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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
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子爵家の異変⑦後編 -友-



 翌朝目が覚めると、メリアはまだ横で眠っていた。メリアを起こさないように部屋を出る。木の小窓を開けると、眩しい日差しが降り注いだ。ああ、本当に帰って来れたんだな。


 しみじみと感じていると、背後からバン!とドアが開く音がする。驚いて振り返ったと同時に、メリアに抱きつかれた。


「アル!よかった!いた!夢かと思った!」

「メリアおはよう。心配かけたよな、ごめん」


 それからしばらくは、わんわん泣くメリアを抱きしめながらひたすら背中をトントンして落ち着かせた。メリアが泣き止むと椅子に座らせて水を飲ませる。


「落ち着いたか?」

「うん、ありがとう」


 グゥーっという音が同時に響く。2人で顔を見合わせて、2人で噴出した。


「安心したらお腹空いた。アルもう食べた?」

「ううん、まだ。俺もお腹空いた。食べようか」

「うん!スープ温めちゃうね」

「俺がやるよ」


 スープを温めようと鍋の中を覗くと、鍋からはちょっと嫌な匂いがする。


「アル?どうしたの?」


 何かを感じ取ったのか、メリアが俺の横に立って同じように鍋を覗き込むと、顔を顰めた。


「だめだねこれ。腐ってる」


 そう言ってメリアはガッカリと肩を落とす。スープの具材と量から察するに、俺が失踪した日に作ったものだろう。メリアのことだ、俺と一緒に食べるために残しておいてくれたのかもしれない。


「これは全部俺が食べる。俺監禁されててお腹空いてるんだよ。お前には何か買ってきてやるから、ちょっと待ってな」


 向かいのパン屋にパンを買いに行こうと鞄を取り行こうとすると、メリアが鍋の中身をゴミ箱にぶちまけた。


「アルごめん!手が滑っちゃった!これはもう食べられないね。だからさ、一緒にパン買いに行かない?」

「手が滑ったなら仕方ないな。ほら、行くぞ」

「うん!」


 ニヤッとお互い笑いかけると俺たちは向かいのパン屋に行って、普段は食べないちょっとお高めのパンを買って戻った。


 買ったパンはいつも食べるパンと比べて柔らかくて、スープに浸さなくても噛みやすい。パンを食べながら、俺たちは俺が家を出てから再会するまでのお互いのことを話した。


 失踪2日目の話のとき、ちょっとカマをかけたらメリアは簡単に引っかかり、俺に変装してランタン持ちをしたことを白状したが、理由が理由なので怒るに怒れない。元気が取り柄のメリアがどうりでふらふらになるわけだ。2日も徹夜していたとは。


 失踪3日目、つまり昨日俺たちが再会した日の話になる。


「あのとき、どうしてナイフなんか持ってたの?小屋にナイフあったなら、さっさと縄切って脱出できてたでしょ?」

「ああ、あれはな、ルイドのおかげなんだよ」

「ルイド?」


 そう、メリアを庇って俺の方に飛ばされてきたルイドと共に壁に当たって倒れたあのとき。ルイドが小型ナイフを俺に手渡してくれたのだ。俺が縄を切っている間にルイドは悪魔に飛びかかってメリアから引き離そうとしてくれていた。

 …ルイド、役に立たないなんて言って悪かった。

 そんなことを説明しながら、そういえば、と俺は疑問に思っていたことをメリアに尋ねる。


「そういえば、レオンが悪魔に飛びかかる前、悪魔が痛がってたけど何があったんだ?」

「え?えーっと、あれはね……」


 意気揚々とメリアが語る、その防衛手段に目が遠くなる。……バーベナ姉さん、メリアに何てことを教えているんですか。いや、そのおかげで悪魔に一矢報いたのだと思うと感謝するべきなのかもしれない……そう思いながら俺は、俺の俺をそっと手で押さえた。


「でも、あのときは本当に死んだと思った!ほら、ナイフもって悪魔刺そうとしたとき!

