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アルとメリアの怪異奇譚  作者: 阿本くま(もちまる/榎本モネ)
パリの都
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プロローグ

プロローグ


「ふぁああ……っといけない」


 慌てて声をひそめて横を見ると、アルはまだ眠っていた。昨夜は見回り当番だったから、眠れたのは、ついさっきかもしれない。


「アルおかえりなさい、お仕事お疲れさま。ゆっくり寝てね」


 おそらく眠りについたばかりのアルにそっと囁くように声をかけ、ベッドを降りる。そのまま物音を極力たてないように、ゆっくりと歩いてドアを開けると、慎重にドアを閉めて、キッチンに向かった。

 キッチンのある部屋は、朝独特の静けさが漂っている。そんな部屋の中とは対象的に、外からは、朝市の声が少し聞こえてきていた。

 僅かな光が漏れている窓の木の小窓を開けると、柔らかな日差しが部屋の中を照らす。目をしょぼしょぼとさせて、堪えきれずにもう一度、あくびを溢した。



「ふあぁぁ……んー」



 グッと腕を上に伸ばして背伸びをする。そのまま脱力したら、ぐぅ…とお腹が小さく鳴った。

 早く朝ごはんを食べたいけど、その前に、いつもの挨拶。


「お父さんお母さんおはよう!今日もいい天気だね」


 壁に貼られた絵には、2人の男女。お父さんとお母さんだ。私が描いた絵だけど、結構上手に描けてると思う。


「お父さんお母さん、昨日もアルを守ってくれてありがとう。今日も私達を天国で見守っていてね」


 いつものように2人に声をかけると、テーブルの上に目を移した。


 今日の伝言は、食材の買い出しだけだった。一応、裏も見てみたけど、裏は昨日お願いされた捜し物のことだけ書かれてる。これは昨日、無事に見つけてアルに渡したから問題ない。

 捜し物を見つけると、アル経由で依頼人から普段は食べられないお菓子とかをもらえることがある。今日は捜し物の依頼はないみたいだけど、昨日、ブローチを渡した依頼人から、何か貰えてるかもしれない。

 今日の依頼がなかったことはちょっと残念だけど、昨日の依頼でなにかもらえたかもしれない、とちょっと期待してしまう。


 気を取り直して、キッチンに向かった。籠に入ってるパンを取り出して、昨日の残りのスープを火にかける。

 朝ごはんを食べたら買い出しに行って、それから……と今日の予定を立てているとスープがふつふつと煮立ってきた。スープを器に盛ってテーブルに乗せる。


「神様、今日の糧に感謝します」


 モソモソとパンとスープを食べ終えると、ワンピースに着替えた。髪を手櫛で整え、耳より少し高い位置で2つに結ぶ。

 買い物籠と硬貨の入った巾着袋、そしてアルからのメモを手に取ると、玄関ドアを開けた。今日の買い出しは野菜とパンだけだからすぐに終わりそうだ。

 階段を降りて外へ出ると、開店作業をしていた家の向かいのパン屋のおじさんと目が合った。


「メリアちゃんおはよう!今日もいい天気だね」

「おじさんおはよう!ほんといい天気!」

「今日も捜し物かい?」

「ううん、今日は買い出しだけなの」

「買い出しか。うちにも寄っていくかい?」

「うん!でもまずは野菜を買いに行かないと!帰ってきたら寄らせてもらうね」

「そうかい!待ってるよ!」


 その後、予定通り市場で野菜を、おじさんのパン屋さんでパンを買って、家に戻る頃には少し陽が高くなってきていた。

 

 アルが起きてくる前に今週の分のロウソク作りを終わらせたい。


 昨日のうちに作っておいた、精油の入った壺を作業台の上に乗せておく。鍋にお湯を沸かして、湯煎でロウソクの材料を溶かした。溶けた材料を作業台に移動させて、少し時間を置いてから、精油を加えてよく混ぜる。

