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贖罪  作者: 砂河豚
3/8

危機一髪

 街に到着すればそれは鬱蒼とした樹海のようでもあった。豪華絢爛に輝く外装とは打って変わって、ジメジメとした鬱屈とした空気感が場を支配していた。

 通りを歩く人は明るく振舞っているようであるがどこか暗い影がある人ばかりである。それが何だと言われれば答えに窮するのだが、確かにそう感じた。

 人込みもかなりひどいようで、列を離れて歩けば肩をぶつけるような狭苦しく、車道も車がひっきりなしに列を成している。

 

 正直鬱蒼で薄暗い森の方が解放感があるというのはここにきてから常に思うところである。

 そんな列をひょひょいと進んでいく逢沢さんに追いつくのでさえ至難の業だ。当の本人は自分のことを気にして歩いているが、明らかに群衆への対応力の差を理解していないようだ。

 理解してこんなことをしているなんてことがあれば相当な悪女だろう。いやきっと彼女は理解してやってるに違いなかった。


「おーい、そのままじゃおいてっちゃうぞー!」


 笑みを見せて手を振ってくる彼女がいた。天真爛漫な顔で列を抜かすように縫って移動していく彼女はこの以上な人の波を潜り抜けることに長けている忍者のようでもあった。

 その一方で自分自身といえば何度も肩を他人にぶつけてしまい苛立ちを募らせた暴言や舌打ちをされつつも追いかけるのである。

 人の津波は遥か彼方まで続き、蛇の様に地面にうねっている。そんな中道のはずれにいた彼女の元へとやっと到着すれば相当待っていたのかぷんぷんと擬音語が出てもおかしくない様子であった。


「もうっ!ジョンはホントにへたくそなんだから。どうやったらあんなに人にぶつかれるの?」


「し、知らないよ。俺だって何もぶつかり行ってるわけじゃないからな。」


「またまた~、ほんといっつもそうだよね。会社のカードあるしタクシーでも使う?」


「タクシーがあるなら嬉しいが、歩くのと大差のない時間が掛かりそうだな。」


「まあね、外周はこんなもんだよ。もっと中央街に行くともうちょっとマシなんだけどね。」


 中央街に行くと人も減るのかな、そう思った時であった。突然腹からおどろおどろしい唸り声にも似た音が響く。

 そういえばあれから一、二時間ほどたったのであろうか、変な二人組から離れられて安心してか腹の虫は食事を要求していた。


「お腹すいちゃった?ジョン。」


 腹の音を聞いたのか首を傾げながら尋ねる。所作の各所が何とも可愛いでしょという風格を感じるのだが、俺は彼女に狙われているのだろうか?

 ま、まあきっと自分の勘違いなのだろうとそっと胸にしまい込んでいつも通りに答えるのだ。


「ん、ああそうだな。多分今日は何かあって抜いていたんだろう。ここら辺で美味い飯屋とかはないのか?」


「それならこの先にあるちょっとした新しい店があるんだ。そこに行ってみたいんだけどいい?」


「まあ行きたいならいいんじゃないか、自分はこの町のことを知らないからどこがいいとか知らないからな。」


「じゃあ行こうよ!れっつらごー!!」


 右手を握ってぐいぐいと絶対に離さないように進んでいく彼女だが、何とも我の強い子だなと思いつつも彼女に引かれて行く。

 ハイハイ、と呟きながら建物と建物の間の路地を歩ていくのであった。


 主要道路から外れたからなのか人の波は一段と落ち着きを見せ、まあそれなりに人がいる状況であるが全然圧迫感のない至って普通の状況となっていた。

 密度も減り、人が疎らな道は様々な会社の広告や飲食店の広告などが所せましと並べられている。それに道自体も舗装があまりされていないのか歩きづらいったらありゃしなかった。

