話だと思うんだが、メリアとルイドはノアを通して手紙のやりとりをしている。俺たちはルイドの住んでいるところを知らないんだが、ある日メリアがノアにルイドがどこに住んでいるか知ってるか何の気なしに尋ねたところ、ニャアと鳴いたという。じゃあルイドにこのお花を届けてくれる?と言って花を差し出すと、口に咥えて去って行ったらしい。
後日、街で偶然会ったルイドにその話をメリアがしたところ、ルイドは驚いた様子で自分の前に現れた黒猫の話をしたという。メリアがノアに渡した花とルイドが受け取った花が同じだったことから、本当にノアがルイドの住まいを知っていて花を渡しに行ったことがわかり、それからノアを通した手紙のやり取りが始まったのだ。
もう一度言うが、未だに意味がわからない。
その話は置いておいて、メリアから差し出された手紙の内容を確認する。やはり、1ヶ月以内に女性向けのプレゼントを注文した形跡はなかったようだ。
「浮気の線はこれで完全に消えたって思っていいんだよね?浮気のせいで人が変わったわけではないってことだよね?」
確認をするように、自分に言い聞かせるかのようにメリアが聞いてくる。
「ああ、浮気はないな。逢瀬がない以上、プレゼントを贈ったり手紙を送ったりしている可能性はあるかとは思ったが、手紙は侍従が気づくはずだ。まあ、侍従が口をつぐんでいてアンナさんたちに情報が伝わっていないだけ、という可能性もあるが……。
プレゼントもルイドのところに注文していないとなると、浮気をしてる可能性は完全に消えた、と見ていいだろう」
俺の言葉に、メリアの顔色が青を通り越して真っ白になっている。
「じゃあやっぱり隠し子か悪魔の2択だよね。…隠し子でお願いします!」
「俺にお願いされてもな。そういえば悪魔の見分け方とか、悪魔と鏡について何かわかったか?」
前に、俺が悪魔に関する本を読み漁ったとき、パリで1番大きな図書館だというのに悪魔に関する本は数冊しか置いてない上、見分け方や鏡に関する内容は見受けられなかった。
探し漏れがあるのではないかとメリアに頼んでおいたのだが……。
俺の少しの期待とは裏腹に、メリアは盛大なため息でこたえた。
「司書さんにも聞いたんだよ?でもね、悪魔の見分け方についてはエクソシストの専売特許だから置いていないって。悪魔と鏡についても、そんな内容の本は置いてないの一点張りだった」
やっぱりそうか。そういう専門的な書籍は、大衆向けには置いていない。俺の予想だと、一般の人が入れないゾーンとかにまとめて置いてあるんだろう。
「アル、どうする?隠し子についてはメイド長さんに接触しないといけないよね。でもメイド長さんってそう簡単に接触できる人じゃないし、メイドさんにも話さないこと、私たちに話してくれないよね」
「そうだな」
メイド長との接触が難しい上、仮に接触できたとしても、話を聞き出すことは困難だろう。そういったデリケートな内情を、外部の人間に話すとは思えない。
「それに悪魔の見分け方も、悪魔と鏡が何か関係あるのかも、何もわからなかった……。これからどう動けばいいの?成り代わりなら早く何とかしないと、本物のアンドレ様が危ないんじゃない?」
たしかに、メリアの言う通りだろう。さて、成り代わりの線が濃厚になった今、事は一刻を争うだろう。だがこれ以上動きようがない。そうなると、これまで調べた内容をルイーズ様に報告することが、今俺たちにできることなのかもしれない。
「メリア、色々調べてくれてありがとう。俺、今からルイーズ様に会ってくる。調べた内容を報告してくるよ」
「私も一緒に行くよ!」
「いや、ここは依頼を受けた俺ひとりで報告した方がいいだろう。夕飯前には戻るから」
そう言って鞄を取りに行こうとしたところでメリアに腕を掴まれた。
「レオンのときと一緒。すぐ戻るからって日中出掛けて帰ってこなかった。
……今回も悪魔が絡んでる可能性があるんだよね?本当にひとりで行くつもり?」
俺の腕を掴むメリアの手にグッと力が入った。完全に目が座っている。そんな目で見られると、ひとりで行くと主張しにくい。とはいえ、ルイーズ様と面識がないメリアを屋敷に入れるわけにはいかない。
そういった事情を改めて説明したうえで、「心配なら、屋敷までは一緒についてくるか?」と尋ねたところ、コクリと頷かれた。
メリアは俺の腕を掴んだままサッと出かける準備を済ませ、ドアを開いた。俺の右腕を掴むメリアの手を掴んでそっと引き剥がすと、しっかり手と手で繋ぎ直してから階段を降りていく。
さて、これからどうなるのか。ルイーズ様にどう説明するかと頭を悩ませながら、屋敷への道を急いだ。
※※※
手を繋いだままハリー子爵家に辿り着いた俺は、門番にランタン持ちの資格証を見せてルイーズ様にお取次ぎを頼んだ。
しばらくすると門番が侍従と共に戻ってくる。俺は無事に屋敷に入れてもらうことができたが、メリアはやはり屋敷に入る許可が出なかったため、外で待機だ。
