幻想DIY(1)
DIYとは言わないかな?この世界だと?
オモチは、自分の仕える主がこうも表情豊かであった事を今の今まで知らなかった。
自分の知る主は、寡黙で孤高。悠然と大地を踏みしめ、輝く強靭な肢体の美しさで心を奪い、民を守り、敵を駆逐し、黄金の双眸で一瞥すれば誰もが畏れ、敬わずにはいられない気品と威厳と優しさを携えている。
まさに王の中の王。
かつては自分を始め多くの者達が彼を慕い、彼に従い、彼と祖国の為ならばと勇猛果敢に戦った。
そして敵もそんな王と戦う事を恐れ、逃げ惑う。
そんな強さと威厳の象徴とも言うべき、主は目の前に向かい合って座る少女の言葉に明らかに困惑していた。
「お風呂に入りたい!」
いつものようにリビングで彼女の用意した昼食、今日は岩魚のフライと庭の畑で取れた人参と小松菜の味噌汁、わさび菜の醤油漬けに白いご飯を食べ終え、食後のコーヒーを楽しんでいると、蛇の目を大きく開いて意を決したようにアケは言った。
ツキは、コーヒーを飲む手を止めて形の良い眉を顰める。
「風呂?」
ツキは、聞き返すと言うよりもその言葉の意味が分からないと言ったように呟く。
その事に気づいて今度はアケが困惑する。
「王。お風呂ってあれです。人間がお湯を貯める入れ物のことです」
オモチが慌てて説明するが微妙に違うとアケは思った。
「ああっあの地熱で沸いた池の模倣品か」
ツキは、ぽんっと握った拳を逆の手の平で打つ。
何とも味気のない、つまらない例えにアケは、肩を落とす。
「そんな物をどうしたいんだ?」
「どうしたいって・・・入りたいの。お風呂に・・」
アケは、段々と声が萎んでいく。
明らかにツキの反応にがっかりしていた。
正直、もっと食いついてくれると思っていたようだ。
それに気づいたオモチが助け舟を出す。
「王。アケ様・・・人間は身体の汚れと疲れを取るのにお風呂に入るのが習慣らしいですよ」
オモチの説明にツキは、さらに顔を顰める。
「そうなのか。人間は面白いことをする」
そう言ってからある事に気づいてアケの方を見る。
「それではこの半年程、お前はどうしていたのだ?」
ツキの素朴な質問にアケは、頬を赤らめる。
足元でドングリのカリカリを齧っていたアズキが首を傾げる。
「お・・・小川でアズキと一緒に身体を洗ってました」
アケは、恥ずかしそうに呟く。
屋敷の裏の小川にタオルと桶を持って行き、2人に見られないよう身体を拭いていたそうだ。小川の水は澄んでいてとても気持ちが良いが冷たいので最近は、アズキに温めてもらっていたらしい。
確かにそれでも十分に気持ち良いのだが、それではアケの本当の目的を達する事は出来ない。
ツキは、今一分からないと言った表情でオモチを見る。
「この屋敷には風呂は付いていないのか?」
「さあ、それらしきものは・・何分、我々よりも古い建物ですからね」
我々よりも古い?
アケは、その言葉に当然に疑問を感じる。
それじゃあこの屋敷はツキやオモチが建てたものではないのか?
「アケも見た事ないのか?」
ツキの質問にアケは、頷く。
ツキは、両手を組み、ふんっと息を吐く。
どうしたものか、と真剣に悩んでいる様子だ。
風呂と言うものが何なのか理解は出来ないが、妻の要望は叶えてやりたいと思っているのがヒシヒシと伝わり、アケは嬉しくなる。
「そうなると作るしかないのか」
「この屋敷を弄るとなると家精の許可が必要ですね」
家精?
