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日と月の出会い(3)

歓迎会、そしてアケの過去

 打掛を脱ぎ、掛下だけになって屋敷の外に出るとまだ夕日が沈んでいないと言うのに月が昇っていた。

 形の良い金色の満月だ。

 ここでは太陽と月が顔を合わすことが出来るのだな、アケは改めて思う。

 金色の光を纏った黒狼は、草の上に腹をつけ、凛々しい顔を持ち上げ、黄金の双眸をアケとエルフに向けていた。

 黒狼の前には大きな鹿が寝そべっていた。

 遠目から見てももうその身体から命が無くなっているのが分かる。

 エルフは、目を輝かせる。

「これは見事な鹿ですね!王!」

 エルフは、鹿に駆け寄りその毛皮に触る。

「ああっ運がよかった」

 黒狼は、アケを見る。

 黄金の双眸に見られ、アケは身を震わせる。

「ここに来てから何も食べてないから腹が減っているだろう?」

「えっ?」

「今、締めたばかりの新鮮なものだ。遠慮なく食すが良い」

 大きな口が開き、氷のような牙が覗く。

 ひょっとして・・・笑ってる?

 アケは、表情を引き攣らせ、後ずさる。

「君の歓迎会だよ。遠慮しなくていい」

 アケが遠慮しているのかと思ったのかエルフがポンっとアケの肩を叩いて微笑む。

「血抜きもしっかりしてあるから臭くないよ」

「ああっしっかりと水に晒しておいた」

 2人(?)の声はとても楽しそうだ。

 つまりこれは嫌がらせでも何でもなく本当に歓迎会と言うことになる。

 そしてこれは歓迎の証・・・。

 アケは、鹿をじっと見る。

 命こそ失くしているものの、豊かな体毛に覆われ、自然の中で逞しく鍛えられた歯なんて一本も立たなそうな生まれたままの姿を。

「王」

 いつも間にか黒狼の横に立っていた白兎が攻めるように主を見る。

「どうした?」

「幾ら何でもこのまま食べれる訳ありません」

 それはまさに助け舟だった。

 アケは、顔を輝かせる。

 しかし、それが泥舟だと直ぐ気がつく。

「せめて切り分けてあげて下さい」

「おおっそうか」

 黒狼は、右前足でぽんっと地面叩き、エルフを見る。

「すまないが解体してくれるか?1番良い部分を彼女に」

「畏まりました。王」

 エルフは、右手を左の肩に合わせて恭しく頭を下げる。

 そしていつの間にか手に持っていた肉厚のナイフを持って鹿に近づき、その腹を裂き、広げ、またナイフで裂き、丁寧に腕を突っ込むと濃い血の色をした臓器を取り出す。

 エルフは、肝を手に持ってにっこりと微笑むと立ち上がってアケの前に差し出す。

「さあ、1番栄養のあるところだよ。召し上がれ」

 黒狼が、白兎が、そしてエルフが好意的にアケを見る。

 アケは、3人(?)と肝を見比べる。

「あ・・・」

 アケが唇を震わせる。

 3人(?)は、首を傾げる。

「あの・・・」

「何だい?」

 エルフは、眉を顰める。

 アケは、両手をぎゅっと握って声を絞り出す。

「火ってありますか?」

 アケの口から出た言葉に3人(?)は顔を見合わせる。

「後、お鍋と・・・出来ればお塩も」


 花の蜜とも雨の匂いとも違う香ばしくて胃袋を刺激する匂いが風に舞う。

 アケは、草原に生えていたローズマリーやグローブと一緒に塩で炊いた鹿の肉を表面がボコボコの大鍋から取り出し、木の皮を剥いで作った器に乗せて黒狼とエルフの前に置く。白兎にはエルフに森から採ってきてもらった柿や無花果で作ったソースと野草を和えた物を出す。

 最後に自分の分を器に乗せて皆んなで円を組むように座る。

 アケは、両手を合わせて「頂きます」と言う。

 それを見て白兎とエルフも目を合わせて「頂きます」と言い、黒狼も前足を合わせて「頂きます」と言う。

「美味い!」

 エルフが目を輝かせる。

 鍋の中でじっくりじっくりと火を通して煮込んだ鹿肉はとても柔らかく、塩が味を引き立てて肉本来の甘みを引き出していた。香草と一緒に炊いたから臭みもない。脂身がほとんどないので味が出るか心配したが骨付きで煮込んだお陰で十分に旨味を出していた。

 アケも湯気上がる鹿肉に木の枝を差し、ふうふうと息を掛けながら口に運ぶ。何も入っていなかった胃の中がじんわりと温まる。舌が旨味と喜びに震える。

「お塩があって良かった」

「何年か前に貢物として頂いたものだよ。辛いだけで何なのかも分からなかったけどまさかこう言う風に使うものなんて・・・」

 エルフは、綺麗に磨かれたようになった骨を捨てると次の肉に齧り付く。

「これは不思議な味ですね」

 白い顔を果肉のソースで汚した白兎が言う。表情は変わらない。しかし、とても喜んでいることはその声色で分かる。

「口に入れた瞬間、身体中が雷に撃たれたようになります。でも痛いんじゃなくてむしろ幸せが飛び跳ねると言うか、違う世界に迷い込むと言うか・・・・その・・・・えと・・」

 白兎は、自分の身に起きていることを言葉に置き換えようとするがどれも全く伝わってこない。

「ひょっとして・・甘いって言いたいのかな?」

 アケが訊くと白兎は首を傾げる。

「これは・・・甘いと言うのですか?」

 どうやら白兎の語彙の中に甘いと言う言葉はないらしい。と、言うか甘い物を食べたことがないのだろうか?

