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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
15/36

不思議な婚約者④ -うっかり-



 調査2日目。朝食を済ませた私たちは早速キース伯爵家に向かった。


 昨日の調査で使用人出入り口はわかっている。誰かタイミングよく出てきてくれていることを祈りながら出入り口に辿り着いたが、残念ながらそこに使用人の姿はなかった。


「あっちで待とうか」

「そうだな」


 堂々と出入り口の前で待機するわけにもいかないため、路地裏に身を潜めてそのときが来るのをじっと待つ。


 陽が高くなった頃、使用人出入り口がガタッと開く音がした。扉が開き中から出てきたのは、運がいいことに昨日会ったうっかり姉さんだ。アルと顔を見合わせてお姉さんの元に急ぐ。


「お姉さんこんにちは!」

「あら、あなた昨日の……」

「メリアです!」

「そう、メリアちゃん!こんにちは。そっちの子、メリアちゃんとそっくりだね」


 うっかりメイドさんがアルを見て興味深そうにしている。


「メリアの兄のアルです。昨日アンドレ様の様子を伺いにきたメリアに親切に色々教えていただきありがとうございました」


 アルがぺこりと頭を下げ、慌てて私も同じように頭を下げた。


「あら、わざわざお礼を言いに来てくれたの?いいのよーアンドレ様のことがそれだけ心配だったんだもんね」

「ありがとうございます!本当に心配で……アンドレ様は今日も相変わらずですか?」

「ええ、今日も相変わらずカーテン閉めて生活してるわね」


 うっかりメイドさんは眉をハの字にして困ったように微笑んだ。


「あの、何かご用事があったんじゃないですか?」

「そうだったわ!お使いを頼まれてるんだった!私もう行かないと」


 アルの言葉で用事を思い出したうっかりメイドさんが慌てた様子で出入り口の扉を閉める。その様子に、アルと視線を交わしてから、にっこりと笑って提案した。


「あの、何の用事ですか?お手伝いさせてください!」

「えっ手伝ってくれるの?」


 目を輝かせるうっかりメイドさん改め、アンナさん曰く、明日の夜キース伯爵家を訪れるハリー子爵令嬢のために花束とマカロンを注文しに行くらしい。そのついでに注文しておいたワインを取りに行くそうだ。


「ワインを何本も1人で運ぶの大変だなと思っていたのよ!手伝ってもらえると助かるわ!」

「「ぜひお手伝いさせてください!」」

「ありがとう!」


 こうして私達はアンナさんのお手伝いの名目で、まずは花屋に行くことになった。私が聞き込みをしたあのお花屋さんだったらどうしよう……という私の心配は杞憂に終わり、ここパリで1、2を争う人気を誇る「ローズの花屋」へ向かう。


 「ローズの花屋」まではここから10分くらい歩く。その間に情報を色々聞き出したい。まずは浮気についての疑惑を明らかにしよう。


「それにしても、婚約者のために花束とマカロンの注文をされるなんて、アンドレ様って本当に素敵な方ですよね!」

「ええ、本当にアンドレ様は素晴らしい方よ」


 自分の支える主人が褒められて嬉しそうにしているアンナさんに、今度はアルが話しかける。


「アンドレ様とルイーズ様は政略結婚なんですよね?

 政略結婚でも、やっぱりお相手のことは気にかけるんですね。勝手なイメージですが、けっこう淡泊な関係性なのかと思ってました」

「たしかに、お2人は政略結婚よ。でもね、もともとアンドレ様はルイーズ様をお慕いしていたの」

「えっそうなんですか?」


 私の言葉に頷いたアンナさんは、話を続ける。


「だからね、政略結婚のお相手がルイーズ様だってわかったとき、アンドレ様、それはもうお喜びになってね。私たち使用人もその日は使用人部屋でお祝いをしたのよ」

「もともとお慕いしてたってことは、アンドレ様はルイーズ様一筋なんですね」

「ええ!メイドの中には身分不相応な夢を見る子もいたんだけどね、アンドレ様はどんな美人に言い寄られても一度も靡いたことがないの!私にはルイーズ以外考えられない!って」