聞き慣れない言葉にアケは、首を傾げる。
「そうだな。まあ、家主が望むなら嫌がりはしないだろう」
そういうとツキは、冷めたコーヒーを一気に飲み干し、椅子から立ち上がる。
「アケ。すまないが作り置きの菓子があったら準備してくれ」
「お菓子?」
「ああっ。いらないと思うが流石に手土産がないのは失礼だからな。よろしく頼む」
そう言ってツキは、優しく微笑む。
オモチは、表情が豊かになった主をじっと見て、口をモゾモゾと動かした。
手土産と言うからどこか遠くに行くものとばかりに思っていたがアケがツキとオモチに連れてこられたのは屋敷の最上階、とんがり屋根へと続く梯子階段であった。
「ここに家精がいるの?」
手土産として風呂敷に包んだ手作りのお煎餅やクッキーを大事に抱えてアケは言う。
オモチとアズキは、アケが抱える風呂敷をじっと見下ろし、見上げていた。手土産として準備している時に2人が「本当にそれあげちゃうんですか?」と言わんばかりに睨んできたので今度、沢山作るからと言う約束をして持ってきたが、今だに諦めきれないらしい。
「ああっここにいると言うか、この屋敷から出る事が出来ないからな」
ツキの言葉の意味が分からず、アケは首を傾げる。
ツキは、上を向き、顎を摩る。
「付喪神と言うのを聞いた事があるか?」
「知ってるよ。確か古いものに宿る魂のことだよね」
満点の答えにツキは、大きく頷く。
「俺達は、精魂と呼んでいる。長い年月を掛けて精霊と化したものだ」
「それじゃあ家精もその精魂ってこと?」
アケの質問にツキは、頷く。
「彼女は、俺達が猫の額に辿り着く前からずっとここにいてこの屋敷を守っている」
彼女・・・?
ツキの言葉にアケの蛇の目がぴくりっと動く。
「ここにきたばかりの時は大変でしたね。何せ居着く条件が屋敷の部屋の一つを必ず使う、でしたからね」
「ああっ。まあ、寝室で寝るのは思いの外心地良かったがな。彼女の子守唄もよかったし・・・」
ああっだからここに来たばかりの時に寝室だけ綺麗だったのか、とアケは納得と同時に再び疑問が湧く。
子守唄・・・?
「アケも感謝しないといけないよ。厨を整えてくれたのは彼女なんだから」
そう言えば掃除をしたのはアケだがずっと使用してなかった仕込み台や釜が問題なく使えるのは不思議で仕方なかったがそう言う事だったか・・。
しかし、アケはそれよりも三度出た"彼女".と言うワードに囚われた。
「とりあえず行こう。彼女も俺達が訪ねてくるのはもう分かっているはずだからな」
そういうとツキは、梯子階段に手を掛けて登り出す。
アケは、じっと登っていくツキを見る。
「アケ様?」
オモチは、アケの様子が少し変な事に気づき、首を傾げる。
何か・・・怒っているような・・不機嫌なような・・。
アケは、何も言わずに梯子を持って階段を登って行った。
そしてアケは、後悔した。
円錐状の板張りの広い空間、丸い天窓から差す陽光のみの薄暗い中にその人影は、青白い光を放ってぼんやりと浮かんでいた。
空色のふわりっとしたマンチェアを優雅に身に纏った長い金糸の髪にフリルの付いた白いカチューシャ、陶器のように滑らかな肌、卵のような丸みのある輪郭と切長の目に長い鼻梁、そして衣服越しにも分かる女性として整った体形・・。
つまり絶世の美女だ。
身体の輪郭が青白く光っていなかったら人間と勘違いしてしまっていた事だろう。
蛇の目が大きく震える。
彼女が家精であると直ぐに分かった。
「やあ、久しぶりだね」
ツキは、和かに微笑む。
「お久しぶりでございます。王」
家精は、スカートを摘んで持ち上げて、綺麗に頭を下げる。
「ここに来られるのはいつ以来でしょうか?」
「君は、俺の配下ではない。王と呼称を付けなくていい」
ツキは、右手を前に出して言う。
「いえ、この屋敷に住まわれる方は私の主人。つまり私も貴方の従者と言う事になります」