「△△は、草さえありゃ生きていけるもんな。味なんて関係ないよな」

 そう言ってエルフは笑う。

 その言葉に白兎の赤い目が剣呑に光る。

「お前に言われたくないわ○△◁!川で獲った魚を丸齧りしているような野エルフにな!」

 エルフの目が怒りに逆立つ。

 その後、2人は声を荒げて言い合うが正直、何を言っているか分からず置いてけぼりになってしまう。

 アケは、蛇の目を動かし、黒狼を見る。

 黒狼は、一際大きな木の皮の皿に盛られた鹿の肉を一欠片一欠片丁寧に口に入れて骨ごと齧り食べていた。

 その様は、狼の姿だというのに妙に品があり、美しい所作のように見えた。

「あの・・主人・・」

 アケは、恐る恐る口を開く。

 黒狼は、肉を口に入れるのを止め、黄金の双眸をアケに向ける。

 威厳と気品のある強い双眸。

 しかし、何故だろう、恐れが湧かない。

 むしろ心の奥底がじんわりと温まるような慈悲深さを感じ、ずっと見られていたい、見ていたいとすら思える。

 これが王と呼ばれる者の魅力という者なのだろうか?

「・・・主人?」

 黒狼は、じっとアケを見る。

 その声質は、人間で言うなれば訝しんでいるような表情を浮かべているように感じる。

 アケは、黄金の双眸に見られ、何故か気恥ずかしくなり、俯いてしまう。

「いえ、どうお呼びすれば分からなくて・・黒狼様と言うのは私の国の総称でひょっとしたら失礼なのかと思い、だからと言って王と呼ぶのも違うのではと・・・」

 自分でも何を言っているのか分からず尻すぼみになってしまう。

「それで主人か?」

「はいっ。私は貴方の妻として捧げられましたので・・」

「ふんっ」

 黒狼は、ふんっと鼻息を鳴らす。

 どこか不機嫌そうだ。

 アケは、思わず身を固くする。

「別に何と呼んでも良い。我が名は普通の人間には発音出来ないからな・・・」

 アケは、顔を上げる。

 その顔に浮かんでいるのは・・驚愕だ。

 黒狼は、アケの表情に気付き、双眸を細める。

「どうした・・・?」

 アケは、震える手で口元に手を当てる。

 額の蛇の目が大きく見開き、黒狼を映す。

「私が・・・」

「ん?」

「私が人間に見えるのですか・・・?普通の人間に?」

「ああっ」

 黒狼は、アケの言葉の意味が分からないと言った様子で首を傾げ、今だに騒いでいる白兎とエルフに目をやる。

「俺やあいつらよりもよっぽど人間だろう。何を言って・・」

 しかし、黒狼は言葉の続きを言うことが出来なかった。

 アケの額の蛇の目から涙が溢れ出す。

 止めどなく、止めどなく、溢れ出る。

「・・・どうした?」

「すいません・・・」

 アケは、蛇の目に手を当てて涙を拭う。

 しかし、止まらない。

 それどころかさらに、さらに溢れる。

「人間って・・・普通の人間って初めて言われたので」

 アケの耳に木霊する棘よりも刃よりも鋭く切りつけ、傷つける言葉。


 化け物・・。


 気味が悪い・・・。


 疫病神・・・。


 誰も人間としてのアケを見てくれる人はいなかった。

 アケを慕い、いつも一緒にいてくれた少年でさえ、姫としては見てくれても人間としてのアケは見てくれていなかった。


 だけど・・・。


 温もりを感じる。

 甘い花の匂いが鼻腔を擽る。

 いつも間にか黒狼がアケに近づき、自分の頬をアケに寄せていた。

 突然のことにアケの頬が赤く染まる。

「・・・その目はどうした?」

「白蛇様に・・」

「そっちではない。お前の本来の目だ」

 黒狼の言葉にアケは黒い布に包まれた自分の本当の目がある部分を触れる。

「物心つく前に邪教に拐かされたのです。私だけでなく多くの子ども達が」

「邪教?」

「巨人崇拝の集団のことです。この世界の楚となったとされる始祖の巨人を崇拝しています。彼らは邪教と呼ばれるのを嫌い自らを始祖の巨人の名を取ってガイアと呼んでいます」

