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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
12/36

不思議な婚約者① -悩める令嬢-



 レオンが故郷に帰った日から、早いもので2ヶ月が経った。あの時の不思議な力はあれ以来現れていない。何かの拍子に手にした物を泡にしてしまうのではないかと最初の方はドキドキしていたが、そんなことは起きなかった。

 しかし、あれ以来妙な運でもついたのか、貴族から受ける探し物の依頼内容が物から人に変わったり、厄介な相談事を持ち込まれたりすることが増えて、非常にゲンナリしている。


 人探しなんて警察に頼めばいいのに…と思ったが、どうやら貴族は平民が思うより世間体というのを気にするらしい。警察に大々的に人を探させるより、俺のような口の固い平民にこっそり探してもらった方が都合が良い、ということのようだ。


 先日は、贔屓の伯爵からの依頼を受けた。付き合いのある商人から聞いた異国の風習や文化について俺に面白おかしく話してくれる伯爵なのだが、最近は東洋の商人と取引をすることが多いらしい。その商人が1人息子のために特別な土産を探しているというので、パリの土産を色々紹介したが、商人は苦笑いを浮かべるだけで、紹介したどの土産にも興味を示さなかったというのだ。


「……ということでな。アル、何かあの商人をあっと言わせる土産を知らないか?知らなければ、何かいい案を教えてくれ」


 なぜ平民の俺に聞く?と疑問に思わなくもなかったが、報酬に惹かれて依頼を受けた俺は、東洋商人をあっと言わせる土産をメリアと探しながらも、いつも通りの日常を送っていた。



※※※



 今日の俺の仕事はハリー子爵家の付き添いだ。てっきりハリー子爵の付き添いかと思っていたのだが、現れたのはハリー子爵のご息女ルイーズ・ハリー子爵令嬢だった。ハリー子爵と同じ銀色のサラサラした髪に菫色の瞳を持つ、凛とした印象のご令嬢である。

 行き先はルイーズ様の婚約者キース伯爵令息が住むタウンハウスだ。キース伯爵令息のアンドレ様には何度か付き添いを依頼されたことがあるのだが、伯爵令息という高い身分にも関わらず、平民の俺にも丁寧に接してくれる数少ない方である。

 しかし、婚約者とはいえ、夜間にご令嬢を男の家に送るのは初めての経験だ。


「お父様から聞いていた通り、ラベンダーの香りが本当に素晴らしいわね」

「ありがとうございます」


 メリアのロウソクは貴族のご令嬢にも好印象なようだ。ふわっと香るラベンダーは、暗い夜の道を歩むご令嬢の意識を、暗闇への恐怖から抜け出させる手助けを少しだけしてくれたらしい。


「それに、今までの方と違って、こんな時間に婚約者の屋敷を訪れる私のことを嫌な目で見ないのね」

「ご事情がおありでしょうから」


 夜間の外出が今回初めてということではないらしい。自分で言っておいて何だが、夜間に貴族のご令嬢が婚約者の屋敷に赴くとは、一体どういう事情があるのだろうか?

 

「あなたを信用できる方と見込んで相談したいことがあるの」

「……一介のランタン持ちにご相談になりたい事とはどのような事なのでしょうか?」


 また面倒な事に巻き込まれそうな嫌な予感がする。


「あなた貴族の困り事を解決するのが得意なそうね?」

「私のできる範囲のお力添えをさせていただいているだけでございます」


 頼むから厄介な相談は勘弁してくれ。


「私の悩みは、まさに今のこの状況に関わる事なの」


 ふう…とため息をこぼしたルイーズ様の話によると、アンドレ様とは婚約者になってからのここ3ヶ月、1週間から2週間に1度のペースで日中にお互いの屋敷でお茶会を交互に行い親交を深めていたらしい。ところが、今から2週間前、ハリー子爵家で行われる予定だったお茶会をキース伯爵家で、しかも昼ではなく夜に行いたいとの連絡を受けたのだそうだ。


「場所の変更はともかく、お茶会を夜にするなんて、正直戸惑ったわ。理由をお尋ねしても、今は言えないの一点張りで」


 ハリー子爵も驚いていたそうだが、相手は次期伯爵ということで抗議をすることも出来ず、アンドレ様の言う通りにしたそうだ。

 ルイーズ様は初めての夜間の外出に恐怖を感じながらもキース伯爵家に無事辿り着いたらしい。出迎えた家令に案内されて客間に入ると、いつもの様子のアンドレ様に温かく迎えられ安心したそうなのだが。


「いつものように私達はお茶を飲みながらお互いの話をしたわ。ロウソクが照らす部屋の中でのお茶会というのもそれはそれで素敵だったんだけど」


 素敵なお茶会とは言え、夜間にわざわざ呼び出したのはなぜなのか、改めて理由を尋ねたという。すると返ってきた答えはというと。


「今はまだ言えない、ですか」

「ええ」


 納得できる理由も聞けないまま、その日のお茶会はお開きになり、1週間後再びお茶会をキース伯爵家で行いたいと告げられたそうだ。


「私達の婚約は家同士の繋がりを強めるための政略結婚なの。それでもアンドレ様は私をとても大切にしてくれていたのよ?」


 以前、キース伯爵家で行われたお茶会で話が弾み、空が茜色に染まってしまったとき、暗い中帰途につくことを怖がるルイーズ様を見てからは、必ず空がオレンジ色に染まる前にお茶会をお開きにするように気をつけてくれていたらしい。