 美人に言い寄られても靡かない……アンドレ様はルイーズ様のことが本当に好きなんだ。


「へぇええ…そんなにルイーズ様のことがお好きなんですね」

「ええ、アンドレ様の従者がね、『アンドレ様はルイーズ様以外の女性が目に入っていないようだ』とか『仕事をしていないときは、いかにルイーズ様が素晴らしいか永遠と聞かされるんだ』って頻繁に愚痴をこぼすくらいには、ルイーズ様にくびったけよ」


 従者は四六時中主人と行動を共にしている。その従者がそう言っていたとなると、アンドレ様が日中愛人を連れ込んで浮気をしているという線はなくなったかな?アルを見ると小さく頷き返してくれた。


 じゃあ次は病気について聞き出そうか、というところで「ローズの花屋」に到着したので、アンナさんが注文を終えるのを店の外で待つ間に小声でアルと会話する。

 

「アル、浮気はなさそうだね」

「そうだな、日中屋敷の中で浮気してる可能性はほぼ消えた。ただ、念には念を、だ。アンドレ様から女性向けのプレゼントを注文されてないか、ルイドに聞いておこう」


 ルイドの勤めている商会はパリでも1番の商店だ。特に女性向けの商品に定評があり、女性向けのプレゼントを選ぶなら、まずルイドのところの商会に注文するのが貴族の中のステータスにもなっているとルイドから聞いたことがある。

 アルが言うには、もし、人が変わったようになったという1ヶ月前から、女性向けの商品をルイドの商会に注文しているにも関わらず、その商品をルイーズ様に渡していなかったという場合、逢瀬をしていなくても、他の女性に心を移している可能性が残るという。


「2人ともお待たせ!無事注文ができたわ!次はマカロンよ!」


 「ローズの花屋」の向かいにあるパティスリーでマカロンの注文を済ませると、ワインの店に向かう。ワインの店に着くまでは、しばらくかかるので病気について聞くことにする。


「アンナさん、昨日も聞いたんですけど、本当にアンドレ様の体調は大丈夫なんですか?」

「あの、光が苦手になる病気があるみたいなんです。カーテンを閉めてるのもそのせいなのかなと」


 私の言葉にアルが続いた。


「光が苦手になる病気なんてあるの?」


 目を丸くするアンナさんに、アルが詳しく病状を説明すると。


「その病気って陽の光だけが苦手なの?」

「そうですね……陽の光が苦手なだけではなく、ロウソクの元で見る白い紙も眩しく感じるみたいです」

「じゃあ違うわ。カーテンを閉め切った屋敷の中でロウソクで照らしたデスクに向かって仕事されているけど、真っ白な紙にいつも通り慣れた手つきで書き込んでいらしたから」


 それなら光が苦手な病気というわけではなさそうだ。


「それにね、最近はいつもよりも多く食事を召し上がってるの。外には出たがらなくなっちゃったんだけど、身体がどこか悪いというよりは気鬱なのかもしれないわね。だから最近いつもより使用人に厳しいのかも」


 病気の線もなくなってしまった。最近使用人に厳しくなったという変化も踏まえると、やはり悪魔か隠し子が成り代わっている可能性が出てきたということだ。今日あと確認できるのは隠し子のことかな。


 ワイン店に辿り着き、注文していたワインを5本受け取る。アンナさんとアルは2本ずつ、私は1本を手に持ちキース伯爵家に戻ることになった。


「アンナさん、昨日アンドレ様はもしかして隠し子と入れ替わってしまったんじゃないかって言ってましたよね?」

「そうなのよ!私は騒動が起きたとき、まだ勤めていなかったんだけど、アンドレ様そっくりだったらしいし、最近急に使用人に厳しくなったのも入れ替わったせいじゃないかなって思ったの!」


 私を振り返ったアンナさんが興奮気味に話す。やっぱり、人の口に戸は立てられぬってことだ。たとえ口止めされていても、ついつい話しちゃうことがある。だからこそ、噂話が広まるわけだし。


「でもね、違ったみたいなの」


 急にしょんぼりとしたアンナさんが語るところによると、昨夜、使用人部屋で同室の子とその話で盛り上がっていたところ、いきなりメイド長が部屋に入ってきて一喝されたという。