家精は、恭しく言う。
ツキは、困ったように頬を掻く。
「最近は、お歌を歌って差し上げてませんが眠られてますか?」
「ああっ問題ない。屋敷の中も快適だ」
「それはようございました」
家精は、優雅に指を口元に当てて笑う。
「住む者が入ればそれに比例して美しく、良い気が流れるのが屋敷と言うものでございますから」
「そう言うものか・・」
ツキは、感心するように顎を摩る。
「そう言うものでございます」
家精も楽しそうに笑う。
ツキの後ろから2人の仲の良さそうなやり取りを見ていたアケの身体は小刻みに震えていた。
アケの背中が震えている事に気づき、オモチの赤い目が気まずそうに揺れ、アズキが心配そうにアケの着物の裾を引っ張る。
「ところで今日はお願いがあって来た」
「何でございましょうか?」
家精は、首を傾げる。
その所作すら無駄なく美しい。
「妻が風呂を所望していてな。部屋を増設したいと思うのだが如何かな?」
「妻・・・?お風呂・・?」
家精は、形の良い唇に指を当てて、ツキの後ろにあるアケを見る。
目を細めてじっとアケを見つめ、視線を上から下に、下から上にと動かす。
まるで舐め回すように。
値踏みするように。
アケは、恥ずかしさと居心地の悪さに手に持った風呂敷をぎゅっと握る。
家精の視線が止まる。
アケの顔を再びじっと見て、頬に手を当て、にやっと笑う。
美しい、しかしどこか含みのあるような、強いて言うなら勝ちを確信した時のような笑みを。
「これは確かにお風呂に入った方が良さそうですね」
その瞬間、アケの頬が火で炙られたように真っ赤に染まる。
そんな事に気づかないツキは、了解を得られた事に喜び、笑みを浮かべる。
「ありがとう」
「いえいえ、どんなお風呂が良いかおっしゃってくれればそれに合わせて作りますよ。大昔にはあったのですが、誰も使わなくなったので無くしてしまったんです。また、作れるなんて屋敷として誉ですわ」
そう言ってアケを見て嬉しそうに、楽しそうに笑う。
「奥様、どんなお風呂がいいですか?やっぱり大きなお風呂が良いですかね?流行りなんかもあるからおっしゃってくださいな。何せ綺麗にしないと」
「アケ、せっかくだから好意に甘えて・・」
しかし、ツキはそれ以上、言葉を続ける事が出来なかった。
アケは、俯いていた。
身体を震わせ、風呂敷の中身が割れてしまうのではないかと言うほどに握りしめ、細い身体から見えない熱い何かが立ち上っているように感じた。
これは・・・怒り?
ツキは、何が起きたのか分からず、頬を引き攣る。
オモチとアズキは、獣の本能が働いたのか、天井裏の隅に逃げて震えていた。
「アケ?」
ツキが恐る恐る声を掛ける。
孤高の王がか弱き存在にこうも怯えながら声を掛けるのをオモチは見た事なかった。
「・・ない」
掠れるような声が漏れる。
「えっ」
「・・ない」
「すまんっ聞こえない」
アケの蛇の目がツキを睨む。
赤い瞳に熱く重い熱を灯して。
「いらない!」
アケは、手に持っていた風呂敷包みをツキに投げつけた。
ツキは、思わずキャッチする。
「ア・・アケ?」
ツキは、呆然と妻を見る。
アケは、肩を大きく揺らし、頬を真っ赤に染めて蛇の目でツキを睨んでいる。
その目に浮かんでいる感情は怒り・・そして・・。
アケは、蛇の目を瞬かせ、ツキの手にある風呂敷と、そして自分の手に風呂敷がない事に気づく。
ほとんど無意識でやっていたようだ。
それに気づき、アケの頬はさらに赤くなり、唇を噛み締め、そして踵を返すとそのまま梯子階段を駆け降りていった。
下から廊下を走る足音が聞こえる。
アズキが慌てて梯子階段を降りてアケを追いかけていく。
ツキは、何が起きたのか分からず呆然とする。
家精は、「あらあら可愛い事」と楽しそうに笑う。
オモチは、何か一波乱起きるのではないかと大きくため息を吐いた。
アケ嫉妬爆発!




