不思議な婚約者② -調べ物-
毎朝目が覚めるとアルの姿を確認する。アルの頭を撫でてそっと抱きしめてから寝室を出るのが、例の事件以来すっかり習慣になってしまった。
2ヶ月前、無事にアルを取り戻してからも、しばらくはアルがまた誘拐されたらどうしよう……と心配で満足に眠れない日々を送っていた。
しかし、そのせいでふらふらしていた私に対して、アルが二度と信用できる人であっても2人きりにはならないと約束してくれたので、少しずつ眠れるようになってきている。ただ、アルの姿を毎朝見ても、手で触って抱きしめてアルの存在を確認しないと気が済まなくなってしまった。
木の小窓を開き、お父さんお母さんに挨拶をするとテーブルの上を確認する。最近は人探しや土産探しといった、以前とは違う探し物が増えている。ゲンナリしているアルと違って私は結構楽しみにしているのだ。
Cher Madame
キース伯爵家の御令息、アンドレ様の最近の様子を調べてくれ
アル
キース伯爵家のアンドレ様……とりあえず伯爵家の周りで話を聞こう。運が良ければ使用人とか屋敷に出入りしている人から話を聞けるかもしれない。
パンとスープでお腹を満たした私は、身支度を整えると鞄にメモ帳、鉛筆、念のためにアルからのメモを入れて玄関ドアを開けた。
「あらメリアちゃんおはよう。今日は何の探し物なの?」
声がした方を向くと、ベージュの髪を緩く結んで肩から垂らし、菫色の瞳を柔らかく細めたバーベナ姉さんが微笑みかけてきた。バーベナ姉さんはお針子さんで、私に裁縫を時々教えてくれる。裁縫だけじゃなく男の撃退術とかも教えてくれる、おっとりした見た目からは想像出来ない頼りになるお姉さんなのだ。
「バーベナ姉さんおはよう!今日はね、探し物というより調べ物かな?」
「調べ物?何を調べるの?」
「キース伯爵家のアンドレ様!」
「あら、アンドレ様なら知ってるわ」
「え?バーベナ姉さん知り合い?」
外出早々まさかの当たりを引いてしまった。世間は狭いって本当だな。
「そうねぇ、知り合いって程ではないんだけど、うちの工房によく手袋を注文して下さるのよ。アンドレ様がどうかしたの?」
「私もよくわからないんだけどね、何か最近アンドレ様に変わった様子とかないかな?」
「変わった様子……」
バーベナ姉さんは頬に手を当てて、しばらく考えてから、あっ!と声をあげた。
「そういえばね、アンドレ様はいつも手袋を注文する時必ず自ら工房に足を運んで生地からお選びになるの。でも3週間くらい前だったかしら?初めて注文をキース伯爵家の使用人が伝えに来たわ。生地は任せるからいつものサイズで作ってくれって」
「3週間前……初めて……」
バーベナ姉さんの話をメモ帳に書きながら話を聞く。
「それとね、いつもはご自分で出来上がった手袋を取りにいらっしゃるんだけど、今回受け取りにきたのは使用人だったわ」
「受け取りも使用人……バーベナ姉さんそれはいつのこと?」
「2週間前ね」
「2週間前……」
いつもと違う行動、こういうのが何かの取っ掛かりになることがある。
「他に何か気になることはある?」
「そうねぇ、他には特にないわ。少しはお役に立てたかしら?」
「うん!ありがとうバーベナ姉さん!」
「ふふ、どういたしまして」
バーベナ姉さんと別れた私はキース伯爵家に向かう。探し物や調べ物をしてきたおかげで今や、どの辺りにどの貴族の家があるか大体わかるようになった。
そうして無事キース伯爵家に辿り着くことが出来た私だったが、問題は誰に話を聞くかだ。私と同じくらいの歳の使用人が出てきてくれれば簡単なんだけど。
そう思いながら使用人出入り口を探して屋敷の周りをゆっくり歩く。タウンハウスでこの大きさとは、さすが伯爵家だ。なんて感心していると、使用人出入り口の辺りに座り込み話をしている女性2人を見つけた。どうやら休憩中の使用人のようだ。
「……だよね?」
「そうよね、急にどうされたのかしら?」
「本当、アンドレ様どうしちゃったんですかね?」
「全くよ。日中だっていうのに屋敷中のカーテンを閉めて鏡を全部捨てろだなんて一体何を考えているんだか……ってあなた、だれ?」
「メリアです!」
いやだから誰?というお姉さん達の目線に気がつかないふりをして会話を続ける。
「せっかくこんなにいい天気なのに、カーテン閉めちゃうなんてもったいないですね」
「そうなのよ。せっかくこんなに晴れてるのに、カーテン閉めて昼間からロウソクで生活するなんて、何を考えてらっしゃるのかしら?」
「ちょっと、あんまり屋敷のことを外部に話しちゃだめよ」
「もう聞いちゃいましたから大丈夫です!」
何が大丈夫なんだ?というしっかり者のお姉さんの目線はスルーさせてもらう。狙いはこっちのうっかり者のお姉さんだ。