 だからこそ、夜間に自分を呼び寄せるアンドレ様に違和感を覚えたそうだ。


「どんなご事情があるのかわからないけれど、アンドレ様らしくないの」


 それでも言われた通り先週も夜にキース伯爵家を訪れたそうだが、そこで何かおかしいと感じたと言う。「うまく言葉にできないのだけど」と前置きをしつつ、ルイーズ様は囁くように言葉を紡いだ。


「なんて説明すればいいのかしら?とにかく妙なの。具体的にどこがおかしいのかわからないのだけれど、どこか笑顔がいつもと違って作り物のような……。愛想笑い、というわけでもなくて、ちゃんと微笑んでらっしゃるのよ。でも、どこか違うの。

今日もこれからお会いするでしょ?そこで、先週感じた違和感の正体を探りたいと思っているわ。私のただの気のせいだったらいいけれど、そうじゃなかったら……。もしアンドレ様に何かが起こっていたら」


 そんな話をしている内にキース伯爵家が見えてきた。そこで、これまで静々と進めていた歩みを止めて、ルイーズ様はじっと俺を見た。


「もし今日、アンドレ様に感じた違和感を拭えなかったら、あなたにその違和感の正体を探ってほしいの。もちろん、タダでとは言わないわ」

「私にできることでしたら、もちろんお力になれればと思いますが、よろしいのですか?」


 俺はルイーズ様の護衛2人にちらっと目線を送った。ルイーズ様が俺に依頼をすることをハリー子爵は良く思わないのではないだろうか?


「大丈夫、お父様には許可を取ってあるわ」

「それでしたら、お引き受けいたします」

「ありがとう」


 俺がそう言うと、ルイーズ様はホッとしたように少し表情を和らげた。そして、お互いこれ以上は何も言わず、再び歩みを進める。見えていたキース伯爵家の門に辿り着き、門番に訪問を伝えた。


「ハリー子爵令嬢をお連れしました」


 こちらの姿を確認した門番は頷くと門を開く。そのまま玄関に進むと、家令とアンドレ様が待っていた。


「ルイーズ!よく来てくれたね!」


 慣れた様子でルイーズ様をエスコートするアンドレ様の動作を観察する。今のところ特に違和感はないように思えるが……。するとアンドレ様と目が合ったので、いつも通り頭を下げると。


「さあ行こうルイーズ」


 そう言ってさっさと屋敷に入って行ってしまった。頭を上げると、こちらを振り返り目配せをしてくるルイーズ様と目が合う。俺は頷くとキース伯爵家の門に戻り、門番の横でルイーズ様を待つことにした。


 さて、先程のアンドレ様の様子は確かに違和感があった。いつもなら頭を下げる俺に必ず声を掛けてくれるのだ。


「やあアル、今日もありがとう」


 金色の髪を後ろで結び、アンバー色の瞳を細めて必ず俺にお声がけくださるアンドレ様が、今日は無視。

 俺は横の門番の様子をちらっと伺う。残念ながらここの門番とは気軽に話ができるような関係ではない。職務上に関する事以外は無視されてしまうのだ。大人しくメリアに調査を任せた方が良いだろう。



※※※



 それから2時間くらい経っただろうか?ドアが開く音がした。家令の持つランタンの灯りと共にルイーズ様とアンドレ様が門までやって来る。


「ルイーズ、今日も楽しかった。次回も楽しみにしているよ」

「アンドレ様、ありがとうございます。私も楽しみにしておりますわ」


 2人が別れの挨拶を、アンドレ様と目が合った。


「君、ルイーズをしっかり送り届けるんだぞ?わかっているな?」

「はい、かしこまりました」


 君、ね。


「ではルイーズ、気をつけて」

「ありがとうございます」


 こうして俺たちはキース伯爵家を後にした。しばらく無言で歩いていたが、キース伯爵家が見えなくなったところで、ルイーズ様が口を開く。


「アル、やっぱり先程のお願いを実行してもらいたいの。いいかしら?」

「かしこまりました。よろしければ本日のお茶会でのご様子をお伺いできないでしょうか?」


 俺の言葉に頷いたルイーズ様は、今日のお茶会の様子を語ってくれた。

 前回感じた違和感の正体を探りたいと、ルイーズ様は前回よりも注意深くアンドレ様の様子を観察したらしい。すると、コーヒーの飲み方が違ったという。


「お砂糖ですか?」

「ええ。いつもは入れるお砂糖を入れなかったの」


 些細なことかもしれないが、今日の俺への態度と合わせると、何とも言えない嫌な感じがする。

 

「次は3日後、また夜に伺うことになったわ。またアルを指名するから、その時までに調べてほしいの」


 3日か……。調査に十分な期間とは言えないが、やるしかない。


 ルイーズ様を無事ハリー子爵家に送り届けた俺は、ルイーズ様からの期待を背に家に帰った。

 家に入り、鞄とランタンを置くとメリアへの伝言をしたためる。




 Cher Madame

 キース伯爵家の御令息、アンドレ様の最近の様子を調べてくれ

                 アル


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