 材料が溶けてすぐに入れちゃうと、せっかくのラベンダーの香りがなくなってしまうから、少しだけ冷ますのが大事らしい。昔、お母さんが教えてくれた。

 型に入れて糸を入れ、糸が落ちないように木の棒で挟んでおく。冷めたら完成だ。


 もくもくと作り終えて、今週分は作り終わった。アルが起きてくるまではもう少し時間がありそうだ。アルが起きてくるまで、本の続きを読もう。

 作業台から離れて棚から本を取った。この本はお父さんが好きだった本だ。1人の冒険者が旅をしながら色んな人と出会って成長していく話。前回は、主人公が海を初めて見たところまで読んだ。

 目印に挟んでおいた紙の部分を開いてペラりとページを捲ると、主人公が海辺にいる女の子と話をしている。どうやら、その子は漁師の娘らしい。主人公を余所者扱いして、不審がっている。主人公は一生懸命、怪しい人ではないと主張しているのも面白い。




「おはようメリア。随分集中して読んでたみたいだな」



 突然、声が隣から聞こえてきてハッと顔を上げる。そこには、いつの間にかアルが立っていた。あくびを溢して、青い目をこすりながら、私を見ている。


「あれ?おはようアル!今日は早起きだね!」

「別に早くない。いつもと変わらないだろ。ほら」


 アルが手に持って見せてきた時計を見ると14時を過ぎていた。


「ほんとだ。もうこんな時間か」


 慌てて今読んでいたところに紙を挟んで、本を閉じる。そのまま本を棚に戻して振り返ると、ニヤっとアルが笑った。


「さすがメリアだな」

「…どういう意味?」

「そんまんまの意味だろ」


 意地悪く笑うほらアルにむっとしたけど、よく見たら、頭の後ろの髪がクシャクシャになってる。そんなボサボサの頭でカッコつけられてもねぇ…と生暖かい目でアルを見た。

 私の視線に、アルは「なんだよ」と訝しげに見返してくる。やれやれ…と私は肩をすくめて、アルを手招きした。


「ほらアル、お姉ちゃんが寝癖を整えてあげるから、こっち来て」

「誰がお姉ちゃんだ。お前は妹だろ」

「ほぼ同時に産まれたんだから、私がお姉ちゃんってことでいいじゃん」

「よくない」


 ロウソク作りで少し余った精油を手につけてから、ため息をつくアルに近づき、小麦色の髪を手櫛でさっと梳かす。何度か頭を撫でるように髪を触ると、ぐしゃぐしゃの髪がキレイに整った。


「よしこれで大丈夫!お水飲む?」

「飲む」


 コップに水を注いで差し出すと、よほど喉が渇いていたのかアルはゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。


「おかわりする?」

「いや大丈夫。ありがとう」

「どういたしまして!そういえばブローチは無事に渡せた?」

「ああ、おかげで渡せたよ」

「よかった!じゃあ何かもらえた?」


 思わず期待に目を輝かせる。前回は栗の砂糖漬けをもらえた。たしか、マロングラッセと言う名前だったと思う。口に入れた瞬間から甘みを感じて、噛むとねっとりとした食感と脳天を突き抜けるような甘さが口の中に広がって感動したものだ。


「あー今回はその……」

「えっまさか……」


 何もなし?ブローチ1つ探すのにどれだけ大変な思いをしたか……。何日も街中を探し回ってようやく見つけたというのに、あんまりだ。

 でもいつもお礼をもらえるとは限らない。残念だけど仕方がないのだ。ほんとにほんとに、残念だけど…。


「なーんてな」


 ニヤっと笑ったアルが鞄から何かを取り出してテーブルの上に置いた。


「えっお礼あったの!?やったー!