 この地区はどちらかといえば未整備な印象を受ける。建物も安普請ばかりで、塗料が剥がれツタが壁にびっしりと張り付いている。

 それに浮浪者のような男や女も言葉通りの”身体”を売っていたり、それを買う老いた中流階級たち、その構図がこの路地における社会の縮図のように感じた。

 富める者は栄光と金を持ち、貧する物は”身体”すら売りに出してしまう。その光景はこの豪華絢爛の街に暗い影を落としているのだろう。 


 そんな光景を見て歩いていれば時折携帯の画面をつけたような人や獣の頭をつけている人間がちらほら見えた。

 人がぎゅうぎゅうにつまった主要道路では気にはならなかったのだが、このように余裕が生まれれば多少見えてくるものである。

 ここでは肉体改造も盛んなのかと考えてしまい、自分のような至って普通の人間というのは少数なのだろうかと一抹の不安を感じるのだ。

 自分自身を知らないのだから本当は改造をしているのかもしれないけれども、自分は決してそのようなことはしないというよくわからない自信だけは強かった。

 これほど自分は清廉な人間だと思えるのは生来から持ち合わせたモノなのかもしれない。結構偏屈な奴なのだろうという自身への理解度だけはよくよく理解できた。


 自己理解へと思考を振り分けていれば彼女は止まりふんすふんすと言わんばかりに鼻息を荒くし、興奮気味に指をさす。

 周りは飲食店が所せましと並んでおり、ハンバーガー屋とかラーメン屋とか様々な飯屋が軒を連ねていた。


「ここだよ、ここ!」


 指さす先には一見の店であった。変なおしろいを塗った女のマークが特徴的な店であり、名前は幸福の目玉というらしかった。

 一体全体どのような店で、どのような料理を提供しているのか全く理解ができなかったが彼女が相当興奮しているところからもまあ不味い店ではないのだろう。


「えっと、ここは一体?」


「ここはお好み焼き専門店だよ!こっちではあんまり無いんだよね、私の地元の味って言うし楽しみにしてたんだよ!!ささっ入ろ入ろ!」


 ぐいぐいと手を引っ張られてなくなく店に入ればそれなりに繁盛しているらしく様々な人がテーブル席に座っていた。

 テーブルには一枚の鉄板が敷かれており、下から瓦斯によって過熱されている。じゅじゅじゅとタレが焦げる匂いがこれまた芳醇な香りを生み出し、潰れたオムライスのような粉物を彩っていた。

 お好み焼きとはこの潰れたオムライスのようなものなのかと理解すれば店員の一人が駆け寄ってきて、空席のカウンターへと案内するのである。

 逢沢さんと自分は適当に椅子に座れば水の入った安い透明なプラスチックでできたコップを出される。彼女は近くに立て掛けてあるメニュー表を手に取ると彼女はヒロシマ焼きなる物を二人分注文していた。


「ちょ、ちょっと。選ぶ権利なしなのか?!」


 思わず彼女の仕草に批判してしまうのだが、彼女は何で怒るのという顔で見つめていた。


「だっていつもこうだったよね、私が全部決めて、それでいいって……。」


「いやいや、俺は……そうだったのか?」


 ふと零した彼女の言葉はやはり自分を知っているような感じを受けた、やはり彼女は自分に何かしらを隠していることは間違いない。

 だが彼女はあっそうかぁと零して笑みを見せてくる。その笑みには彼女らしい、あどけなさを残しつつもしっかり者の笑みであった。


「ごめんごめん、そうだったよね。まあ今回は私のお勧めってことで受け入れてくれたら嬉しいな。」


「まあそういうのであれば嬉しいけどさ。一応事前に言ってくれたら助かるよ。」


 ここで問い詰めるのものらりくらりと躱されるだけな気がしたのであえて言わないようにする。

 彼女は自分のおすすめを文句も言わず聞いてくれたことが嬉しいのか笑みの奥には嬉しさの片鱗が見えたような気がした。

 だが何かを思いついたのかふっふっふとカッコいいでしょと言わんばかりの顔つきに変貌すれば上着のポケットの財布から一枚の黒いカードを取り出す。


「じゃあさじゃあさ、ステーキも行っちゃう?ちょうどここに会社支給の打ち出の小槌こと、ブラックカードがあるんだよぉ。」


 会社支給のブラックカードを持っていること驚きであったが、絶対に接待とかに使うべきであってこのような場面では使うべきではなかった。

 というか末端の女子高生の様なこの子にブラックカードを持たせる会社と一体全体何なのだろうか。

 だがそれはどうかと批判する自分よりも先に隣の女性が驚いた声を上げるのであった。


 隣の女性は金髪で肩までかかりそうな長髪をしており、意識すれば柔軟剤の好い匂いというのがタレの匂いの間から香る。

 長身なだけあり、背筋を曲げずに座っている彼女をより注目させるには十分である。女性用の黒いスーツを着ていて非スカートではないスーツは彼女にはよりよく似合っている風格すらあった。

 だが特筆して述べるべき眼窩に嵌ったその美しい目である。見ていれば引き込まれそうな目をしており、眼球の中央は青色の目だ。まるで宝石のように輝くその目には彼女の人生が詰まっているようだ。