 まさか、レオンが助けてくれるなんて」


 あのとき、悪魔に持ち上げられながら両手で首を絞められてた俺は、悪魔を刺そうと向かってくるメリアが見えていた。だが、悪魔は少し首を横に向けてニヤリと笑うと、尻尾をメリアに向けて構えたのだ。


「おかげで刺されずにすんだんだけど、わからないのはその後のことなんだよ。

 悪魔が叫び声上げたから何事かと思ったら、泡になって消えちゃったでしょ?あれ、何が起きたの?」

「ああ、あれな。俺もよくわからない」

「よくわからない?」

「ああ」


 本当に、よくわからないのだ。


 メリアが刺される!そう思ったとき、全身が逆立つような感覚と共に、手が熱を帯びたように感じた。すると、俺の首を絞めていた悪魔の腕に必死にしがみついていた両方の手のひらの下辺りが急にジュワッとした感覚になり、首を掴んでいた手がそもそもなくなった。そして、悪魔が叫びながら消えて行ったのだ。

 そのことをメリアに話し終えると、うーんと悩んだようにメリアが言葉を出した。


「悪魔を退治できるのは、エクソシストだけ…だよね?」

「ああ」


 そう、悪魔を祓う力を持つのはエクソシストだけのはず。それにあれは祓うとは違う気がする。では一体あれは何だったのだろうか?


「アル」

「何だ?」


 いつになくキリッとした表情をしたメリアが、真剣な顔で俺を見つめてくる。メリアには心当たりがあるのだろうか?


「わからない」

「だろうな」


 メリアに少し期待してしまった俺が馬鹿だった。あのことはおいおい考えるとしよう。


「…何か外が騒がしくない?」

「え?」


 言われてみると、たしかに外がいつもより騒がしい気がする。顔を見合わせて席を立ち、2人で窓に近づき下を覗いた。


「アル!あれ!」


 メリアの指差した先には縄で拘束された男女が、警察に連行されている姿があった。その中にはサムさんベンさんの代わりに入った、あの不愛想な門番もいる。

 俺とメリアは窓から離れると、勢いよくドアを開けて階段を駆け降りた。連行されていく奴らの顔をしっかり見てレオンの姿を探す。しかし、その中にレオンの姿は見つからなかった。


「アル、どういうこと?レオンは?」

「……行こう」


 俺たちは急いでテレンヌ子爵家に向かった。レオンは一体どうなったんだ?…まさか子爵によって?

 嫌な考えが頭に浮かび、気持ちがはやる。


 人込みをかき分けて進み、テレンヌ子爵家が見えてきたとき、見知った顔を見つけた。


「サムさん!ベンさん!」


 熱が下がったのか!


「アル!久しぶりだな!どうしたそんなに急いで?そっちは例の妹さん?」

「ほんとそっくりだな!」


 2人の前に着くと息を整えてから声を出した。


「お久しぶりですサムさん。こっちは妹のメリアです」


 俺の横でメリアがペコっと頭を下げる。


「2人とも元気になったんですね!よかったです」

「おかげさまでな!昨日急に熱が下がってな、今日から復帰できたんだよ。ベンもそうだよな?」

「ああ!まさか俺まで熱が出るとは思わなかったけどな、まあこの通りよ」


 そう言ってベンさんは自慢の筋肉を見せつけてきた。それに対して、メリアがパチパチと手をたたいて褒めたたいている。そして、はた、と気が付いたようにメリアが心配そうに尋ねた。


「あのぉ、他の方々も元気になったんですか?」

「ああ、他の連中も今日からみんな復帰だ」

「よかった!」


 原因の悪魔が消えたことで、みんなの病状も回復したんだろう。本当によかった。


「それで、どうしてあんなに急いでたんだ?」

「それが……」


 しまった、何て聞けばいいんだ?あまりにも内情を知ってるとなると関与を疑われてしまうかもしれない。俺と気さくに話してくれるといっても、2人はテレンヌ子爵家を守る門番だ。現に2人の目からは少し警戒の色が滲んでいる。何て説明すればいいんだ?


「さっき、いっぱい警察に連行されてる人を見ました!テレンヌ子爵家から連行されて行ったって街の人から聞いて、居ても立っても居られなくて来たんです!