 え、これ何?何だろう!」


 アルがテーブルに置いた小さな箱を開けると、小さな茶色い塊が2個入っていた。…何この塊。


「……なにこれ?」

「チョコレートっていうお菓子。最近、貴族の間で人気らしい」

「チョコレート?…どうやって食べるのが正解なの?」

「そのまま食べればいいって言ってたぞ」

「そのまま……」


 箱から1個取り出して匂いを嗅いでみる。嗅いだことのない香り。何となく甘い気がするけど、今まで感じたことのない香りに、鼻が戸惑ってる。


「神様、今日の糧に感謝します」


 ぽいっと塊を口に入れて舌で転がしてみると、チョコレートが少しずつ溶けていき甘さが口に広がった。ネトネトとは違うけど、ドロッと口の中にへばりつくような、でも塊はもうない。今まで食べたことのない感覚だ。塊はなくなったけど、口の中にチョコレートの名残りがあって、口の中を舌で舐め回す。

 もごもごと口の中で舌を動かし続けている私を、アルは訝しげに見ていた。ゴクン、と飲み込んでから、私はできるかぎり厳かに、アルにこの感覚を伝えてみた。


「消えた。…たぶん、消えた」

「たぶん消えた?…俺も食べてみるか」


 箱に残っていたチョコレートを口に入れたアルは私がしたように最初口の中で転がしていたようだったが、突然目を見開いたかと思うと、ゆっくりこちらを見て言った。


「ほんとに消えた。たぶん、消えた。なんだこれ」

「たぶん消えたでしょ!なくなっちゃったよ!

 なんか、甘かった!」

「たしかに甘かった。これがチョコレートか。面白いな」


 こういうものを時々もらえるから落とし物探しも頑張ることができる。

 

 余韻に浸りながら、アルから昨日のお客さんの話を聞く。

 アルの仕事はランタン持ち。ランタンを持って夜の街を出歩く人に付き添うことと夜間の見回りが主な仕事だ。仕事を始めてまだ1年しか経っていないけど、アルはよくランタン持ちの指名をされている。道中貴族から聞かされる話をこうしてアルから聞くのは私の楽しみのひとつだ。


 そうこうしているうちに夕飯の準備をする時間になった。今日の夕飯は買ったばかりの野菜で作るスープとパン。明日の夜まで食べられるようにたっぷりと作っておくことにする。

 すぐ煮えるように小さめに切った野菜をコトコト煮込む。その間にパンをスライスしてスープに浸しやすい大きさにしておく。


 野菜が柔らかくなったところで、本を読んでいたアルに声をかけた。


「アルできたよ!」

「……」

「アル!できたってば!」


 本に夢中で聞こえていない様子のアルの肩を叩く。


「わっ!びっくりした……おどかすなよ」

「呼びかけたのに気がつかなかったアルが悪い。ほら食べよう!」

「あぁもう出来てたのか。悪い」

「全く仕方がない子」

「それはやめろ」


 アルに小突かれて、へへっと笑う。テーブルに夕飯を並べ、席についた。


「「神様、今日の糧に感謝します」」


 2人で祈り、食べ始めた。私はまず、いつもどおりスープから手を付けたけど、アルはいつもどおりパンから手に取ってる。ひと口千切ってパンを口に放り込んだアルは、またパンをひと口千切って、今度はスープに浸した


「今日も付き添いの仕事なんだっけ?」

「ああ。最近贔屓にしてくれてる子爵の付き添い」

「そうなんだ。気をつけてね!最近また物騒だから」

「ああ。気をつけるよ」


 夕飯を食べ終わるとアルは仕事に行く準備を始めた。肩の高さより少し長い髪を一つに結び、鞄にマッチと予備のロウソクを補充する。

 窓から外を見ると空は夕焼け色に染まっていた。


「じゃあ行ってくる」

「うん!アル、気をつけてね!」

「ああ。メリア、窓もしっかり閉めて寝るんだぞ」

「わかってるよ!」

「ならいい」


 アルは鞄を肩からかけて新しいロウソクを立てたランタンを手に持つと、玄関ドアを開けた。出る前に私を振り返ってひと言。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい!」


 アルを見送った私は、パタンと玄関ドアを閉めた。その拍子に、アルの髪に着けたラベンダーの香りがほのかに広がる。その残り香を鼻いっぱいに吸い込みながら、玄関ドアに鍵をかけた。



 もうすぐ完全に陽が落ちる。どうか今日も、アルが無事に仕事を終えて帰って来れますように。

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