慈愛(6)
アケのトラウマ
そして母
アケの唇が極寒にいるように青く震えている。
青猿は、アケが何を言わんとしているのか分からなかった。
アケは、厚手の布に覆われた本来の目に触れる。
「子どもたちが邪教に攫われたと聞いた時、思ってしまったんです。その子たちが私と同じ目にあったらどうしようって。私と同じように親に捨てられてしまうのではないかって」
アケの蛇の目から涙が流れる。
アケの言葉に青猿とウグイスの表情が凍りつく。
「私は、親の愛を知りません。物心ついた時から愛情なんて注がれたこともない。でも、こんな目じゃなかったら邪教になんて攫われなかったらきっとお父様とお母様も私を愛してくれたのではないかと思うんです。思ってしまうんです。だから・・もし、貴方の子どもたちが私と同じようなことをされたら貴方から子どもへの愛情が消えてしまうのではないか、私と同じような愛を知らない子どもになってしまうのではないか、そう思うだけで、そう思うだけで・・・」
アケは、それ以上言葉を出すことはできなかった。
青猿がアケを優しく、強く抱きしめたから。
「すまなかったな。幼妻をこんなに苦しめてしまって」
青猿は、団子にしたアケの髪を優しく撫でる。
「私は、攫われた子たちがどんな容姿になろうと捨てることも嫌うこともない。だから安心してくれ」
アケは、青猿から感じる温かいミルクのような香りに癒されるのも感じながらも唇を噛み、細い手をぎゅっと握りしめる。
「では・・,なぜ・・・」
アケは、顔を上げて青猿を見る。
その顔は、悲しみにクシャクシャに歪んでいた。
「なぜ、お父様とお母様は私を愛してくれなかったのですか?」
青猿は、深緑の双眸を細め、唇を固く紡ぐ。
ウグイスは、アケに手を伸ばして抱きしめたい衝動に駆られる。
しかし、ウグイスの代わりに青猿がぎゅっとアケを抱きしめた。
「すまない」
青猿は、アケの顔を自分の胸に押し付ける。
「私は、幼妻の質問に答えられるだけの語彙と納得させるだけの知恵を持ち合わせていない」
アケは、青猿の言葉とミルクのような匂いに身体の力が抜けていくのを感じた。
(私ってダメだな)
今は、こんなことをしている場合ではないのに。
溢れ出してしまった感情を抑えることが出来ず、青猿とウグイスを困らせてしまった。
本当に辛いのは自分じゃなくて青猿とその子ども達なのに・・・アケは、未熟で子どもな自分を呪った。
「すいませんでした青猿様・・もう大丈夫です」
アケは、青猿から離れようとするが、青猿の手はアケをぎゅっと抱きしめて離さない。
「青猿様?」
アケは、青猿を見上げる。
青猿は、深緑の双眸をアケに向ける。
「母となろう」
アケは、青猿の発した言葉の意味が分からなかった。
青猿は、柔らかく微笑む。
優しい笑み。
ツキのような愛しさを感じる笑みともウグイスのような楽しく、嬉しくなるような笑みとも違う、心の奥から温めてくれるような優しい笑み。
この笑みは、何と言うのだろう?
「私にはお前に投げかけるだけの言葉がない。しかし、お前に愛を注いでやることは出来る」
アケは、蛇の目を大きく見開く。
「私がお前の母となろう。今まで足りなかった愛を私が注いでやる。だからもう泣くな。愛しい娘よ」
青猿は、笑みを浮かべる。
アケは、その笑みの名前が分かった。
その笑みの名前は慈愛。
無償に注がれる母の愛だ。
「青猿様・・・」
「その呼び方は止めだ。お母さんと呼びなさい。子どもたちはみんなそう呼ぶ」
青猿は、子どものようにアケの頭を撫でる。
「分かった?アケ」
アケは、心が温かくなるのを感じた。
ツキに感じるものとはまた違う愛しい気持ちが湧き上がる。
「お母さん・・・」
アケは、ぎゅっと青猿を抱きしめる。
「また、甘えん坊が1人増えたな」
青猿は、嬉しそうに言う。
アケは、今まで感じたことのない、しかしどこか懐かしい温もりに身体と心を沈めた。