 レオンは大丈夫なのか心配で……。何があったんですか?」

「うーん、そうだな」


 サムさんとベンさんは顔を見合わせて、小さくうなずくと、周囲には聞こえないように身を屈めた。

 え?いけるのか?


「実はここだけの話なんだけどな、レオンが脅されてお嬢様の誘拐を企む輩を屋敷に入れちゃってたらしいんだ」


 いけた。そういえばメリアは昔から人に警戒されづらいんだよな。いやだからといって、そんな内密な話を俺たちにしていいのか?


「えっレオンが脅されて?」

「ああ、詳しくはわからないが、レオンも犯罪組織の被害者みたいだ」

「そんな…じゃあレオンは、今どうなっているんですか?」


 それだ。俺たちが聞きたいのは、レオンの現状がどうなっているのか。


「脅されたとはいえ、お嬢様の誘拐に加担したのは事実だからなぁ」


 サムさんは気まずそうな顔をして、一度言葉を切ってから話を続けた。


「下男はクビだ。生涯市内にも戻ってこれないだろう。だが、あくまでも被害者っていうことで、逮捕は免れた」


 逮捕は免れたのか……子爵が面子のために、子爵家の下男が誘拐を企んだことを隠したのかもしれないな。下男主体の犯行で屋敷に犯罪者を招き入れたとなれば、人事権を代理で与えられていたものの、下男の犯行に気づかなかった娘に瑕疵がつくと考えた可能性もある。


「じゃあ、今レオンはどこにいるんでしょうか?」


 俺の問いに、ベンさんが答えてくれた。


「ちょっと前に屋敷を出て行ったよ。なぜか俺たちに謝ってからな。故郷に帰るって言ってたぞ。犯罪組織に恨まれて襲われないように、警察が途中まで送るって」


 その言葉を聞いて、サムさんとベンさんをお礼を言ってその場を後にする。


 俺たちは、レオンに追いつくために必死に走った。今なら追いつけるはずだ。




 しばらく走っていくと、市内を出る手前のところで2人の警察に付き添われて歩くレオンの姿が目に入った。


「レオン!!」


 こちらの声が聞こえていないのか足を止める様子はない。

 走りながら、もう一度名前を呼んだ。


「レオン!!」


 声が聞こえたのか、レオンは足を止めてキョロキョロすると、こちらに振り向いて目を見開いた。


「アル!メリア!」


 よかった、追いつくことができた。レオンのもとに追いつき、必死に息を整える。


「知り合いか?」

「はい、僕の友人です」


 警察はレオンの返答と俺たちの様子を見て頷き合うと、レオンと最後の時間を作ってくれた。


 無言で見つめあう。警察がいる手前、妙なことは言えない。

 しばらく無言が続いたが、こういうときに言う言葉は決まっている。


「またな」


 そう言って俺は右手を差し出した。レオンは俺の差し出した手を見つめて、グッと唇を噛み締める。そして俺の手を握り返した。


「うん、またね」


 そう言ってポロポロ涙を流した。本当によく泣くやつだな。


 俺の手を離したレオンは、メリアに視線を移した。


「メリアも、またね」


 メリアに手を差し出す。


「うん、またねレオン。元気でね」


 そう言って両手でレオンの手を握り返したメリアは、俺たち以上に顔をぐしょぐしょに濡らしていた。


「じゃあ、行こうか」


 警察に促されると、レオンは俺たちに深々と頭を下げる。最後にまた、泣きそうな笑顔を見せてから、俺たちの前を去って行った。






 俺とメリアはレオンの姿が見えなくなってからも、しばらくその場から動けないでいた。じっと、その後ろ姿が消えていった方を見ていたけど、ぐっと目を閉じて、気持ちを落ち着ける。少し深呼吸をしてから、目を開けた。


 ちょっと空を眺めて、よし、と息を吐いた。

 そして、メリアに声をかける。


「帰ろう」

「うん、帰ろう」


 俺たちは久しぶりに、手を繋いで家に帰った。




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