「もしかしてアンドレ様体調悪いんですか?」
「あら、アンドレ様の事知ってる?」
「はい!知り合いです!」
知り合いの知り合いは知り合いだ。バーベナ姉さんの知り合いのアンドレ様は私の知り合いも同然である。
「最近お見掛けできないので体調悪いのかなって心配で。3週間も会えてないんですよ。もしかしてその頃から寝込んでるんですか?」
「いや寝込んでるとか体調悪いわけじゃないのよ。でも、今から1ヶ月くらい前からかな?カーテン閉め切って屋敷中の鏡を捨てさせて。まるで人が変わったみたいになっちゃってね。使用人も噂してるのよ、もしかしてあの隠し子と入れ替わったんじゃないかって」
「ちょっと、それ以上はダメよ!あなた、このことは他言しないでね」
そう言うと、しっかり姉さんはうっかり姉さんを連れて使用人出入り口から屋敷へと入っていってしまった。
ああ、せっかくうっかり姉さんが頑張ってうっかりを発動してくれていたというのに。だが色々情報を得ることはできた。
まずは1ヶ月前から急にカーテンを閉め切り屋敷中の鏡を捨てさせたこと。カーテンは急に日差しが苦手になったとかかな?鏡は太った自分を見たくないのかもしれない。私も街を歩いていたときに、ふと鏡や窓に映る自分の姿を見てショックを受けることがあるから、アンドレ様の気持ち、よくわかるわ。
そしてさらなる調査が必要そうなのは、最後に聞けた隠し子のこと。こういう貴族の秘め事に詳しい知り合いがいればいいのだが、残念ながらそのような知り合いはいない。でも手はある。
ポイントは、秘め事を黙っていられる人間ばかりではないということだ。必ずここだけの話なんだけどね、と秘め事を暴露する人がいる。そういう人に当たるまで、とにかく周辺を聞き込めばいい。
私はさっそく伯爵家周辺で聞き込みを行った。1軒目、2軒目はだめだったが、3軒目の花屋で当たりが出た。
「こんにちは!花束をプレゼントしたいんですけど、どんな花束がいいんでしょうか?」
「こんにちはお嬢ちゃん。誰にプレゼントするんだい?」
「仲良しのお姉さんに!赤ちゃんが産まれたんです!」
「それはめでたいね」
奥で何か作業をしているおじさんと、私に話しかけてくれたおばさん。おばさんに狙いを定める。
「はい!だからお祝いに花束を贈りたくて。ただ……」
「ただ?」
「ただ、あまり大々的にお祝いできないんです」
「大々的にお祝いができない?どうして?」
続きを促すおばさんに、声を顰めながら話す。
「貴族の隠し子なんです、その赤ちゃん。だからあんまり大々的なお祝いは困るって」
「隠し子⁈」
大声を出したおばさんは、ハッと口を押さえて周りを確認すると私を店の奥の方に連れて行き、小声で会話を続けた。
「隠し子って、お手付きにでもされたのかい?」
「おてつき?」
「あっお嬢ちゃんにはわからないか」
私はコクンと頷いた。
「でもお姉さん言ってたんです。キース伯爵家の件と同じよって。キース伯爵家って、あそこの大きなお屋敷の貴族ですよね?」
「そうかい、じゃあやっぱりその子も……かわいそうに」
「何があったんですか?私、お姉さんの力になりたいんです!教えてください!」
「……ここだけの話なんだけどね」
花屋のおばさんが話してくれた内容はこうだ。今から数年前、当時18歳だったアンドレ様と瓜二つの顔を持ち平民の服を着た男性が伯爵家を訪れ、母親の治療費が欲しいと大声で門番に伯爵への取り次ぎを頼み込んでいたらしい。門番をなんとか納得させようとしたのか、その男は大声で自らの出生の秘密を話していたという。
「なんでもね、お母さんが伯爵家でメイドをしていた時に伯爵のお手付き……えーっと気に入られてしまって、その時に出来た子供が自分なんだって」
騒ぎを聞きつけ屋敷から出てきたアンドレ様は、その男性を見ると酷く驚いた様子で屋敷に招き入れたそうだ。
「その後屋敷でどんな話が行われたのかはわからないんだけどね、使用人出入り口から大きな袋を持って出ていくアンドレ様似の男の姿を見たって人がいてね」
その後屋敷から使用人が屋敷の周辺の店や家を訪れて、その日の出来事を他言するなと言いつけて行ったらしい。
その日から今日に至るまで、その男性が伯爵家を再び訪れる姿は見ていないということだった。少なくともおばさんは。
おばさんから話を聞いた私は小さな花束を購入して、店を出た。忘れないうちにおばさんの話を書き記しておかないと。花束を脇に抱えてメモ帳に書き終えると調査を切り上げて今日のところは家に帰ることにする。
ある程度調べた内容をアルに伝えてから追加で調べることを決めるのだ。
家に帰るとまだアルは寝ていた。私はメモ帳を鞄から取り出して今日調べた内容を確認することにする。
一体アンドレ様はどうしてしまったんだろうか?