「それは絶対にないから、それ以上変なことを言うんじゃない!って怒られちゃった」


 なぜ絶対にないと言えるのか聞きたかったが、メイド長のあまりの剣幕に引き下がるしかなかったらしい。


「怪しいと思うんだけどなぁ」


 そうこうしているうちにキース伯爵家の使用人入り口に戻ってきた。扉を開いたアンナさんはこちらを振り返る。


「2人とも、お手伝いありがとう!おかげで筋肉痛は免れそうよ」


 フフフと嬉しそうに微笑むと、私とアルからワインを受け取り、抱えるようにして屋敷の方へと入っていった。その後ろ姿を見送り、アルは私に振り返る。


「帰るか」

「うん」



※※※


 家に帰りつくと、2つのコップに水を注ぎテーブルに置いて椅子に腰掛ける。ひと口、口に含んで喉を潤してから、最初に口を開いたのはアルだった。


「病気の可能性はないな。浮気の可能性はほぼないが、確実にするためにルイドに聞くとして、残りの可能性は成り代わりか」


 成り代わり……改めて口に出されるとガックリくる。


「隠し子の可能性は?」

「まだ消えてない。なぜ隠し子ではないとメイド長が断言したのか、その理由がわかっていない以上、隠し子が成り代わっている可能性もまだあるにはあるけど……」


 どうにもアルの歯切れが悪い。


「あるけど、何なの?」

「隠し子が成り代わってるんだったら、病気でもないのにカーテンを閉め切ってる理由がわからないんだよ。鏡は、まあ鏡を見るたびに自分が偽物だと再確認してしまうのが嫌だからってことも考えられるけど」


 アルが次に紡ぐ言葉を想像して思わず冷や汗が滲む。


「待ってアル、そしたらまさかアンドレ様は?」

「ああ、悪魔に成り代わられている可能性が高くなったな。それならカーテンを閉め切ってる理由も、陽の光が苦手だからで説明がつく。使用人への態度が厳しくなったのも日中出歩かなくなったのも、正体が悪魔なら納得だ」


 想定していた中で最悪の事態だ。


「じゃあ鏡は?」

「それはまだわからないな。昔お父さんから何か聞いたような気もするんだけど、思い出せないんだよな。悪魔と鏡に関する本を探した方が良さそうだ」


 明日、早速本を探しに行かないと。


「とりあえず、浮気の線を確実に消すためにルイドに手紙を出してくれ」

「わかった」


 アルに言われて、棚から紙と封筒と鉛筆を取り出してルイドに手紙を書いた。あらかじめ話していた通り、アンドレ様から女性向けのプレゼントの注文を受けていないかを尋ねる内容だ。

 書き終えて封筒に入れると、窓に近づき外に向かって声をかける。


「ノア!手紙をお願いできる?」


 しばらくすると玄関ドアの前でニャアと猫の鳴く声がきこえた。近くの寝床から、出てきてくれたようだ。

 私はドアを開いて声の持ち主を確認する。


「ノア、いつもありがとう!これをルイドにお願いね!後でとっておきのチーズをご馳走するから」


 心得た!とばかりに再びニャアと鳴いた黒猫ノアは、私が差し出した手紙をぱくっと口に咥えて去っていった。


 いつだったか、冗談でノアに「ルイドに花を届けてくれたらおやつをあげるね」と言ったら、その日本当にノアはルイドに花を届けてくれたのだ。まさか、本当にやってくれるとは思っていなかったので、とても驚いた。その後も何回か手紙を届けてもらい、確実に渡してもらえるとわかったので、ルイドに手紙を届けるのはノアにお願いしている。


「今日やれるだけのことはやった。あとはルイドの返事を待って、明日鏡と悪魔に関する本を探そう。悪魔の見分け方についての本もな」


 明日も忙しくなりそうだ。隠し子にしろ悪魔にしろ、もし成り代わりが起きているのであれば、成り代わりが起きたのは日中も屋敷のカーテンを閉めるようになった日の辺り、つまり今から1ヶ月も前ということになる。そうだとすると、本物のアンドレ様は今どうしているのだろうか?


 囚われているのであれば一刻も早く見つけ出してあげたい。でも、悪魔が絡んでいるとなるとそう簡単にはいかないだろう。隠し子か、悪魔か……。


 ルイーズ様には申し訳ないが、やっぱり浮気をしていて人が変わったようになってしまった、というオチであって欲しいと願ってしまう。


 全ては明日のルイドからの返事次第だ。嫌な予感に気がつかないフリをしながら、アルと夕飯を済ませると、見回りの仕事に出掛けるアルを見送った。


 もし、もしも悪魔に再び会ってしまったら、私にできることは何かあるんだろうか?


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