屋敷の中を侍従と共に進んでいくと、侍従がある扉の前で足を止めた。コンコンコンとノックして声を上げる。
「お嬢様、お連れしました」
「ええ、どうぞ」
扉が開かれた部屋の中には、ソファに腰掛けたルイーズ様と何名かのメイド、先日同行した護衛2人がいた。
「アル、報告に来てくれたのよね。早速聞きたいわ。ここに掛けてちょうだい」
「かしこまりました。失礼いたします」
ルイーズ様に促されて、ルイーズ様の向かいのソファに腰を掛けた。
「急なご訪問になってしまいまして、申し訳ありません」
「いいのよ。今日依頼している夜間同行で会うよりも前に、私に報告をしないといけないようなことが判明した、ということでしょう?」
俺は頷き、早速調査内容の報告を始める。
最初にお伝えした病気や浮気ではないという報告に、ルイーズ様は心底安心したご様子だった。それを一番心配していたらしい。
俺が次に話した隠し子の可能性については、なんとルイーズ様から真実を聞くことができた。ルイーズ様が語ったところによると、キース伯爵の自称隠し子は、キース伯爵の弟の隠し子、つまりアンドレ様の従弟だったのだという。
「お名前はアンデルだったわ。名前も紛らわしくて見た目もそっくりなようだけれど、やはり平民の方でしょう?肌や髪の艶、気品やマナー、喋り方まで全てアンドレ様の真似をするのは不可能じゃないかしら」
違和感はあるとはいえ、ルイーズ様から見ても、見た目やマナー、喋り方は今までのアンドレ様と相違ないらしい。もし平民のアンデルがアンドレ様に成り代わっているとするならば、ただ日中に会えなくなった、ただコーヒーに砂糖を入れなくなった、というくらいの変化では済まないだろうと。
「でも、それならやっぱり私の気にしすぎだったのかしらね。病気でも浮気でもないんですものね」
「実は、もうひとつ可能性があるのです」
「…そう。聞かせてちょうだい」
ルイーズ様に、キース伯爵家の変化について話す。1ヶ月前から日中もカーテンを閉め切り、屋敷中の鏡を捨てさせたことを。
「日中も閉めているの?それになぜ鏡を捨てさせたのかしら?」
「それにつきまして、あくまで仮説の話でございますが、1つの可能性をお話しさせていただきます」
俺はなるべくわかりやすくルイーズ様に説明した。光を苦手とする病気でもないのに日中外へ出ず、カーテンを閉めて屋敷に閉じこもっている。
「よからぬものに取り憑かれている可能性があります」
さすがに悪魔に成り代わられているとまでは言い切れなかった。取り憑かれているのと成り代わられているのとでは怖さが全然違うからだ。しかし、取り憑かれているというだけでもルイーズ様にはだいぶインパクトがあったらしい。
顔から血の気が引き、口をおさえて震え出してしまった。周りのメイドや護衛も顔を真っ青にさせている。
「お、お嬢様、失礼ながら子爵様にご報告された方が……」
おずおずと1人のメイドがルイーズ様に声を掛けるが。
「だめよ、もし本当に取り憑かれているのだとしたら、お父様にバレれば破談にされてしまうわ!嫌よ!せっかくアンドレ様と結婚ができるというのに!」
なんと、今回の婚約を嬉しく思っていたのはルイーズ様もだったようだ。
「アルお願い。アンドレ様が本当によからぬもの取り憑かれているのか、アルにも実際にみてくれないかしら?私の従者として」
「私が、ルイーズ様の従者として、ですか?」
「ええ」
確かに、屋敷の中での様子を直接見て確認することで、何かのヒントになるかもしれない。
「あっ、でもそうしたら、ランタン持ちをどうすればいいかしら?お父様にはアルに頼んだと言ってしまったし……」
俺が侍従に変装して屋敷に入り込むなら、別のランタン持ちが必要になる。困ったように俺を見るルイーズ様に、俺は頷いて請け負った。
「ルイーズ様、適任者がいます」
俺そっくりの、代打なら。
その後、簡単な打ち合わせを済ませて侍従の服と変装に使えそうなものを用意してもらった俺は、鞄にそれをしまって屋敷を後にした。
門を出たところでメリアに飛びつかれる。
「アル!無事だった!よかった!いや本当に無事なのかな?ちょっと確認させて」
そう言って俺の身体をペタペタ触り始めたメリアの手を掴む。…何かが起きるとしたら、成り代わられている可能性が高いアンドレ様のお屋敷だろうに。そこまで心配してくれているのか、と申し訳ない気持ちと、少し落ち着け、という気持ちが沸き上がる。
「俺は大丈夫だから。ほら、帰るぞ」
目が血走っているメリアの手を掴み家路を急いだ。早く帰って、とりあえずホットミルクで落ち着かせてから、今日のランタン持ちの話をしないといけない。
※※※
そうして家に帰り着くと、早速俺は予定通り、メリアにホットミルクを作って飲ませた。メリアの血走った顔が平常モードに切り替わったのを確認して切り出す。
「メリア、今日のランタン持ち、お前がやってくれ」
メリアは、ぽかん、とした表情で俺を見ていた。