 自分自身を良く信頼している力強さ、お気楽さを含めた柔らかさ、生まれつきからの引き込まれような美しさ、それらすべてがこの眼球に最大の価値を生み出していたのだ。

 そんな目を見て虜となっている自分がいた。彼女に惚れたといえばいいのだろうが、生憎そのようなことは認めることはなかった。


「あー!!奏ちゃんブラックカードなんて持ってるんですか、ずるいっすよ!!」


 突然の知り合いの襲来に逢沢さんも驚いたのかすぐ顔を彼女へと向ければ、なんだと肩を落とすのが見えた。


「もー、シャーロットちゃんびっくりさせないでって。っていうかなんで貴女がいるんですか?」


「えー、私がここに来ちゃダメな理由なんて全くないですよ!それに……。」


 とても心の底から恨めしい妖怪のように声を低くし、顔もどんよりとした喪女のようにて答えるのだ。 


「……ウチはここに出会いを求めて遊びに来たんすよ。」


 だが突如としてきゃぴきゃぴという擬音語が正しいかのような顔つきに戻る。


「まっ嘘なんすけど!!」


 キャハっと言う彼女はなんというか外見からは想像のできない軽い子だなというのが第一印象であった。ああ、勿論尻が軽いとかそういった意味では決してないことは理解のことだろう。

 それにとてもアクの強い子でもあるなと感じた。 

 シャーロットと呼ばれた子は隣に座る自分を見つめると、しばらく声にならない声を漏らすと口を開けて手をやるのだ。


「まっ、まさか奏ちゃんに彼氏爆誕ってことっすか!!」


「はぁ?!」


 思わず声を上げてしまう、かなり積極的な子だなと思うことはあっても恋愛対象としてみることはなかった。だから驚いてしまったのだ、だが逢沢さんはしばらく考えたのちに少し耳を赤くし答える。


「別に彼氏じゃありません、これから特別部門のチーフになる方です。というかシャーロットちゃんより高い地位の特別顧問になる人だから変な口きかない。」


「はーなるほど!」


 そういうとお互い座ったまま握手を求められた、逢沢さんを挟んでの握手は本当にいいのだろうか思いつつも握手を交わす。

 彼女は元気いっぱいの笑みと共に挨拶してくれた。


「ウチはシャーロット・マクドネルっす。管理チームのチーフをしています、今後ともよろしくっす!!」


「ああっ、俺はジョンだ。今後ともよろしくなシャーロットさん。」


「うっす!これからよろしくっす!」


「しかし綺麗な目だね、今の今まで見たことのないほどに美しい目だ。」


「ホントっすか?!いやーウチ自身も気に行ってる目を褒められるのは嬉しいっすねぇ。あっそうだそうだ。」


 そういうと右目の瞼を右手で無理やり開け、残った左手の人差し指を眼窩に突っ込むのだ。ぐりぐりとほじくっている光景は何とも悍ましいものである。

 あれほどに可愛らしい子が無心で眼球をほじくり出そうと指を突っ込んでいるのだ。あれ取れないな、と零す絵面には背筋が凍るものがあった。

 思わず顔を顰めているとやっと眼球が取れたのか、綺麗な白と青で装飾された眼球を突きつけられる。彼女の顔には一点の曇りすらない、それが当たり前のような顔つきである。


「はいっ、お近づき印っす!」


 確かに綺麗な眼球なのだが、貰ってどうしろというのか。


「えっと、まぁ、貰っても困るんだよな。どうすりゃいいのかわからないし。」


「えー!!まさかお兄さん眼窩の機械化手術してないんすか?!」


 えーっと、これは眼球の交換ということでいいのだろうか。全く理解できない意図に困惑を見せていれば逢沢さんが呆れた顔でシャーロットを非難していた。


「シャーロットちゃん、うちの上司を意識改ざんさせようとしない。っていうかジョンもジョンで鼻の下伸びてたでしょ。」


 なぜかこちらも非難の目を向けられるがこちらも全く意図が理解できなかった。なんで自分は彼女に怒られたのだ?

 だが目玉を渡してきたシャーロットはバレちゃいましたかとテヘっというポーズを取り、再度眼球を眼窩に収めるのだ。

 というか意識改ざんとは一体……。


「シャーロットは右目が施術を受けた子なんです、それも個人データを持ったバックアップの意味を持っている攻撃性データなんで交換すればそれが本体の脳神経に流れ込んでシャーロットちゃんの分身の出来上がりってわけです。」


 さらっと説明しているがなんだか恐ろしいことを説明されたようであった。そんなものを押し付けようとしないでくれ、対応に困るだろ!

 

「いやー、ウチはウチが増えることに嬉しみを感じる人なんすよ。特にこの自慢の目を褒めてくれた人とか特にね。」


「あーうん、そうなのか。でも次からそれやめてくれよ?」


「っちぇ、まあお兄さんは面白そうだし全然シャーロット的にはいいですけどねぇ。」


 いじりがいのある人間を見つけたと輝く彼女の目は末恐ろしかった。

 なかなかに危険な女性と働くことになるのだと思えば肩の荷が軽くなるどころか重くなっていくのがわかる。

 きっとこれからアクの強い人々が待っていると考えたくはなかった……。

いいね等々つけていただければ嬉しい限りです!

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