「ガイア・・ね」

 黒狼は、目を細める。

「彼らは魔学と呼ばれる技術を使って様々な実験をしています。私達が拉致されたのもとある実験の為です」

「実験?」

「はいっ」

 アケは、黒い布を触る手に力を込める。

「無垢な子どもの身体を巨人の住む世界とを繋がる実験です」


「巨人の世界と子どもの身体を繋げる・・」

 黒狼は、憎々しげに呟く。

 鼻の上に皺が寄る。

「人間と言うのは本当にどこまでも愚かだ」

「その通りです。そして実験は悉く失敗しました。私を除いて」

 黒い布に触れる手に力が籠る。

 黒い布に皺が寄り、爪が白い頬に食い込む。

「私が発見された時には大勢の亡くなった子どもたちがいたそうです。皆、実験耐えられず身体が弾けて四散してあいたそうです。唯一、生き残り、発見された私の目は失われ、そこは百の手の巨人(ヘカトンケイル)と呼ばれる巨人の巣に繋がっていました」

「百の手の巨人・・その手の数だけ世界を滅ぼすと言う伝説のある巨人か」

 黒狼は、低く唸る。

「白蛇様は、私の目から百の手の巨人が出てこないよう固く封印し、目が無くなった私を不憫に思い、自らの目を1つ授けてくださったのです」


 ぼんやりとした記憶の中にある初めて見た光景。

 私の顔を覗き込む片目のない雪のように白く、大きく、

長い蛇・・・白蛇の国の王にして神である白蛇様。

 そして私を囲んでいる怯えた表情を浮かべた大人たち。

 その中には私の両親と思われる人達の姿もぼんやりと残っていた。

 

 黒狼は、涙に濡れる蛇の目を見る。

「白蛇の目を授けられたのなら大臣や神官、民達から大切にされたのではないのか?」

 黒狼の言葉にアケは、自虐的に笑う。

「ええっ大切にされました。大切に幽閉されました」

 白蛇の一部を授けられたアケは表面上はとても大切に扱われた。

 しかし、その実は定のいい幽閉。

 邪教に気づかれないよう、城からも国からも離れた屋敷に日替わりの乳母と使用人によって大切にこそ育てられた。いや、監視されていた。

 ただ、白蛇の怒りを買わないように育てられ、ただ、恥ずかしくないように教養とマナーを身につけさせられ、ただ、死なないように食事を与えられた。

 与えられた白蛇の目が見るのは乳母や使用人の愛想笑い。

 たまにしか会わない兄弟達の蔑みの笑み。

 そしてほとんど会うことのない顔だけしか知らなかった両親の無関心で無慈悲な表情。

 それだけだった。

 ただ、生きて、ただ、食べて、ただ死んでいく。

 それだけがアケに与えられた人生だった。

「白蛇の奴は何も言わなかったのか?」

 黒狼の声は苛立っていた。

「・・・知らなかったんだと思います。私は大切に育てられていると思っていたのだと思います」

「それでも王か!」

 黒狼は、柱のような前足で地面を叩く。

「白蛇様は悪くありません。眠りにつく際もずっと私に謝ってました。気付かなくてすまなかった、と」

 アケは、両手を組んでぎゅっと握る。

 黒狼は、目を細める。

「奴は何故眠りについたのだ?」

「・・・私を救う為です。邪教に捕まり、封印の解かれた私を救うために・・・」


 それは2ヶ月前のこと。

 白蛇の国でも1部の者しか知らないはずのアケの幽閉先に邪教の集団が襲いかかった。

 アケの幽閉先には近衛兵団が待機していたが邪教の集団の前に逃げ出した。

 忌の対象であるアケに命を掛けるものは誰もいなかったのだ。

 その結果、アケは邪教に捕まり、封印を解かれた。

 解放された百の手の巨人(ヘカトンケイル)が暴れ出し、白蛇の国に乗り込もうとした。

 それに気づいた白蛇が百の手の巨人(ヘカトンケイル)と対峙し、そして見事に打ち破り、再度の封印を施した。

 しかし、その代償として全ての力を使い切った白蛇は、アケに「すまない」と謝罪し、関白に「何かあったら黒狼に頼れ」と言い残し、深い眠りについたのだ。

「そこからは知る通りです。白蛇様が眠りにつき、私の中にいる巨人を止める手段を失った関白や大臣、神官達は私を牢獄に幽閉し、そして結論として主人に私を押し付けることで国の、自らの安全を得たのです」

 蛇の目からはいつの間にか涙は消えていた。

 その赤い瞳に映すは乾いた悲しみ、そして絶望であった。

「あいつの気配が急に消えたと思ったらそう言うことか」

 黒狼は、目をゆっくりと閉じる。

 黙祷をするかのように。

「辛かったな・・・」

 アケの身体に頬を押し付ける。

 花の匂いが優しくアケを包む。

 乾いた蛇の目が黒狼を見る。

「お優しいのですね」

 アケの口元に笑みが浮かぶ。

「私が聞いた伝説とは大違い。貴方のような方が"災厄"と何故呼ばれているのでしょう?」

 黒狼は、アケをじっと見るだけで何も答えなかった。

 アケは、そっと黒狼から離れて向かい合う。

 その顔に浮かんでいたのは・・あまりにも泣きそうな笑み。

「主人にお願いがあります・・・」

「願い?」

 アケは、頷く。

 そして両手を前に出し、祈るように合わせる。

「どうか・・・どうか私を・・殺して頂けませんでしょうか?」


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